ハッピートリガー

第1話 夏だ! プールだ! 砂浜だ〜!?


「暑い……」


 正午、照りつける日差しの中、瑠璃色のローブを身にまとった人物は、思わず音をあげていた。


 ここ、陽光町ようこうちょうは、この国で最も日照時間が長いことからその名前がついたとされている。強い日差しによる熱中症でダウンしてしまう人も少なくはない。それはかの少女も決して例外ではなかった。


「どこかに水浴びでもできる場所はないわけ? あ、あれは……!?」


 瑠璃色のローブをまとった人物の眼に飛び込んできたのは、プールであった。その人物はその場で瑠璃色のローブをバサリと脱ぎ捨て、さらには上着とスカートすらも一心不乱に脱ぎ去った。


 今、この金髪のサイドテールの少女が身につけているのは、上下ともに黒色の下着のみである。


「いやっふぅ〜〜〜〜!!」


 金髪の少女は勢いよくプールへと飛び込んだ。プールに浮かべられた球体を掻き分けながら、実に気持ちよさそうに泳いでいる。


「夏! 夏といえば、プールで決まりよね!」


 少女の意識は、既に昇天しかかっていた。このうだるような暑さの中、光を吸収しやすい黒色に近い羽織ものを着て、何時間もだだっ広い公園を歩き回っていたからだ。


 だが、そんな暑さも一瞬で吹き飛ばされた。なぜならそう、夏に、プール、だからだ。


「ああ、なんて気持ちいいのかしら、この解放感。……だいたいあんな趣味の悪いローブなんて、最初から着てやることなかったんだわ!」


 若干の不満を口にしながらも、少女はフニャリと満面の笑みを浮かべていた。なぜならそう、夏に、プール、だからだ。


「ママー、あの人下着でボールプール・・・・・・で遊んでるー」


「めっ、見ちゃいけません」


 偶然通りすがった親子は、金髪の少女にありのままの現実を突きつけた。けれども彼女は気にしない。なぜならそう、夏に……


「っっっ〜〜〜!! 気にするわよっ!」


 パシンッ。虚空にビンタの音だけが響き渡った。金髪の少女の呼吸はぜぇぜぇと荒れている。そして顔は真っ赤になっている。おそらくこの暑さのせいだろう。


「恥ずかしさのせいよっ!!」


 少女はボールプールから出ると、先ほどまで着ていた上着を羽織り、スカートを履いた。しかし、さすがにローブまでは着なかった。


「あーあ、たしかに、この暑さのせいだわ。室内プールにはハッピーがどうとか言われて入れてもらえなかったし、ほんと最悪」


 金髪の少女は着衣を整えて、再び公園の探索を再開した。少女の歩みは、アスレチックエリアを抜けて、のどかな公園エリアへと差し掛かった。


 ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎


「だいたい、どうしてあたしがこんなことしてるのよ。あー、イライラする!」


 金髪の少女は歩きながらメモ帳を広げていた。片手に持ったペンで、この世界に来て起きた出来事を書きつづっている。その内容はもはや羞恥しゅうち日記となっていた。


「っっっ〜〜〜!! さっきみたいなことばっかじゃないんだからねっ!」


 フン、と金髪の少女は顔を背けてしまった……手帳には、この公園のアスレチックの名前や特徴、手書きの見取り図、ここで出会った人物について事細かに記載されていた。


「だいたいあの神父がおかしいのよ。自分は教会に引きこもってるくせに、あたしにこの世界のことを報告しろですって? 自分でやれっての」


 金髪の少女は神父に報告するためにこの手帳をまとめている。名目は『この世界の観測者』。文句を口にしながらも、彼女はその使命を果たす他なかった。


 なぜなら、この金髪の少女はこの世界の人間ではなかった・・・・・・・・・・・・・からだ。この世界で彼女の正体を知っているのは、その神父いう人物と、あと1人を除いて他には存在していなかった。少女はこの世界では右も左もわからない。


 聞きたくはなかったが、神父の言うことを聞かなければ道にさえ迷ってしまうため、仕方なくといったところだ。


「あー、むしゃくしゃする……あれ、なにかしら?」


 のどかな公園エリアに入ってほどなくして、金髪の少女の足が止まった。少女の視線の先には、小学校低学年ほどの男の子が、二人で砂場で遊んでいた。


「できた!見ろよ、たくみ俺の最高けっさくだ!」


「すごーい! ゆうくん、こんなに完成度の高い砂のおしろ、初めてみたよ!」


「まぁ、おれにかかれば当然だぜ」


 自慢げに胸を張っているゆうくんと呼ばれる少年。それをたたえるたくみという少年。ぐしゃり。金髪の少女は、砂でできた城をくつかかとで踏みにじった。


「うわっ、なにすんだよ!」


「ああっ……ゆうくんのお城が……」


「あたしがイライラしてる時に、こんな生産性のないものを作っている方が悪いのよ。砂の城がいったいなんの役に立つっていうの? 呆れるわね。悔しかったらもっと生産性の高いものを作ってみたらどうかしら? おわかり? アンダースタン?」


 金髪の少女は挑発的な顔をして、踏みにじった砂の塊を、威勢のいいほうの少年の足元に蹴り飛ばした。


「なんだ……と!」


 男の子の一人が、砂を丸めて金髪の少女に投げつけた。しかし、金髪の少女は危なげなく身をかがめてそれをかわす。


 その姿勢のまま、金髪の少女は砂をすくって、砂を投げて来た男の子の顔に振りまいた。男の子はとっさに眼を閉じたが、砂の一部が口の中へ入ってしまう。


「ぺっ……苦っ……! 最悪だ、この砂かけババア!」


「砂かけババア言うなっ! あたしにはパレットっていう名前があるの!」


「あの、ゆうくんも、パレットさんも落ち着いてください!」


 おどおどしていた、おとなしいほうの男の子が仲裁に入った。この場合、どう考えてもパレットが一方的に悪いのだが。


「けんかはダメです! なにか別の方法でどちらが正しいか決めませんか?」


「ま、それもそうね。ガキのこいつじゃあたしに喧嘩で勝ち目はなさそうだし」


「言ったなー。金髪、陽光っ子をなめんなよ!」


 冷静さを取り戻したパレットは、しぶしぶ承諾した。威勢のいい男の子も、自信満々に応えた。

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