もう、迷いません。―2
何か占いたいことは、あるかしら……?
そう問われても、実のところとっさには何も思いつきませんでした。
星の巫女の
したがって――巫女は国や人のことを想って神に祈ることはあれど、自分の個人的なことを願うことはまずないのです。
それは逆に言うなら、
……自分のための願いを、持つことが許されていないということなのかもしれません。
思えば当然の話です。修道女とは星の神のために、そして人のために身を尽くす存在であるべきなのですから。
悩んだあげく、わたくしは正直にクラリス様にそう話しました。
「……構わないわ」
クラリス様は腰にさげた袋から、てのひらに載るくらいの大きさの石を取り出しました。見たところ紫水晶でしょうか。掘り出してきたばかりかというようないびつな形の石ですが、よく磨かれているのは一目で分かりました。
クラリス様はテーブルの、光が当たっている場所を選んでその石を安置させました。
「あなたに関して見えるものを話しましょう。それで十分……」
「はあ……」
見えるもの――? いまいちどうなるのか想像できませんが、何となくどきどきします。
「く、クラリス、ほどほどに」
カイ様がはらはらした表情で隣のクラリス様を見ています。対して「占いにほどほどなんてない」とクラリス様はそっけない態度。
いびつな紫水晶が、光を浴びてきらきら輝いていました。
見つめていると、何だか――その光の奥に、見てはいけないものが映っているような気がしてきて、胸騒ぎがしました。
クラリス様の翠の瞳がじっと紫水晶に見入り、そして、
「――迷っているわね」
涼やかな声がそっとそう告げました。「何か、二つの大切なものを見比べているあなたがいる……。人生の岐路」
「………!」
わたくしはどきりとしてクラリス様を凝視しました。クラリス様はわたくしのほうを見ていません。
「……まあ、ヴァイスのような馬鹿を伴侶にしなくてはならなくなったのだから、大切なものを色々失いそうなのも道理……あら、何か言いたいことでも?」
こちらを見ていないのにそんなことを言います。先手を打たれた形で、反論も言うに言えません。
「え、ええと」
「話さなくていいんですよお姉さん! クラリスも余計なことを言わない!」
カイ様が必死にフォローを入れてくれます。勇者さまご一行の中には、カイ様を安心して過ごさせてくれる方はいらっしゃらないのでしょうか。
「てのひらに載せた二つの大切なもの……。どちらかを手放さなくてはいけない……。選べずに、二つの重みで動けなくなっている……。あなたは真面目がすぎる」
すう、と細く息をすう音。
「だから神は、あなたを選んだのかもしれない」
――そうなのでしょうか?
思わず考え込んでしまいました。なぜ神は、騎士の相手にわたくしを選んだのでしょう?
単なる気まぐれのような気がしていました。あるいは、重要なのは騎士のほうであり、相手は誰でも良かったのではないか、と。
わたくしが選ばれたことに、理由などあるのでしょうか?
クラリス様は、見えづらいものを見ようとするかのように目を細めました。
「少し前の過去。強い後悔……。それから解放。それにともなって、大切なもののひとつの光が大きくなっている……。最近何かいいことがあったのね。迷いが少し解けるほどの」
「――それは」
「もう少し前の過去。何かから逃げ惑っている……。不可思議な形のものに追われている。あなたにとってそれがさっぱり理解不能で形のつかめない存在だったということ。不定型な魔物のようなのに、無駄に光を背負っていて一方的なもの……あら、これは」
「ヴァイスのことですか?」
カイ様が思わずといった風につぶやきます。
(ふ、不定型な魔物のようなもの……)
唇が引きつる気がしました。かつての自分は騎士をそんな風に思っていたのでしょうか。
言われてみればたしかに理解不能で形のつかめない存在だったのですが……それにしたって何てこと。
「ヴァイスとのことを言うなら……最初は、ヴァイス個人というよりも別の理由で避けていた様子が見て取れる……。何か、子どものころから苦手だったものの象徴……ヴァイスがそれに似ていたか、それを思い出させるものだったか……。……あら、あなた男性恐怖症?」
そうなんですかとカイ様が目を丸くしました。なぜか、ショックを受けているようにも見えます。
「も、もう治りました! ……たぶん」
治ったような気はしているのですが、積極的に男性と交流しているわけではないのでまだ分かりません。分かっているのは、騎士のことが平気になったということだけです。
というか、今さら気づきましたがこの占いはわたくしの内面を人前に暴く行為ではありませんか! このまま続けられては何を言われるか分からない――カイ様もいるというのに!
