騎士と愉快な家族たち
ヴァイス・フォーライクは五人兄弟である。彼が長子であり、下四人は全員女性だ。
五年前、母を亡くして以来力を合わせて生きてきた五人だが――父があてにならないので――ときには口論になることもある。
「兄貴、気持ち悪い」
食事時、そんなことを言い出したのは長女だった。
「突然なんだ、モラ」
「今日も例の巫女の尻追っかけてたんだろ。いい加減にしろよ、気持ち悪い」
モラは吐き捨てるようにそう言いながら、肉を口にかきこむ。
食べるのが一番早いのはこの長女だ。従って食べ方もあまりきれいではない。何度注意されても、本人は直すつもりがないらしい――いわく、『食うのなんかに時間とってられるか』。
口をもぐもぐさせたかと思うとすぐ呑み込んで、次の言葉を吐き出す。
「だいたいな、私より年下の女とかやめてくれっつーの。私がやりづらいだろうが」
「年齢など関係あるまい。巫女はしっかり者だ、姉にふさわしい」
と、こちらも肉をかきこみながら、ヴァイス。隣に座る末の妹を見やり、「なあ、ソラ?」
「もしも巫女が姉になるというのなら我の宿題を全て肩代わりさせる」
「姉になってもいいと言いたいんだな。みろ、ソラまで手なづけた」
どうだ、と嬉しげにヴァイスはモラに顔を向ける。
モラはいやそうに顔をしかめた。
「何が〝姉にふさわしい〟だ。知り合って間もないくせに」
「間もなくても分かることぐらいある。巫女なら大丈夫だ」
「……その巫女には本当に同情するよ。もしあっちの方が惚れてて偽託宣を下した――って噂が本当なら、心底バカだと思うけどね」
「そうか? 男冥利につきるが」
しれっとした顔で、ヴァイスは言う。モラは嫌悪感丸出しで兄をにらみつけた。
「あーあ、どうしてこんなやつが勇者の片腕なんだろう! アレス様、どうして連れに私を選んでくれなかったんだ」
私のほうが絶対強いのに! 拳を振り回して力説する妹に、兄は淡々と返した。
「お前が毎日仲間にしてくれー仲間にしてくれーとうるさかったから、アレスは怖がっていた。それが理由だな」
「だって自分を売り込まなきゃ!」
「売り込まなくても毎日一緒にいただろうが。幼なじみなんだから」
ヴァイスの冷静なつっこみに――巫女アルテナが見たら仰天しそうな冷静さだが――妹は顔を真っ赤にした。
「だって! い、勢いをつけないと、アレス様に話しかけることなんてできなかったんだ!」
「……ああそう言えばお前はアレスと一緒にいても滅多に話さなかったなあ。それがある日突然、仲間にしろー仲間にしろー」
「うるさいな何が悪いんだ。仲間になればもっとアレス様と一緒にいられるから――」
「仲間はともかく、恋人にはなれんぞ」
ヴァイスはきっぱり言い切った。「というか、アレスはやめておけ。忠告しておく。あれは女泣かせだ」
「な……! 兄貴に何が分かるんだ!」
「分かるさ。しつこいくらい一緒にいるからな」
「一緒に――」
モラは顔を真っ赤にしたまま、ふくれっ面になった。「ずるい! 兄貴ばっかりアレス様のそばにいて……!」
「……人の話を聞いているか?」
「最近魔物が増えているんだろう? だったら仲間を増やしてもいいはずだ。私も一緒に行く!」
「あのなあ討伐パーティってのはバランスが必要なんだぞ、人数が多ければいいってもんじゃない――」
不毛な会話が積み上げられていく。いつものフォーライク家の食卓。
「平和だね」
「そうだね」
会話に参加せず兄姉を見守るのは残り二人の妹。双子であるミミ、リリである。
「モラ姉、ヴァイス兄が久しぶりに帰ってきて嬉しいんだね」
「そうだね」
「二人とも、恋には一直線に邁進するところがそっくりだよね」
「そうだね」
「相手の迷惑をかえりみないところもそっくりだよね」
「そうだね」
「たぶんソラちゃんも似たような感じになるよね。この兄妹大丈夫かしら」
「リリたちも兄妹だよ」
「うふふちっとも嬉しくないね」
「そうだね」
そうして二人はサラダを慎ましくつつく。
ヴァイスとモラはいまだ口論を続けている。それを音楽のように聞き流しながら、
「ところでお姉さんは増えると思う、リリ?」
「望みは薄そうだね、ミミ」
「まともな人がこの家に来たら、この家の色に染まっちゃうのかしら?」
「わあそれは面白そう。ぜひその変化を見たいわ」
実験大好き魔術師である父にもっとも似ている双子は、顔を見合わせてうふふと笑った。
二階から、ふいに爆発音が鳴る。
「ああ、お父さんったら失敗させてるわ」
「いいえ、あれは成功なのよ。だってお父様、爆発すると喜ぶもの」
天井を見上げながら、のほほんと双子は言う。ヴァイスとモラとソラは爆発音を完全にスルーした。いつものことすぎたのだ。
今ごろ巫女アルテナは悪寒と頭痛に襲われ寝込んでいるかもしれない。そんな会話が、今宵も続く……
(終わり)
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