呼び声

 ファミレスのチョイスはまずかった。悠斗は後悔した。何故、ひと時のこととはいえ、忘れてはいけないことを忘れてしまったのだろう。渚が大喰らいだということを。

 2人で6千円強。内、悠斗が食べたのは千円分程度。彼の財布の中身は空になってしまった。

「ふー、お腹いっぱい。それじゃ、お買い物にいこっか」

 と渚が言ったその時。彼女のスマホが鳴った。聞き覚えのあるメロディ。しかし、それが何かを思い出すことはできなかった。多分、最近流行っている類のものだろう。

「もしもーし。……え!? まだ出かけたばかりなんだけど!」

 渚は電話の相手に文句を言っている。この展開は知っている。よくあることだ。

「……わかった。はーい。それじゃ、今から戻る」

 そう言って、渚は通話を切った。

「ごめん、店番頼まれちゃった」

 渚の両親は花屋を営んでいる。配達などで人手が足りない時、渚はよく手伝いに呼ばれていた。

「ごはん、ご馳走様ね。それじゃ!」

 渚は慌ただしく駆けていく。悠斗はその場にぽつんと取り残されてしまった。特にすることもないので、一緒に帰ろうかと思っていたのに。



 ……おにいちゃん。



 声に、悠斗は振り返った。姿はない。

 またしても頭痛。吐き気。

 街の風景が、灰色に染まる。人々の喧騒が消え、一人きりの世界になる。


 ――んだな、咲。

 

 悠斗は声のする方向へ、足を動かした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月読―ツクヨミ― るーいん @naruki1981

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る