元・魔王の幹部の娘弟子:xx05

 元・魔王の幹部の娘弟子:xx05


 天高く、雲は聳え、風は吹き、時は流れ。


 青く広がる大空を、陽が泳いで紅く染め、やがては傾き沈み行く。

 代わりに広がる夜空には、幾つもの瞬く煌めきが輝いて、大海原の如き星空を月が巡って駆けてゆく。

 やがて月の輝きは失われ、再び朝陽が顔を出す。そうして月日は廻りゆく。


 ロザリーさんが居るお蔭で、雑魚モンスターを気にせず野営を続けた。朝昼晩と体力の続く限りウィズ母さんの子供の頃の話を根掘り葉掘り聞いていた。クリエイトウォーターで生成した水や保存食を、ライターで熾した火で炙って温めて…簡単な料理を作ったり、お茶やコーヒーを淹れたりすることで、時折に感じる渇きや飢えを3人で癒やしながら話を聞いて熱心にメモを取り続け…凡そ一段落したところで、今度は私の方から、ここ最近のウィズ母さんとの思い出を語ることになったのだ。



「あとは、そうですね…家族で温泉旅行に行った時の話なんてどうですか?」


「なにそれ聞きたい」


「このスケベ!」


 ブラッドさんが食いついた様子を見せると、ロザリーさんが的確なツッコミを入れてくる。


「そんな大した話じゃないですよ。水の都で魔王軍の陰謀を阻止した話をしたじゃないですか。その時に、お風呂好きだった母さんは、アルカンレティアをテレポートの登録地点にして、何時でも好きな時に温泉に入れるようにしたらしいです。」


「ほうほう、それで?」


「ねぇブラッド、アンタ少しは下心とか隠せない?」


「断る。さぁ話の続きを…早く言ってよ役目でしょ」


 興味津々に頷きながら、先を促すブラッドさんの背中に対してロザリーさんが無言でげしげしと蹴りを入れている。彼の頭部は身体から分離しているので、あんまり気にはしていない様だ。


「とある出来事が切っ掛けで、とりあえず私はプリーストを目指すことにしたんですけれど、未だどの教団に所属するのかも決めてなかったので…仮にアクシズ教徒になった場合を考えて、移住先としての下見も兼ねたアルカンレティアへの温泉旅行に行くことにしたんです。何故か、学校の先生でもあった熱心なエリス教徒の領主の娘が『ここ暫くはご無沙汰だったからな。是非とも私も連れて行け』と声高らかに主張して、これ見よがしに堂々とエリス教のシンボルをぶら下げながら同行することになりました。」


「…そのエリス教の女性の方は、頭がおかしいんじゃないかしら?アルカンレティアとアクセルは距離が近いし、ウィズも風呂好きだから若い時から興味津々だったけど…私が行きたくないって主張してたから、現役の時は渋々と諦めて、水と温泉の都をテレポート先に登録する事はできなかったのよ。」


 未だに足先から金属音を鳴り響かせるロザリーさんは、そんな感想を述べた。意外な過去が聞けたので、さらりとメモに書き留めながら、話の続きを促した。今やリッチーである元・プリーストも、元来は熱心なエリス教の信者だったので普段から堂々とシンボルをぶら下げてはいたらしい。

 ただ…かの水の都でのアクシズ教団によるエリス教徒に対する過剰なスキンシップの内容に関する噂は聞いていたらしく…流石に及び腰になって、『ウィズがいつも言ってるじゃない!大切なのは仲間との絆だって!あれは嘘だったの!?』と冒険者に必要な心構えという錦の御旗を縦に掲げて主張して、駄々を捏ねて抵抗したらしい。



