9

 虹色雲が広がる空の下、野球部とサッカー部が校庭を分けるように練習をしている。砂場付近では小規模に陸上部がスタートの練習をしていた。


 昇降口から校庭に出て来た月影と陽向。月影はトランクを片手に持ち、もう片方の手に円盤状の羅針盤を持っている。くるくる回る針は付いていない。


「どうだ、この辺にいるのか?」


 陽向は月影の持っている盤を見た。陽向には全くその見方が分からない。月影は、羅針盤の中央で輝く光を見て言う。


「悪夢と言っても、攻撃性の強い感じはしないから、羅夢盤らむばんにはあまり反応を示さないわ」


「対象と対話をしないで、直接悪夢を喰うつもりか?」


「わがままな女は嫌いなのよ」


「わがままって……」


 対象の佐藤友子と対話して理解してもらわず、佐藤友子の夢を強制的に覚まさせる月影の方が十分わがままなんじゃないかと陽向は思った。


 結果から言えば、悪夢を喰う、悪夢を絶ち消す俺らに取っては対象との対話は必要ないと言える。


 月影は激しくボールを回し合っているサッカー部の間を歩いて行く。それに続く陽向は、ボールが飛んで来ないか恐れている。


「そうそう当たらないわよ。度胸ないわね。何度も聞くけど、それでも男のつもりなの?」


「そうだよ。見てみるか?」


 陽向はまたズボンを下げようとする仕草をする。


 ボールが陽向の頭に直撃した――。


「ふん!」


 月影は一切の興味も示さず歩いて行く。


 砂場の辺りで止まる月影。羅夢盤の中央から勢い良く溢れ出ている光。


「ドリームストリームが反応している。ここね」


 そう言って、月影はトランクと羅夢盤を置き、髪留めに使っていたかんざしを抜く。


 パサッと黒髪が流れ落ちた。


 まさに妖艶という言葉にふさわしい雰囲気をまとう。


 月影の持っていたかんざしは巨大化し、その先に付いている月の玉がぼんやり光り出す。


「準備はいい、陽向?」


 陽向は左耳にしてあった刀の形を模した耳飾りを外すと、それは光を放ちがながら一振りの太刀へと変化した。


「狂気の世に重ねて錯乱せしめる悪夢よ、具現!」


 月影の持つ巨大化した玉かんざしの玉の月から光が一気に放出する。一点に集中していく光の中から、七色に流れる毛を持った羊が一匹現れた。


「こいつが悪夢? 赤い瞳と違って、可愛いな」


 陽向は拍子抜けしたように構えた刀をおろす。羊は月影たちを気にもしない。ゆっくり歩いている。


「これは七福の羊。眠り数えの羊に似ているけど」


「七福の羊?」


「悩み多き人の夢に入り込み、その悩みを七段階の事象に分けて解消させ、夢の中で対象の夢を叶えさせてしまう悪夢よ。可愛いのは外見だけで、中身は最低よ」


「いい悪夢じゃんか!」


「馬鹿ね。もし夢が叶ってしまえば、猫娘は目を覚ますことなく死んでしまうのよ。同じことを言わせないで」


「対象にとって、現実を生きるよりはいいんじゃないのか?」


「君は楽観的過ぎるぞ。そんな甘いことさせるわけないじゃないか、この私が」


 苦しくて楽に生きたいと思ってる人なんてごまんといる。こんな呪いのかかった自分の体だってできることなら、今すぐにでも捨てたい。でも、陽向の言ったあの言葉を信じている。月影はそれを切に願っている。


「月光邪口!」


 月の玉が満月のごとく明るくなり、色濃くなった月影の影から口が開く。


「泪。あまり無理するなよ。夢絶もいるんだぜ!」


「ふん、お気遣いありがとう」


 月影はかんざしを振り回すと、月影の影が足下から離れ、そして地を離れる。かんざしを動かすと邪口は自由を得たかのように宙を動き回る。そして、邪口は大きく口を開け、七色の羊を喰おうとする。


 そこに、友子が校舎側から猛スピードで空を飛んで来た。羊と邪口の間に入る。


「やめて。もう少しこのまま居させて。そしたら目を覚ますから」


 友子は必死だった。


「それはできない。あなたがここにいられる限界が近づいている。その限界を超えれば、二度と目を覚ますことができない」


 表情を一切変えず、月影は友子に言った。


「やっと幸せになれると思ったのに」


「ここはそんな世界じゃない。ただ、一つ言わせてもらえば、これから現実で起こりうる予行演習として考えるならいい経験にはなったかもね」


「予行演習?」


「これからあなたが現実世界で立ち向かわなきゃ行けない場面……」


 月影はそれ以上何も言わなかった。


 友子はその場でしばらく考えていた。そして、決心したようだ。ゆっくりと羊の前から歩き去る。


「喰う!」


 邪口が大きく口を開いた。


 しかし、友子は元いた位置に戻り、邪口の前にまた立ちふさがった。


「ふん、現実世界で会いましょう」


 月影は焦ることなく、かんざしを器用に操った。邪口は友子を避けて、悪夢―七色の羊を呑み込んだ。


 一瞬にして友子の夢世界は、真っ暗になり、友子も消えた。


「さぁ、篝火へ向かうわよ」


 遠くにゆらゆらと灯る火に向かって歩き出す月影に陽向も続く。


「あっさり、飲み込んじまうんだな」


 陽向が聞いた。


「噛み殺した方が良かったか? そう言うのは趣味ではない」


 暗くて月影の表情は読み取れないが、明るい声に聞こえた。


「何で予行演習なんて言ったんだ?」


 陽向がまた聞いた。


「夢に溺れた猫娘へのせめてもの私からのアドバイスだ。夢に見るということはどういうことなのか」


 学校を夢に見る場合、新しい能力や技術を身につける、または身につけた状態の暗示。ただそれだけではなく、人間の性質や人間の関係についても学ぶことになる場所、とまでは説明する気はなかった月影。


「それにだ。まさか、対象がまた悪夢をかばうとは」


「そう簡単には、受け入れたくないのよ。現実を……」


 友子だけじゃなく、一概に自分も言えた立場でもないかもと思う月影だった。

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