元・魔王の幹部の娘弟子:xx04

 元・魔王の幹部の娘弟子:xx04



「もう、この周辺にはゴブリンどころか野犬すらもいなさそうだな」


 廃村を駆け回ったブラッドさんが周りの様子を伝えてきた。


「こんな見目麗しい美女を前にして逃げるだなんて、なんて失礼なのかしら。」


 なんだかロザリーさんは怒っているようだった。


「まぁ、不死者の王様たるリッチーですから。ゴブリンみたいな、へなちょこ魔物は上位モンスターの気配を感じると怯えて逃げちゃうそうですよ。」


 ウィズ母さんも以前はひもじい思いをしていたのに、自らの好物であるカエル肉どころかウサギ肉すらも狩ることができずに苦労してたと嘆いていた。そんな母さんのために、アクア様にお願いして一緒にウサギをこっそり狩っていた…そんな時もあったっけ。自らの幼少期を思い出しながら、上位モンスターの特性を説明すると、何かが気に障ったのかブラッドさんが反論してきた。


「おい、それはなんだか聞き捨てならないぞ。俺だって最上位のアンデッドのデュラハンだ。それなのにゴブリンどころか野犬まで寄ってたかって襲ってきやがった。オレが彼奴らを追い払うのに、どんだけ駆けずり回ったと思ってるんだ。」


「デュラハンは水を被ると弱体化してレベルが下がる特性を持ってるらしいですよ。ベルディアとかいう魔王軍の幹部はそれが原因で勇者に敗れたみたいです。一生懸命、水を汲むために川に入ったり、雨に濡れたりした所為でレベルが下がりすぎた。その結果、雑魚モンスターにすら舐められるようになっちゃったんじゃあないんでしょうか?」


 それを聞いたブラッドさんは大きく肩を落として俯いている。なんだかとってもがっくりしているようだ。


「そんな方法で彼奴を攻略することが出来たのかよ…俺達が、どれだけ苦労したと思ってるんだ…かっこ悪いなぁ、俺達は…」


「まぁまぁ、過ぎたことですし。あまり気にしちゃいけませんよ。さっきの後ろ姿だけでも、相当にカッコよかったですから。伝え聞いた、本当のアクセルの街の防衛戦。その時の母さんと父さんの姿もそうだったんじゃないかって。思わず重ね合わせて、見惚れちゃいました。」


「うん?アクセルの街の防衛戦?その場の皆で力を合わせて、頑張って魔王軍を追い返したんじゃないのか?」


 しまった。口が滑ったか。偶に出かけて彼らに会いに来ていた筈の母さんは…あの真実を伝えていなかったのか。

 でも…数少ない、ウィズ母さんの、英雄としての姿なのだ。特に口止めはされてはいないし…

 これから旅立つ予定の彼らになら、話してあげても問題は…特に無いだろう。

 そういう自論を頭の中で展開させて。伝え聞いたウィズ母さんの勇姿を、2人に教えてあげることにした。




「ウィズの正体はバレちゃっていたのか…なんで街の皆で見逃して、暫く暮らすことになったんだ?」


「目撃者が少なかったこと、これまで人類に危害を加えた過去が無いこと、水の都の魔王軍の陰謀の阻止やアクセル防衛戦を含めた色んな案件に貢献したこともあるけれど…アクセルの住人でただ一人、ウィズ母さんを浄化できる存在だったアクア様の温情が優先された、というのが大きかったようです。アクア様にとって、ウィズ母さんは…降臨してから出会った数々の人々の中でも特別な人だったの。勇者候補者以外で、自らを女神と認めて崇めて信じてくれた、初めての人間だったんです。」


 アクア様はこれまでに数々の勇者候補生をこの地に送り出し。最後に不意にも自らが降臨することで今世代の魔王をしばく機会を作ったわけだけど…出会った人々に対して、自らが真の女神であると主張するも、あまり信じては貰えなかった。同じパーティーに所属していた仲間ですらも、随分と長い間は半信半疑だったらしい。

 僅かながらに信じてくれたのは…アクシズ教団の指導部と、自らが送り出した勇者候補生。しかし、それはある意味では当然で…初めから女神として接していたのだから、当たり前のことなのだ。

 そんな最中に。ふとした切っ掛けで出会うことになった、心優しく理性もある穏やかなリッチーが…アクア様を正式に女神と認めてくれた、最初の存在だったのだ。その次に認めてくれたのは悪魔だったりしたのだが。


「ふぅん…それを見越して、あのバニルは防衛戦に手を貸したの?」


「いいえ。父さんは…正体がバレれば流石に街に居辛くなるだろうと見越して手を貸したみたい。稼いだお金を抱えて庇護下にあった手下を引き連れて…余所に逃げて新しい商売を始めたり、ダンジョン造りをしようと目論んでたみたいです。」


 防衛戦に参戦すれば、指名手配や追手も差し向け難く成るだろう。

 水の女神も貸しを作れば、追っかけて来て積極的に浄化しようと思うこともないはずだ。どこか遠くで落ち着いてダンジョン造りが出来るだろう。そんな計算をしていたらしい。


 あとは、何だっけ…その場にいた全員の記憶や認識を、都合の良い様に操作して、事実を捻じ曲げて歪曲する。そんな超強力な能力を持った大悪魔と契約させて使役させる。そんなことも考えていたらしい。


 流石に、記憶操作や感情操作、認識操作など、数ある魔法を用いた犯罪の中でも超特級の処罰が下される呪術を用いるのには、清く正く優しい、人としての心を保ち続けたウィズ母さんは良しとしなかった。当然だ。


