もう、迷いません。―3
ラケシスがレジスタンスのメンバーと知り合いであること。それはこの一年ほどのことで、つまりわたくしが王都にいる間のことだったので、わたくしはまったく知りませんでした。
父は以前からそれを把握していて、しきりに付き合いをやめるようにいさめていたのだそうです。けれど……ラケシスにも考えがあったに違いなく、そうである以上あの子が言うことを聞くわけがありません。
昔から、あの子は自分の信じる道を脇目もふらず走る子なのです。
(でも! 王太子様の暗殺なんてするような子じゃない……!)
レジスタンスが王家をなくそうとしているのは知っています。この国の長い歴史の中で、レジスタンスと呼ばれる存在がどんな風にしてそれをやり遂げようとしたのかも、それなりに知っています。
でも、でも……!
(……信じなきゃ。ラケシスから本当のことを聞くまでは)
父の手紙を何とか読み切り、わたくしは呼吸を落ち着けました。大丈夫。簡単に疑うのはもうやめることに決めたから。
騎士を疑ったときがそうであったように……今回も、真実を知れば笑ってしまうようなことなのかもしれないのだから。
(……騎士は、まだ帰らないのかしら……)
そろそろ家人が夕食の準備を始める時間帯です。
振り返ってみれば今日一日何もしていないような気がするので、せめて台所に手伝いに行ってみようかと、そんなことを思って立ち上がりました。
ひょっとしたら騎士が食べに戻ってくるかもしれない。それなら彼に、自分が作ったものを食べてもらいたい――。
……残念ながらわたくしには、一番精のつきそうな肉料理は調理できないのですが。
夕食ができあがるころ、ありがたいことに、騎士は本当に帰ってきてくれました。
「巫女が作っただと……!?」
食卓に並べられた料理を、騎士は食い入るように眺め回しました。「そう言えば見たことのないような料理があるな!」
「しゅ、修道院の献立ですから……お口に合うかどうか」
「修道院ではこんなに量が少ないのか? 断食の訓練でもしているのか」
「……これでも量を増やしたほうなのですけど……」
家つきの料理人さんに『絶対足りない』と言われ、増やしてはみたのですが……彼はイメージ通りというか、大食漢のようです。
もちろんテーブルに並んでいるのはわたくしの作ったものだけではありません。中央に鎮座するのはローストされた大きな牛の肉の塊です。修道院の主義などここでは当然無視されますし、わたくしだって騎士にそれを押しつけるつもりなどありませんから、自分だけ遠慮することを家人の方には話してあります。
というより、優秀なここの家人の方々は、あらかじめ分かっていらっしゃったようですが。
騎士はしみじみとわたくしの作った料理の載る皿を見つめ、言いました。
「これだけしか食べていないから胸が育たなかったんじゃないのか?」
わたくしは無言で力いっぱい騎士の手の甲をつねりました。騎士が悲鳴を上げ、見ていたウォルダートさんが横を向き、肩をふるわせて笑っています……。
食卓についた騎士はあっという間にわたくしの作った料理をたいらげてしまいました。
「ん。うまい」
わたくしはほっと胸をなで下ろしました。
「良かったです……。修道院のものより味付けを濃くしたのですよ」
「そうなのか? 修道院では水がゆでも食っているのか」
「極端すぎます。でもそうですね、味はそれが理想ですね……塩は入手が困難ですから」
「修道院は貧乏だと聞くしな。今度塩を寄付してやろうか」
「たぶん断られると思います。贅沢を覚えてしまうと、後が大変ですし」
そうか、と考え深そうな顔で――本当に深く考えているのかいまいち信用できませんが――騎士はうなずきました。
「俺の家もな、親父が王宮を追い出されてしばらくは貧乏だった。たくわえなんぞ親父が研究と称した謎の実験で使い果たしたからな」
「……大変だったのですね」
「そうでもないぞ? 人間食おうと思えば何でも食えるもんだ」
「………」
具体的に何を食べたのかは聞かないほうがいい気がしました。
「アレスの家にはよく世話になった。さすがに妹らに薄汚れた格好をさせておくのは忍びなかったんでな、服をよくもらった。アレスの家は仕立屋と懇意で、最終的にはその仕立屋の息子も旅の仲間に引き入れた。ヒューイという腕利きの
騎士は上機嫌で続けました。「聞いて驚け、やつは裁縫の天才なんだ! 婚礼用のドレスなんぞお手の物だ。巫女よ、あなたの着るドレスもあいつに頼むのがいいぞ。俺から言っておくから」
「き、気が早いと思いますがその、……どんな方なのですか?」
「最高に腕がいいぞ。どんな罠でも解除するし、解除するふりをして俺を罠にかけるという応用までやってのける。あいつのおかげで色んな目に遭ったもんだ……今の俺の頑丈さはあいつのおかげだな」
嬉しそうに言うことなのでしょうか。
「口が悪くてな、毒を吐くのが何よりの趣味らしい。だが最初から毒を吐くと分かっている魔物は楽なものだ。だからそんなに気にすることはない」
「………」
「そう言えば巫女のお父上に渡した腹巻きはヒューイに作ってもらったものだな」
……聞いてはいけなかったような気がする。
笑うに笑えない話ばかりでしたが、騎士が仲間をとても好きなことは伝わってきます。話しているだけなのににこにこと楽しそう。
