騎士が騎士である理由
エバーストーン国における『騎士』とは名誉称号である。
古くは戦乱の時代に生まれ、戦場で多くの
人は手に入れたものを己の子孫に残したくなるものだ。『騎士』はやがて、世襲できるようになった。
そして時が下るにつれ、称号の力だけが一人歩きするようになる。戦が減っても『騎士』の称号は、地位ある者の証左として残り続ける。
戦わずして称号をほしがる富裕層が増えるにつけ、『騎士』は金で売買できる称号と成り下がる。
それでも称号は称号なのである。伝統として大切に守ろうとする者もいる。
そんなわけで――。
「ヴァイス、今日こそ私の『騎士』を受け取れ!」
ベッドの上で息巻くのはヴァイス・フォーライクの叔父フランソワ。
ヴァイスの父アレクサンドルの三つ下の弟なのだが、アレクサンドルよりもずっと年老いて見える。
それもそのはず、彼は以前大病をし、以来ずっと寝たきりで過ごしているのだが……
「いやだ」
ヴァイスはベッドの横の椅子に腰かけ、耳をほじりながら拒否した。
このときヴァイス十五歳。世間では一人前だが、彼に限ってはまだまだ遊びたい盛りである。
「騎士なんて堅っ苦しいの、俺には無理だ。大体その称号は二十年前の戦で叔父上が勝ち取ったものだろう。俺なんかに継がせてどうする」
「お前は自分のことが分かっているようで分かっとらんな。うちの家系でお前以外に騎士を継げる者がいると思うかっ!?」
兄アレクサンドルは騎士どころか魔術師になってしまった。いや魔術師でも称号として『騎士』は継げるのだが、あの男は怪しげな実験を望んで王宮を追い出された過去がある。称号どころではない。
かと言ってフランソワ自身は妻子がおらず、兄弟はアレクサンドルしかおらず、アレクサンドルの子どもたちはヴァイス以外女の子だ。
ヴァイスはぽんと拳を手に打ち付ける。
「そうだ。モラにやればどうだろう。あいつなら喜ぶ」
「まとも見えてその実心の中で一人の男への気持ちを熟成させているような末恐ろしい十二歳にはやれん」
「めんどくさいな。じゃあミミでもリリでもソラでも」
「どいつもこいつもまだ十にもならん子どもだろうがっ!」
フランソワはバンバンとベッド脇の小卓を叩く。ヴァイスは嫌そうに叔父を見やった。
「じゃあ大人になってからで」
「その前に私が死ぬかもしれん。そういう話だ」
「どう考えても最近元気に見えるが」
「うっ。持病の
「叔父上俺を馬鹿だと思ってないか?」
「思っとる。大いに思っとる――この大馬鹿が! なんだ十五にもなって人の家に忍び込むなどと、おまけに理由が嫌がらせだと!? どんな恥知らずなんだお前は!」
「ほらやっぱり元気だ」
「うっ。持病の
「それただの風邪だろう」
ヴァイスはやれやれと椅子から立ち上がる。
「そんな恥知らずにわざわざ継がせる必要もない。無理せず騎士を返上すればいい。どうせうちはもう騎士の家ではないんだ」
かつて――
フォーライク家は『騎士の家』と呼ばれていた。何代目かの当主が戦で『騎士』を手に入れて以来、代々男子は何かしらの理由で――継ぐか、戦で授与されるか――『騎士』を手に入れてきた。
「金で買ったことはない。それがフォーライク家の誇りだ!」
フランソワは常々そう言っていた。
そこを誇りに思うのなら、行状から言って資格のない甥に無理やり『騎士』を押しつけることも十分誇りを汚すことだとは考えないのだろうか。
それを口にすると、フランソワは遠い目をした。
「なに……死期が近くなると大切なものに固執したくもなるのさ。私はこの称号が人生のすべてだった……。たとえアホの甥に継がせてでも、消滅させたくないと思うほどに」
「死期? 五十年くらい先の話か?」
「ううう持病の大腿骨頭すべり症があああ」
「どこから出てきたその病名は」
ヴァイスはやれやれと腰に手を当てた。
「……知らんぞ。恥知らずの甥にそんなもん継がせてどうなっても」
フランソワは顔を輝かせた。とたんに生き生きと楽しげになる。
「そうかそうか、それでこそ騎士の家に生まれた子だ。お前も騎士の名を継げば少しは大人しくなるだろう。これ以上フォーライクの名が
「その『最期』っていうのは百年ぐらい先の話か?」
残念ながらフランソワの
ヴァイスにとって『騎士』などどうでもいい称号だった。地位ある者の証明だなどと、自由な彼には本気で意味を見いだせなかったのだ。
否、彼も肩書きの重要性ならよく知っている。それ自体は否定しない。
だが自力で手に入れたものでなければ価値などない。ただそれだけだ。
それだけ――だったのだが。
「騎士ヴァイス、いい加減帰ってください……!」
「いやだ。もう少しあなたの顔を見ていく」
「人の顔をまじまじと見ないでください、騎士よ……!」
――数年後。とある人物が彼をやたらと称号で呼ぶようになる。
そのとき彼はこう思ったという。彼女が呼びやすいというなら、こんな空っぽの肩書きにも意味はある。
彼女が呼ぶからこの称号に愛着を持った。もらっておけるものはもらっておくものだ――。
……それはあいにく、その称号の本来の意味とは似ても似つかない『意義』だったけれど。
ちなみにフランソワは十二年経った今も存命である。日々ベッドの上から、甥の活躍(?)ぶりにやきもきしているという……。
(騎士が騎士である理由/終わり)
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