 その判断は正しかったと思う。



 水の女神の仲間でもあるダクネス先生は、テレポートで水の都に到着し、宿の部屋をとった直後に近場の広場へ足早に歩いて進みゆき…突如として『私の仲間がおかけした、過去の迷惑に対する抗議は全て私が引き受けよう!』と勝手に叫んで街の住民を呼び集めたのである。エリス教のシンボルを大の字に広げた己の身体をズズイと前に出しながら、自ら勧んで石に撃たれた彼女の表情は…なんというか、こう…この上ない至福を感じているようだった。偶に魔道具店にやってきて、茶菓子などの甘味を頬張る時ですら、あんな表情は見た覚えは無い。仲間を庇う英雄的行為に対して感傷に浸っているというよりも…石が当たる度に呻き声と言うよりかは嬌声を上げてたし、単純に痛いのが好きなんだろう。石が当たらなくても、興奮しているようだった。


 過去に水の都の危機を救ったり、魔王をしばいたりしたパーティーの一員であるにも関わらず…それはそれ、これはこれ、とエリス教徒のクルセイダーであり、さらには由緒正しい貴族の血統であることを示す金髪碧眼の彼女に対して街の人々が…子供までもが躊躇なく石を投げつけていたのは、流石の私でもドン引きした。当時は軽いトラウマになってしまった。今でも少し、引きずっている。


 やがて騒ぎを聞きつけたお巡りさんがやってきて、お祭りのような騒ぎを解散させた後…宿に戻ってお風呂に浸かってる間も、貴族の娘はそこそこ気持ち良さそうだったが…あれはどちらかと言えば、かすり傷を負った傷口にお湯が滲みる事に対して悦楽を感じているように見えた。石鹸を泡立てた手で赤く腫れた肌をこすった時なんかはハァハァ言ってたし。

 熱心なエリス教徒って皆こんな感じなの?強力なプリーストスキルを身につけるには熱烈な信仰心が必要であると聞くけれど…うん、あんな風にはなりたくないな。プリーストを目指すとしても、エリス教に入信するのはやめておこう。そう心に決めた瞬間だった。


 まぁ、そんなエリス教やアクシズ教の闇の光景を目の前にしても…私が目指すのはカッコいいアクア様。水の女神から告げられた御言葉を、司祭や信者が都合よく解釈して勝手に広めれられたアクシズ教の教義は一先ず置いといて…敵対する存在には容赦なく鉄槌を下して仲間や身内、信者や人々を守りつつ…彷徨える憐れむべき魂を可能な限り優しく接し、慰めてから導いて…人間との共存を目指すのならば魔物や悪魔にも、心優しく接する水の女神のアクア様。問答無用で話も聞かずに悪魔や死者を浄化する女神エリスとは一味違う。だからこそ、物怖じせずにアクシズ教へと入信することにしたのである。


「でも妙ね。アクシズ教のプリーストを目指すために水と温泉の都に移住をしたのなら、貴女はなんで私に積極的に抱きついたりしないのかしら?やっぱり私がリッチーだから?」


 蹴るのを止めたロザリーさんは、頭に浮かんだ疑念について素直に問うてきた。


 アクシズ教団に所属する女性の数は、男性の数と比べると…極々少数なのである。その理由は幾つか思い当たるけど…少数であるがゆえに、身近に触れて見ていると、アクア様を信仰する女性達は、色々な特徴的な共通点を有することが良く解る。

 そのうちの一つとして挙げられるのが…大抵の女性信者は、女性が大好きである。同性であることを利用して、かなり行き過ぎたスキンシップを試みる者も少なくない。まぁ男性信者も結構タガが外れているので条例なんかで縛られている。

 そして…なんでも最新の研究では女性の殆どが同性愛者かバイセクシャルであり、ストレートであることは殆ど無い。そんな主張をして自らの所業を正当化するアクシズ教団所属の勇者候補生もいたんだとか。そんな論文は見たことも聞いたこともないが…しかし、そんな言葉で勇気づけられるセシリーお姉さん達みたいな女性もいたのは事実である。

 そんなんだから、ロザリーさんがアクシズ教徒である私を警戒するのは当然だろう。まぁ、少し変わった環境で育った私としては、いま目の前に居る彼女を魅力的だと思うのはこれまた少し違う理由があるのだが。


