8

 大晦日の夜。バイトから帰って来た友子は、真っ暗な部屋の電気をつけた。年末商戦のため、朝からバイトに出かけていた友子。


 明るくなった部屋は、朝のままだった。誰か人が入った様子はない。


 父親は警備の仕事に出かけてまだ戻って来ていない。当然、母親はいない。


 友子にとってこの生活が普通になってきていた。荷物を放り投げ、床にへたり込む友子。ひんやりとした床の感触が、体に伝わる。


「どうして……私だけこうなの」


 父と母が別れたのは、ちょうど二ヶ月前くらいだ。もともと父は製薬会社で新薬の開発に追われ、普段から家に帰ってこないことが多かった。それに愛想を尽かせた母が家を空けるようになった。他に男を作って出て行ったと言えば正しいか。


 父の会社も満更ではなく不景気のあおりを受け、開発は中止に追い込まれ自主退職を促される。偶然なのか必然だったのかわからないけど、それが同時に私の目の前で起こり、父と母はまるでわかりきっていたことかの様に寸なり別れていった。


 私は悩んだ末、ほとんど一緒に過ごしたことのなかった父に着いて行くことにした。決めては再婚しないだろうということと、私にあれこれ言ってくることもないだろうという理由。まさか自分にそんなことが降り掛かるなんて思ってもみなかった。


 目からこぼれ落ちた涙は、奇しくも温かかった。


 正月番組はまったく面白くない。何より一人で見ていることが楽しくない。友達からのメールは、お正月お決まりの明けおめメールだけ。家に呼べる友達なんて一人もいない。


 世間が正月休みを終えて動き始めた頃、友子は学校に向かった。学校はまだ冬休み。でも、どこかの部活動で校舎は開いているだろうと思った。


 キンと冷えた校舎の中。誰ともすれ違うことなく自分の教室までやって来た友子。当然のことながら教室には誰もいない。どこか似た場所を思い出した。自分の家だ。玄関を開ける時のわずかな期待感。思うだけ無駄だった。


 三元日をむちゃくちゃに過ごしていたこともあり、真昼の今になって眠気が襲って来た。夕方からのバイトまで寝たい。家に帰ろう。誰かに会えるかもという希望を捨てきれずにいたが、予想通り打ち砕かれた。


 廊下を歩いているが歩いている感覚がない。


 単に眠いからなのか。


 廊下の窓から差し込む光が急に眩しくなった。


 七色の光線。


 万華鏡をのぞいているように幻想的だった。


 もっと近くで見たい感情が友子の足を進ませる。


 ゆっくり回転してさまざまな模様を作り出すガラス窓が開き、抱えきれないほどの万華鏡の光が友子を包み込んだ。


 友子は、その光に包まれてから毎日が幸せだった。母とは別れてしまったが、家に帰れば父親がいる。もちろん父親は頑張って働いている。友子もそれに共感するように勉強もバイトも交遊も頑張った。大変な状況でも二人で乗り切って行こう。いつか私がお父さんを楽にさせるんだと。


 先日も担任に、色々大変だろうけど、今の成績を保っていれば進路は幅を効かせることが出来る。がんばれと応援されたばかりだ。


「友子は大学どうする? どこか決めてるの?」


 教室で友子は香奈恵に聞かれた。


 今学期が終われば、いよいよ最終学年に上がる。そろそろ進路を決めておかなければならない。


「私は、短大に行こうと思う」


「何で?」


「四大だとお金かかるし、時間もかかるし。早くそれなりの仕事したいんだ」


「友子。よく考えてるじゃん」


「香奈恵こそ、どうするか決めたの?」


「全然……。とりあえず大学かな。文系なら三教科だけで入試も楽そうだし。それに最近は全入できるみたいだから」


 私は他の人とは違う。絶対上手くやってやる。自信というよりは、気合いで乗り切る感があったが、そうやって先に進んで行くことにとてもやりがいを感じ、父に誇れる気がしたのだ。あの二人が来るまでは……。

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