他人にあまり神経をつかわない性の彼は、逆に他人にもおおらかであるようでした。聞いていると、何だかわたくしまでいろいろなことが許せてしまう気がします。
彼のこういうところは、とても好き――。
「そう言えばソラが巫女に会いたがっているんだが、どうする? 会うか?」
わたくしは喜んでうなずきました。
「会いたいです。怪我の具合はどうでしょう?」
「家に寄って見てきたんだがな、元気だった。大人しくしろと言って聞くやつではないからな。だから巫女が会ってやってほしい」
巫女の言うことなら聞くかもしれん、と騎士は真顔で言いました。
「行くのなら明日にでも連れていってやる。あいつを大人しくさせてやってくれ」
「―――」
わたくしは騎士をじっと見つめました。おずおずとした声が、口から漏れ出ます。
「……よいのですか? もう……何かの手配などは……」
本当は一番に聞きたかったこと。
恐くて、聞けなかったこと。
これまでずっと楽しげに話していた彼の姿の裏にあるものを、信じたい思いでした。
問題ない、と騎士は誇らしげに答えてくれました。
「今日会える分は全部会ってきたから大丈夫だ。中には会議中だから後にしろとぬかす輩もいたので会議室にアレスとともに乱入して話をつけておいた。まったく、優先順位がなっとらん」
「か、会議中に入ったのですか」
「当然のことだろう? ことは王太子の命に関わる――と言ってもこっちはそんなことはどうでもいいんだが。ただ、疑惑は早く晴らさねばならん。それこそ国政に響く」
「………」
「俺が怒鳴り込んでアレスが取りなす。昔からこれがなかなか効いてな。他の連中には、アレスが聖母か何かのように見えるらしい」
「………………」
きっとその聖母はものすごく胃を痛めながら場をおさめているのではないでしょうか。
「今日会った中では――」
騎士はテーブルに両肘をつきました。おもむろに目を細め、何かを思い出すかのような顔をします。
「エヴァレット卿とは、もう一度会わなくちゃならんかもしれんな。どうも、態度が煮えきらん」
「エヴァレット卿……」
わたくしにも少しはなじみのあるお名前です。王室監査室長のジャン・エヴァレット卿は、修道院の監査を行っている立場でしたから。
騎士は冷静な声音で言いました。
「何かとこずるい男だ。今回のことに直接関わっていなくとも、今回のことを何かに利用するくらいは考えてもおかしくない。気をつけたほうがいいな」
「あなたも」
わたくしは思わず声をかけました。
「……あなたも、十分気をつけて」
騎士は驚いたようにわたくしを見……そして、嬉しそうに目で笑いました。
「なに、俺は心配ないさ。――そう言えばラケシス殿はレジスタンスと繋がりがあったそうだが、聞いているか?」
「父から手紙が来ました」
「そうか。いったいどういう繋がりだったのだろうな。しばしばともに酒場にいるところを見られていたようだが、必ずしも仲が良かったとは限るまい。それに」
と、あごをゆっくり撫でて、「王宮に忍び込むには、王宮に詳しくなくてはならん。もしくは手引きをする者がいなくては。……ラケシス殿はしゃべる気はなさそうなんだが」
「……やはりそうなのですね」
声がか細くなっていくのが、自分で分かりました。わたくしは目を伏せて、妹のことを思いました。
(どうしても言えないことがあるのね……ラケシス)
頑固な妹のこと、よほどのことがなければ口を開かないに違いありません。
そんなに大切に隠していることとは、いったいなに……?
仮にレジスタンスの一員として王宮に忍び込んだというのなら……黙秘しているのは仲間のため、ということになるのでしょうが。
本当に、それが理由?
「ひとつ考えていることがあるんだが」
騎士の声に、わたくしは顔を上げました。
騎士は一本指を立てて、
「例えば俺がラケシス殿に会いにいったら、ラケシス殿は話してくれるだろうか?」
「無理だと思います」
「即答だな。だがそうだろうな。――巫女よ、あなたにだったら話してもくれるのだろうが……さすがにあなたをつれて王宮には忍び込めん」
「絶対に駄目ですよ!」
わたくしは強い口調で言いました。王宮の敷地内に牢獄があるのは知っていますが、いくらなんでも忍び込んでラケシスに会いに行くなどと、とんでもない!
普通の人なら考えもしないことでしょう。けれど相手はこの騎士。以前当たり前のようにシェーラの家へ侵入したことを思い出し、胃の腑がきりきり痛みました。
「第一、王宮に忍び込むなど簡単にできることでは――」
「そうでもないぞ。今言ったように中に詳しく度胸さえあればいい。ラケシス殿がそうであったように」
何でもないことのように彼は言います。「俺は親父殿から聞いていたしな――入ってみて、見張りの穴を見つけてはそれを紙に書いて城に放り込んでおく。楽しかった」
当時の城はさぞかし戦々恐々となったに違いありません。本当に、何をやっているんですかこの人は。
前からうすうす気づいていましたが、この人は無神経というよりも非常識なのではないでしょうか。
「城もさすがに素直でなあ、次に入ったときに改善されているのを見ると本当に嬉しかったものだ。成長する部下を持つ上官とはこんな気持ちかな」
わたくしは痛切に思いました。この人は絶対人の上に立ってはいけない……と。
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