「実は結構ウズウズしてますよ…結局、アルカンレティアには移住しなかったんです。理由は…ウィズ母さんにとってのあの街は、少し住みにくい環境になっていたからです。」


「ねぇ、いまウズウズしてるって言った?」


「言ってません」


 おおっと。口が滑ってしまった。若干ながら警戒をにじませた雰囲気がロザリーさんから発せられる。素知らぬ態度を決め込まなければ。

 愛さえあれば、犯罪でなければ、なんでも許される。そんな教義があるとはいえ…流石に他人の迷惑は考えるようになっていた。

 ポーカーフェイスを決め込んで、温泉旅行の話の続きの言葉を紡ぐ。


「とある温泉…というか大浴場付きの宿に泊まった時です。色々あった後に、お風呂へ向かったんですけど…お湯が無色で透き通っていて、以前に来た時と違っていたそうです。泉質が違う温泉を引いているのかしらと、不思議に思ってお母さんがお湯を掬ったら、水温が高い、というか熱いかも、と感想を述べていました。私やエリス教徒の女性にとってはそんなでもなかったので…きっと普段の体温が低めなウィズ母さんにとっては熱く感じるんだろう。そんな仮説を立てまして、とりあえず足湯でもして慣らしておこう、ということで母さんは湯船の端に腰を掛けました。」


「より詳しく。胸は?腰は?太ももや膕は?」


 そして再び無言でブラッドさんの背中を蹴り始めるロザリーさん。良かった。先程うっかり口を滑らした本音は何とか誤魔化せたようだ。我慢だ我慢。今すぐにでも、抱きついて甘えたい衝動を鋼の意思で抑えねば。金属音が鳴り響く中、ウィズ母さんの身体についての言葉を続けて述べることにする。


「そうですね…肌は顔から爪先まで青白くて透き通るように綺麗でした。やっぱりアンデッドだからなのか、普段から体温は低めでしたね。まぁ、全身がちょうど良い具合に冷んやりしていたのが素敵なところであったんですけど…胸なんかは特に、柔らかい上に冷え冷えしてたのでサイコーでした。ただ、本人にとっては寒いのはちょっと苦手だったみたいでして…もともと若干の冷え性気味だったみたいです。その所為か、家でコタツやお風呂に入ってる時なんかはホッコリしてて特に幸せそうでした。アルカンレティアの家族旅行の時も、母さんが足湯をしている間はホコホコしてたので、気持ち良さそうでしたけど…その内だんだん、本当に透き通ってきて、パタリと倒れてしまったんです。」


 足湯でのぼせるなんて有りえない。他の客がいないのが幸いだった。倒れたウィズ母さんを慌てて湯船から引き上げて、エリス教徒のクルセイダーからドレインタッチをすることで、何とか事無きを得たのだが。

 以前に、魔王の幹部によって街の温泉が汚染された時。猛毒の発生源となった源泉に対して、アクア様は本気の本気で浄化を行って…その結果。源泉からは薬効成分を含んだ温泉ではなく、温かい聖水が湧き出すようになってしまったのだ。地熱そのものは活きていたし、聖水のお風呂に入れば傷の治りも早くなる。そんなこんなで、水の都の温泉街としての商売は続けられることになったのだが…


「水の都はもともと源泉…温泉用の水を街に巡らせる施設と、その他の生活用水を上水道に引き入れる施設は別々に存在して管理されてたんですけど…聖水は水回りの清潔さを保つ時にも役に立つからという理由で、上水にも源泉由来の水が引き入れられるようになっていました。その結果、街中の蛇口からは聖水混じりの水道水が出るようになっておりまして…流石にこの街ではウィズ母さんやバニル父さんが正体を隠して暮らすのは難しいだろう、そういう結論になって、引っ越すのはやめたんです。」


