一章 竜と契約せよ Ⅰ
一章 家出した竜と契約せよ
Ⅰ
ひとしきり暴れた後、リゼはサシャに窘められ、とりあえずの状況を大人しく聞くことになった。
淹れなおされた紅茶の色が無くなるほどのミルクを混ぜて啜っている。
「ううむ……どこから話したものか……」
司祭長オービルは一部ほつれてよれよれになった自分の服を気にしている様子である。
「で、そもそも家出って何?竜って家出するわけ?」
「……君は平常時からそう言う言葉遣いをしているのかね……まあ良い。家出と言ったのは勿論便宜的にそう称しただけだ。元々家屋に住んでいるわけではないのだからな」
自分の年齢の三分の一も行かないような娘に荒っぽい言葉遣いで失態を追及され、頬を時折引き攣らせつつオービルは言う。
「そりゃそうでしょうよ。要はアンタ達の管理不行き届きで、私が契約するはずの竜がこの山から居なくなったって話でしょ?」
「……管理不行き届き、と言うのは心外だ。竜は人間に管理されているわけではないのだからな」
オービルの回りくどい言い回しにリゼは内心、“言葉の言い回しを変えて少しでも責任を回避しようと弄するあたりは王都の役人みたいだわ”と辟易し始める。
「どういう関係だろうとこの結果は変わらないでしょ。だいたい王都の神殿本部にそう言う話は上がってきてなかったって事は、それこそこの三日以内に竜が居なくなったのか、そうでなければアンタ達が隠蔽してたって事じゃないの?」
「失礼だぞ君は!」
「うっさいわね、こっちは生活かかってんのよ!竜と契約できなかったら国の守護者としての安泰な未来どころか、クビになって手に職もない就職難民になるかもしれないのよ!」
リゼとオービルのやりとりを眺めていたサシャが口を挟む。
「リゼ様、居ないものは居ないとして、別に私達に過失はありませんし王都に帰って『そのまま』報告すべきでは」
サシャが一部分だけ強調して言った事でオービルの顔色が悪くなる。
その様子を見たリゼは意地の悪い笑みを浮かべ、
「オービル司祭も大変ねえ。その御歳で神殿をクビになったら再就職なんて私なんかよりきっと遥かに難しいわよ?」
「ま、まあ待ちたまえ君達。確かに竜は今現在この山にはおらん。しかし――」
「――しかし?」
「今どこに居るのかはわかっておるのだ」
オービルの言葉に、リゼは眉を顰めた。
「……どういう事?居場所がわかってるなら連れ戻せばいいじゃないの」
「それができんから悩んでおるのだ」
薄い頭髪を掻きながらオービルは室内をウロウロと歩き回る。
サシャは紅茶のおかわりをちびちびやりつつ、
「とりあえず、今現在竜はどこに居るのですか?」
「うむ……実はだな……」
「…………」
「王都だ」
「……よーしわかったわ、馬鹿にしてんのね?」
再びオービルに掴みかかり、襟元を締め上げるリゼ。
「リゼ様、今オービル司祭が死んだらクビじゃ済みませんから抑えて抑えて」
「……ったく」
締め上げるリゼから解放されたオービルはしばらく咳き込んだ後、
「まったく……とんでもない娘だな……本部の司祭で竜の契約者候補とは思えんよ……。サシャ君と言ったか、君も苦労が多かろう」
「いえ、もう慣れましたし。それにオービル司祭はどうせ放っておいてもこのまま行けば失脚ですし、手を出して本部の心象悪くしても仕方ないので」
「……君も君でリゼ司祭よりタチが悪いな」
「それはどうも」
苦虫を嚙み潰したようなオービルの言葉にも表情一つ変えずに返すサシャは、そのままオービルに質問を投げかける。
「しかし目的の竜が王都に居ると言うのはわかりませんね。私達はつい三日前まで王都の神殿本部に居たわけですし」
サシャが紅茶を啜りつつ、オービルの方をジト目で見ながら尋ねる。
リゼも腕組みで威嚇するようにオービルを睨みつけていた。
「そうよ。アンタ先代の竜の事言ってるんじゃないの?」
「先代の竜と竜遣いがお役目を終えたからこそ私達はここへ来たのです。私達の知る限り現在王都に竜は居ないはずですし、竜が隠れ住める様な場所も無いはずですが」
竜種と言う生物は小型の者でも乗合馬車の倍ほどにもなる種族であるし、ましてや国の守護竜となれば、年若い内からちょっとした家等より遥かに大きいものになる。
先代の守護竜エイブラ等は、貴族の屋敷ほどもある巨体であったのだ。
オービルはしばらくモゴモゴと口ごもっていたが、やがて腹を決めた様に口を開いた。
「うむ……それなのだが……竜は竜であることを放棄し、その強大な魔力を以て人化の法を為したのだ」
リゼはしばらくオービルの言った言葉の意味が飲み込めず、怪訝な顔をしたまま固まっていた。
「……ん?ジンカの法……?竜である事を捨てた?ごめんちょっと言ってる事わかんないわ」
「……今竜は王都で、人間をやっている」
「……サシャ、アンタこのオッサンが何言ってるのかわかる?」
「にわかには信じがたいですが、そのままの意味で受けるならば」
リゼは眉間に手を当てて目を閉じる。
その様子を見てサシャはそろそろまたリゼが暴れ出すなと察してテーブルの上の紅茶を避難させ始めた。
「……頭痛くなって来たわ。それがホントなら説得するなり連れ戻すなりしなさいよ」
睨みつけるリゼからオービルは目を逸らす。
「無茶を言うな……あんなのでも竜は竜なんだぞ。力ずくで連れ戻せるわけがなかろう」
「あんなのがどんなのか知らないけど、そこ放棄したらアンタただの極潰しじゃないの」
「さっきから失礼極まりないぞ君は!目上の者に対してその悪態はなんなのださっきから!」
「失態の隠蔽にしか頭が回ってないジジイにどうして私が心配りをしなきゃいけないわけ⁉敬意を払われるだけの事をしてから言いなさいよね!」
売り言葉に買い言葉、王都の巡礼者が見たら卒倒しそうなやりとりを前に、サシャは動じることなくやや離れた場所に席を移して紅茶を啜り、茶菓子をポリポリとかじっている。
「……あの……止めなくて宜しいのでしょうか……?」
祭儀場の若い巫女が口元を引き攣らせながらサシャに尋ねたが、
「――まあ……沸点低い人達はこまめに発散させた方が実害が少ないですし、もう少し放っておきましょう」
なしのつぶての反応に、若い巫女は深い溜め息をついた。
リゼとサシャが王都へ戻りながらも聖竜神殿本部に顔を出さず、城下へ宿を取ったのは三日後の事である。
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