「あの、よく分かったのでもうよしませんか」
「あら……。何か問題でも」
「は、恥ずかしいので」
「……それは当たっているということでいいかしら」
「………………否定はしませんからもうよして……」
クラリス様が初めて笑った気がしました。薄い唇が、柔らかく動いたのです。
彼女は姿勢をただし、ふっと息を吐きました。
おそらく今話した以上の情報が彼女の中に〝たまった〟のだろうと、わたくしには思えました。それを外に押し出すための呼吸……
それから、クラリス様はようやくわたくしを見ました。
「……これだけは言っておくわ。この先まだ障害は続く。かなりつらい目に遭うでしょう……それでもあなたはどちらかを選ぶ。……そして、後悔しない」
紫水晶を照らす光が――
きらりと、わたくしの目に飛び込んできました。
その光の奥に、何かを見た気がしました。
わたくしは息を呑みました。見えたのは一瞬。形もつかめないほどの一瞬。
けれどこれは――託宣と同じ。自分の外側から、大切な何かがもたらされたときのあの感覚。
何が見えたのかはまったく分からなかったのに……忘れてはいけないと強く思う。
「……私の占いは外れない。もっと肩を楽にして大切なものと向き合うことね……。あなたは星の巫女、占いの結果を受け止めることができるはず」
「それでは――星の託宣と占いは、やはり同じものなのですか?」
身を乗り出して問うと、「そういう意味じゃない」とクラリス様はおごそかに言いました。
「……託宣も占いも、素直に聞く者だけが恩恵にあずかる。世を斜めに見る、ひねくれた者には相応しい結果が待っているということ」
「―――」
「ついでにカイ、あなたの失恋も映っているけれど、どうする」
「ついでに言うこと!?」
カイ様は泣きそうな声を上げます。と言うことはカイ様は恋をしているということでしょうか。それも失恋だなんて、相手はどんな方なのでしょう。
カイ様は咳払いをしました。前髪の隙間からちらちらわたくしを見ています。わたくしのような他人の前で暴かれた彼の気持ちを思って、わたくしは深く同情しました。
「ぼ、僕のことはいいんだよ。っていうか、失恋したんだったら……それは、その人が別の人と幸せになってるってことだよ。だからいいんだ」
さすがカイ様、本当にお優しい。感動が胸に広がります――返す返すも相手の女性のことが気になる。
クラリス様はちらりとカイ様を見やり、
「……けなげなお馬鹿さんとはカイのような人のことを言う……」
「僕をなんだと思ってるの!?」
「奪いたいならそう言えばいい。協力してあげてもいい。役に立つ確率は0.1パーセントほど」
「それもう協力する気ないよね!?」
カイ様はとうとう両手で顔をおおってうつむいてしまいました。ああ、何だかとてもかわいそう。
託宣もそうですが、占いというのも時として本当に残酷です。
クラリス様はふっと遠い目をして――それからわたくしに視線を向けました。
静かな湖面のような声に、小さな波紋が起きました。
「……私の占いは外れない。ただし……未来は無数にあり、また人と人の未来は無限に重なっている。強い心をもって挑まなければ勝てないこともあり、他人によって未来が動かされることもある。その中で占いの結果を成したければ、信じること。負けないこと」
忘れないで。ひたりと、声にしずくが落ちます。
「未来は勝ち取るもの。自分の力を信じなさい」
「―――」
それは、どういう意味……?
急に不安が襲いました。占いの結果を信じろというのなら、なぜそんなことを言うのでしょうか。
『この先まだ障害は続く』
……だからでしょうか? 心弱ったら、それに負けてしまうと?
(強い心で)
――そう、これは託宣とは違う。神の大いなる力で確定された未来とは違う。
強い心で臨まなければ、よき未来を逃してしまう――と。
考えてみれば当たり前のことですが、身の引き締まる思いでした。少なくとも、流されるようにして生きていては駄目なことは分かります。
(障害があっても……強く心を持って。王女様のことも……ラケシスのことも)
「ありがとうございます、クラリス様」
心をこめて頭を下げました。
クラリス様は少しだけ驚いたように目を見開いて、それから口元に笑みを浮かべました。
「……悪くない。ヴァイスの隣にいるあなたの姿……未来が楽しみね」
つられてその未来を想像してしまったわたくしは、胸にあたたかさがあふれるのを感じて、またひとつ自分の気持ちを確認したのでした。心はやはりそちらに傾いている――。
*
カイ様とクラリス様がお帰りになったあと、入れ替わるようにしてわたくしの元に手紙が届きました。
父母からのものです。大急ぎで中を開くと、まずわたくしの身を案じる文章のあと、王宮と交渉している旨が続きました。
抗議ではなく、交渉――。何となく腑に落ちないまま読み進めたわたくしは、すぐに血の気の引く思いを味わいました。
『ラケシスはレジスタンスとつながりがあった。決して活動をともにしていたわけではないが――、レジスタンスの主要メンバーと知人であることを、否定はできない』
まさか! どさりと椅子に座り込み、呆然と手紙の文字を見つめます。手が震え、その先の内容が頭に入ってこない――
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