 聖水が混ざって使えないのは生活用水だけではない。現地で製造されるパンにパスタ、特産品の饅頭は勿論のこと、農作物の栽培にまで聖水が用いられていた。ウィズ母さんは絶食の経験が何度もあったので…その旅行は一晩だけ宿に泊まり、翌朝直ぐにテレポートで帰還した。

 アルカンレティアの修道院に預けられて下宿する選択肢もあるにはあったが…流石にそれはやめとけと、紅魔族の方々からストップが入ったのだ。水の都には条例があり、アクシズ教徒の男性は子供に近付く事が禁じられている。それでも怪しげな視線が怖いという理由と、ウィズ母さんの側にいたいという希望もあったので…アクシズ教のプリーストを目指しながらも、アクセルの街で育つことになったのだ。自分でもかなり珍しい部類に属すると思う。


「…なんていうか、もっとこう、心温まるエピソードがほしいんだけど。さっきからウィズがやらかした話とか、巻き添え食らって浄化されかけた話くらいしか印象に残ってないんだけど。期待してた海辺の話も、最後が爆発オチだし…ウィズが水着で先生だか講師をしていたというシチュエーションは最高だとは思ったけど…」


「確かにウィズ母さんにとってはちょっぴり残念な話ですけれど…それでも私にとっては目標とするアークプリーストであるアクア様の近くに居つつ、ウィズ母さんの手元で育つ切っ掛けになった出来事だから…悪いことしかなかった、とは判断したくないんです。それに…どれもこれも掛け替えのない大切な思い出なのは、変わりありませんから。」


「アクア様ねえ…さっきから聞いていると、女神にしては傍迷惑な存在という印象しか受けないなぁ…本当にエリス様の先輩なのかしら?」


「神様だって立派に生きてるし、泣いたり笑ったりはしゃいだり、時には滅びることもありますよ。自分の意思や心のような主体…パーソナリティーだって持ってます。基本的な行動原理は良かれと思ってアクションを起こすので、悪気があるわけじゃないんです。…司る概念や感情によっては、滅び去ることで世界に強い影響を与える時もありますので、普段は天界という安全な場所でゴロゴロしてる筈なんですけど。」


 降臨するにしても、それに相応しい器を用意するし…万が一に器が傷ついても、世界へ与える影響を少なくするために権能自体はかなり限定した上で活動することになる。しかしながら、アクア様はかなり特殊な形で降臨されていた。数々の権能をある程度の弱体化はしたけれど、しっかりと保持した上で地上に降り立った。


「しかしなぁ…エピソードの題から期待してた想像と実際の内容との落差が激しすぎて…なんていうか、ガッカリ感を与えてくれるところは流石はバニルの娘だって感じだよ。」


「流石にそれは聞き捨てなりませんね。」


 あの父親代わりの大悪魔は…確かにウィズ母さんを支えてくれていたことに関しては感謝しているが…私との関係については、今では微妙な間柄になっている。ウィズ母さんの方からバニル父さんへの感情も、友人や相棒に向ける性質で留まっていたし…機会があれば、事あるごとに大悪魔の新しいパートナーを見つけようとしていた。自ら望んで不死者になったとはいえ、そこまで永く生きるつもりは無かったらしい。リッチー化の手段を教えてくれた、ある意味では恩人とも言える存在の、その傍らに佇む伴侶の椅子に自らが収まるつもりは更々なかったとも言える。


 あの2人の関係は、今でもあまり良く分からない。


 バニル父さんからウィズ母さんに対しては…なんだか放っておけない友人、という評価であった。悪魔使いの才能を持つ人物は、自然と悪魔の気を引く性質を持つと言うけれど…アクセルの街に棲む小悪魔達は、未だ少女であった紅魔族の女性に対して初対面でその才能を見抜いたが、ウィズ母さんに対してはそのような直感は働かなかったらしい。まぁ、悪魔使いの才能が無かったとしても…ウィズ母さんの性格をよく知る親しい関係を持つ者ならば、彼女を独りで放っておけないと感じてしまうのは仕方のないことではある。自分もその内の一人である。そういう意味では、不本意ながらもあの大悪魔と同志という事になる。


