竜遣いはじめました

あきみずいつき

第0話 序 目指す者

 ゼリア街道は王都フェルバから辺境のゼリア山地へと続く古い道である。

 都に近い辺りは石畳で整備されているが、馬車で二日ほども行けは砂利道に変わり、ガタガタと揺れる車内はお世辞にも乗り心地が良いとは言い難い。


「最ッ悪だわ……」

 溢れ出る不満を隠しもせずに、手にした本を扇代わりにぱたぱたとやりながら司祭服の女――リゼは毒づいた。

 蒸し暑さで長い金色の髪が額や首筋に纏わりついて不快感を増している。

「……リゼ様、神殿の外では言葉遣いに気を付けられた方が」

 隣に座る従者らしき小柄な少女が小声でリゼを窘める。

 リゼと比べて暑さに強いのか、小麦色の肌をした彼女の方はケロッとしていて表情には疲れや苛立ち等の色は一切見られなかった。

「逆でしょサシャ……神殿の外だからこんな言葉遣いでも許されるの。あそこに居たら毎日の様に役人だの貴族だのの応対やら、巡礼者の相手やらで、一年中『ですますございます』で過ごさなきゃならないんだから」

 ジト目でサシャを睨みながらぼやくリゼの視線にも、サシャは動じる様子を見せない。

「それがリゼ様のお役目なれば」

「……はぁ。しかしあなた全然暑くないの?今日なんて特に蒸すと思うんだけど」

「私は南方の生まれですので」

「ああ、そうだったわね」

 リゼは脱力して上を向き『あー』やら『うー』やら、色んな不満を混ぜこぜにしたような呻きを上げ始める。

 神殿の巡礼者たちが見たら卒倒しそうな姿だなと思いながら、サシャは馬車の窓から外を見る。

「リゼ様、ゼリア山が遠くに見えてきましたよ。竜、居るんですかね」

「んー……?そりゃ居るでしょうよ。竜の山なんだし。むしろ居てくれなきゃ私達無駄足なのよ?」

「まあそれはそうですが……リゼ様は本当に興味が無いのですね」

 サシャの言葉に顔を扇ぐリゼの手がピタリと止まり、気怠そうな顔のまま首をサシャの方へ向ける。

「いい?私が竜と契約しに行くのは生活のためよ」

「…………」

「子供の頃に霊力の高さだけを買われて神殿に引き取られた私にはそれ以外に生きる方法が無いからよ。今更拒否したって他に食べていくまっとうな手段も無いし、竜の契約者になれば王都で王国付きの竜遣いとして安定した暮らしが出来るんだから。それに神殿だって竜と契約できない人間にいつまでもタダ飯食わせてくれるわけじゃないわ。失敗してお役御免で今更下働きなんかお断りよ」

 リゼが愚痴を長々と吐き続ける間もサシャは涼しい顔で聞いている。

 その微塵も変化しない表情に『この子は本当に図太いのか感情が薄いのかわからないわ』と内心呆れながら、先程まで扇代わりにしていた本をパラパラとめくる。

 それは聖竜神殿の歴史と教義が綴られた経典であって、顔を扇ぐためのものではない。

 リゼは他にやる事もなく、退屈を紛らわすために、これまで穴が開くほど繰り返し読まされたそれを黙読し始めた。


 ――数百年の昔から、この地方は竜と共に栄えて来た。

 初代王が国を開く前、この地に巣食った強大な魔物を打ち倒すため旅の同志であった聖女ラスティナがゼリア山の竜と契約し、その力を振るう事でこの地から魔物を浄化したと言う。

 以後代々、聖女ラスティナの開いた神殿からは竜の巫女が選ばれゼリア山の竜と契約を結び、国を守護する役目を担ってきたのである――


「……何度読んでも胡散臭いわねえ」

 およそ司祭職とは思えない発言にサシャは護身用の短刀を磨きつつ、

「リゼ様の信心が世俗の人間より尚薄いのはわかりましたが、敬虔な信徒はどこにでもいるのです。人前でそういう物言いは抑えて下さいね」

「はいはい、わかったわよ」

 べっ、とサシャに向かって舌を出すリゼ。

 世辞にも神殿関係者とは思えぬ会話を続けながら、彼女たちはガタガタと鳴る馬車に揺られてゼリア山を目指す。


 竜の契約者、『竜遣い』となるために。








「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ⁉」

 竜の山の中腹、聖竜神殿の祭儀施設内にリゼの絶叫が響き渡った。

 元々厳かな儀式祭事を執り行うこの場所で、およそ建立以来数百年間誰も出した事の無い程の大声であった。


 現地の司祭長オービルは口元を引き攣らせ、横に控える神官も目を丸くしてリゼ達の方に釘付けになっていた。

「家出したってどういう事なのよ⁉」

 オービルの胸倉を掴んで詰め寄るリゼ。

「ちょっ、ちょっとリゼ司祭、落ち着き給え……!おい、そこの従者の君、何とかしてくれ!」

「リゼ様はこういうお方ですので」

 諫める立場である従者のサシャは我関せずと言った雰囲気で、背筋正しく座ったままお茶を啜っていた。

 長年リゼの本性を見て来ているので、肝の据わり方が違う。

「まあでも、三日かけて来たのに肝心の竜が不在どころか家出した等と言われては、誰でも怒りますよ」

「だからと言って初対面の相手に掴みかかる司祭など会ったこと無いぞ!」

 祭儀場と言うよりも酒場の喧嘩でも見ているような光景ですねと内心呟きながら、サシャは立ち上がってリゼの背中をポンポンと叩く。

「リゼ様リゼ様」

「何よ?今このジジイから事情を聴き出して――」

「あまり怒っていると若いうちから皺が増えますよ」


 この日、祭儀場の設備がリゼによって相当額の物理的損害を被り事務方の胃痛の種になったのは言うまでもない。






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