 私にとってのあの大悪魔は、便宜上は父と呼んでいたが…実際には父親というほど近しく親しく感じた事は無い。かといって同居人と言うほど他人でもなく…どちらかと言えば、近接戦闘の…格闘技能の指南における師父みたいなものだった。学校に通う間に指導してもらった体捌きや剣技など、様々な武具の扱い方や稽古に関しては棍棒を扱う今でも役に立っている。


 刀剣類の刃が届く範囲は確かに長いが、有効な斬撃を与えることの出来る間合いは限られている。積極的に接近されてしまえば、刃を押すのも引くのも中途半端になるし、斬るのも切るのも難しくなる。前後左右に動く相手との間合いを維持しながら…移動しながら斬りつけるのも、敵の攻撃を受け流しながらでは攻撃のタイミングは限られる。結局のところ、刃が有ろうが無かろうが、自らが有利な間合いを保つことが最も重要なのである。


 むしろ当てたり受けたりする時に、刃の角度に気を付けたり、刀身が敵の身体にめり込んだ時とかの対処法を気にしなくていい分、刀剣よりもメイスのほうが優れているとすら思う。斬撃を通しづらい立派な毛皮を備えたコボルトや初心者殺しなどを相手にする時なんかには特にそう感じる。静止しているならともかく、濃密度の体毛を纏って素早く動く獣が相手では…適切な間合いであっても有効な斬撃を与えることそのものが至難の技である。切っ先を身体に突き刺してから引き裂くのが確実に斬る手段であるけれど、突きは隙が大きい動作の一つでかなりの博打になってしまう。こちらが初撃をしくじれば、次の瞬間には自らの喉笛が切り裂かれることもある。確実に敵を引き裂いて、なおかつ刀身が折れ曲がらない、そんな神剣や魔剣の如き業物でも持っていなければ、大抵は鈍器を選ぶべきだろう。


 そもそも刀剣なんてものは所詮は人斬り包丁だ。大抵は人型モンスターに対処するために造られている。兵練所で用いられている剣技指導の教本も、大部分が対人技術の内容で埋め尽くされている。本格的なモンスターに相当する練習相手を用意することが難しく、回復魔法があったとしてもかなり大きな生命の危険も伴うため、実戦に役立つ研究をすることすら困難なのだ。超レア職業である魔獣使いは自らの支配下に置いた眷属を傷つけられるのを拒むし、その気持ちもよく解る。

 この為に、刀剣を用いて地を這う獣を相手にするのも一苦労な訳であるが…砂漠を泳ぐ砂クジラ、あるいはドラゴンのような巨大モンスターに対して一介の剣士が有効なダメージを与えるには、それに見合った武器を用いる他に手段はない。つまり…己の身の丈を超えるくらいの巨大な刀身かつ、超大な重量を有する刃を以て叩き切る。これくらいしか出来ないのが現状だ。

 いくら高いスキルを持っていたとしても…対人用に主眼をおいて造られた刀剣では、巨獣の身体に対してうまい具合に刃が刺さっても巨体を支える硬い骨や筋肉が邪魔して断ち切ることなんか出来やしない。そもそも鱗や厚い皮下脂肪の層に弾かれて、骨どころか主要な血管に刃を届かせられるかどうか疑わしい。


 対人用の武器を使って巨大モンスターを斃すには…うまい具合に近付いて、喉や関節など表皮から浅いところを走る太い血管などの急所を裂くか、頑丈な骨を避けたり断ち切りながら、心臓や肺などの重要な臓器を突き刺すしかない。まるで暗殺者の立ち振舞いだが、成し遂げるにはそうするしか無い。

 しかし、一度しくじれば…最悪の場合は筋肉が引き締まって刀身が刺さった状態で固定され、武器を奪われる時もある。


 味方の数が多ければ戦闘能力を失っても構いやしないし、一対一でも逃げれば良い。しかし…大抵は足手まといは嫌がられるし、逃げた先に別の敵が待ち構えていることも良くあることだ。武器を失った状態になるのは避けるべきである。


 やはり鈍器が一番だ。ボコボコに殴る。殴った後の見た目は少しグロテスクになるが…喉を裂いたり体内の奥深くにある器官を直接的に刺して貫くことだけが敵を討ち倒す手段というわけではない。喉を潰して骨を砕いて手足を折って頭蓋を割って打倒する。毛皮だけでなく硬い鱗や鎧を纏った相手にも有効だ。


 偶にカエルなど、急所以外への打撃が通用しづらい相手はいるにはいるが、そういう相手は避ければいいし…仕方なく相対する時は相棒の持ってるサブウェポンを借りて持ち替えれば済む。簡単な話である。



「剣?お前は剣が扱えるのか?プリーストのくせに?」


「扱えますよ?プリーストが刃物を扱っちゃいけないなんて決まりは特にありませんし。アクア様なんか大剣ふるってマイナー神を祀っていた宗教施設をぶっ壊そうとした事もあるらしいですよ?」


 それを聞いたブラッドさんとロザリーさんは、2人で小声でひそひそ話をし始めた。


「なぁ、やっぱりアクシズ教団って頭がおかしいんじゃ…」


「一見は礼儀正しいこの子も、実は隠れてアクセルの街のエリス教会に石を投げてないか心配になってきちゃったわ。」


「他のアクシズ教徒ならともかくとして、私はウィズ母さんから神様は大切にしなさいと教えられていたので大丈夫ですよ。アクア様は私が目指すべき目標なので特別ですけれど…エリス様もマイナー神も、信仰の有無に関わらず基本的には敬愛してますよ。」


 その昔、駆け出しの街の近くの山の麓にあったと言われる、マイナー神を祀っていた無人の教会。ゴブリンなりコボルトなりが棲み着かないようにと、私の物心がつく以前に建物そのものが取り壊されていたが…跡地になる以前のあの地にはプリースト経由の地縛霊が棲みついて、その地を護っていたという。アクア様が来られるまでは、街中のアンデッド関係の問題を解決する専門家としても有名だった、ウィズ母さんの元にも当然ながら塩漬けクエスト解決の依頼が舞い込んだが…依代となっていた教会を爆裂魔法で強制的に破壊することも出来ただろうに、そういうことはしなかった。ウィズ母さんは元々ウィザードだったので、特定の神様を信仰している訳ではなかったが…神様を蔑ろにしていた訳ではなく、数多の神々に対する畏敬の念を抱いていた。信者の少ないマイナー神であるとはいえども神は神。神々に対して自ら勧んで敵対する意思も無かったし、リッチーと成ることで神々から敵視される立場となって尚、その謙虚な姿勢は変わることが無かったのだ。


 結局のところ、その地縛霊はアクア様によって祓われたと伝え聞いているが…神様には神様なりの事情があるのだろう。神々同士の争いには、なるべく関わらない様にするスタンスだ。多くのアクシズ教徒はエリス教団に対する妨害活動をよく行っているが…そんなことして悪名を広めるよりかは、地道に他所へ出向いて善行を重ね、名声とまでは言わなくても良い噂を広めてから宣教活動したほうが効果があると思っている。まぁ…未だに国内各地に留まって、ゴーストやゾンビを祓いながら宣教の旅を続ける私でも目立った成果を上げることは出来てはいないのが現状であるけれど。


 しかし…どこもかしこも今現在も、アクシズ教団の忌まわしき評判はこの大陸全土に広がっている。隣国に移ったとしても、新しい信者を大量に獲得することは出来るのだろうか?今ある教義に少しばかり具体的な言葉や解釈などを書き加えるなどして、穏健的な派閥を立ち上げるだけでも無理かもしれない。


 アクシズ教徒1000万。この果てしない目標を達成するには、新大陸の発見に賭けるしかないのだろうか?

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