 そんなことを無理矢理にでもさせようものなら、数少ない友人のことを嫌いになる。そう言われて、渋々ながらも折れた様だった。そこまでは予想の範囲内だったらしい。

 そして…ウィズ母さんが、街に居続けてアクア様の沙汰を待つと主張したのは、流石に予想外だったようだ。


「ダンジョン造りか…そういやそんな事を言っていたっけ。しかし、ウィズが浄化されたんじゃあ…今はもうダンジョン造りを諦めて、地獄に帰ったのか?」


「いいえ。今は紅魔族の稀代の悪魔使いと契約してます。バニル父さんにとって…ウィズ母さんは、あまり必要じゃあ、なかったんです。」


 バニル父さんはウィズ母さんに嫌われるのだけは何故か避けていたが…

 悪魔にとって人間は食糧品。食べ物である感情を生産する農場なのだ。

 代わりなんて幾らでも存在する。義理の娘である私にしてもそうだ。

 そうに決まっている。…もし必要なら、なんで、あの時。


「ううん?それも妙な話だな。いくら魔力が満ち溢れる紅魔族でも…ダンジョン造りは流石に出来んだろう?」


「…ロザリーさんに手伝わせるつもりだったみたいです。」


 昏い思考の最中にかけられた、自らに対する問いに応えた。

 紅魔族でもダンジョン造りは束になっても出来やしない。

 今は滅びた魔導技術大国から継承した、魔法や悪魔を使役した建築技術はあるけれど…ダンジョン住まいは、かなりの不便が伴うし。

 もし、そんなことが出来るのならば…若いのから年老いたものまで頭がおかしい彼らのことだ。魔王がしばかれた今の環境ならば、こぞって各地にダンジョンを建設して、観光施設にするに決まっている。いや…魔王が存命の時でも、ニートがゴロゴロしてたというし。作れるものならば暇つぶしにでも作っていただろう。

 なので…とりあえず紅魔族と契約はしたが、実際のダンジョン建設はウィズ母さんの知り合いの、大いなる眠りに就いたリッチー…つまり、ロザリーさんに引き継がせることにしたらしい。

 すると。


「はぁーーーーーーーーーー?!」


 当然ながら、ロザリーさんは素っ頓狂な声を挙げた。


「なんで私がアイツの手伝いなんかしなきゃいけないのよ!あの悪魔が私に何やったのか判って物を言ってるんでしょうね!?」


「その辺りの考えはよく解らないです。ただ…ロザリーさんを確実に満足に浄化することの出来る希少な存在…アクア様への紹介を取引材料にするつもりだったのかもしれないし…それに、確かウィズ母さんからの手紙…遺言が、あった筈です。それを見せれば、ロザリーさんも折れると思ったんじゃないでしょうか?」


「…確かに、ウィズのお願いなら聞かないこともないけどさぁ…でもさぁ…えぇー…」


 ロザリーさんはなんだか微妙な表情をしている。

 嗚呼そうだ。遺言で思い出した。遺品を渡しておかないと。


「ブラッドさん、ロザリーさん。今の内にこれを渡しておきます。」


「…なんだこれ?」


「紅魔族に伝わるお守りだそうです。母さんのお店の常連さんが作ってくれました。容器の中には、髪の毛が。作ってくれた紅魔族のお姉さんと、ウィズ母さんの分、私の分…そして、父さんの抜け殻の欠片が入っています」


 ゆんゆんさんが、作ってくれた。母さんと、私と、父さんの分。3人分を、作ってくれた。そのうちの2つを…ロザリーさんと、ブラッドさんに手渡した。特に神聖属性も無いはずなので、彼らでも普通に身につけることが出来るはずだ。


「えー、ウィズの髪はいいけれど、悪魔の欠片も在るのかよ…なんでこれを?」


「浄化される時に、身につけておけば…ウィズ母さんの髪の毛が目印になって…来世に生まれ変わる時に、近くに行くことができる。そう伝え聞いています。…もちろん、担当の女神様…エリス様に話を通さなければ、いけないでしょうが。」


 駆け出しの街の近くにある初心者用ダンジョンの建設者、キール。彼が浄化された時、共にいたお嬢様の遺骨も共に消えることで、彼女の生まれ変わりの近くに行くことが出来る。アクア様は女神の仕事を全うする際に、そんな素晴らしいサービスまでしたそうだ。私もアクア様のような超凄いアークプリーストを目指すのならば、見習わなければならない。


「ウィズ母さんが浄化されてからあまり時間も経ってません。近いうちに…今日か明日にでも浄化されれば…再び、同じ時間と同じ場所で、思い出を共有して、共に育つことができるかもしれません。」


「…そんなサービスまでしてくれるのか。ウィズの話を教えるだけでいいのか?もっと何か恩返ししたくなったんだけど。」


「私にサクッと浄化されれば、経験値は私に入ってきちゃうので。アークプリーストとはいえ、まだ駆け出しで未熟な私ですので…頑張って成仏してください。それだけで良いですよ。」


「そんなんでいいのかよ。」


「あとは、そうですね…もし都合よく、お望み通りウィズ母さんの生まれ変わりに会えることができたのなら…寂しくないように、支えて下さい。記憶も無いので、難しいでしょうけれど…私は未だ、会いに行くことすら、できないでしょうから…」


 アークウィザードは孤高の存在と成ることが多い。今までに親しく知り合った才気溢れるアークウィザードは…誰も彼もが、幼少期を孤独気味に過ごしてた。ウィズ母さんも…駆け出しの街で、運良く仲間と出会えたけれど…死の呪いを解こうと足掻いた時なんか。結局は、たった独りで奔走して…リッチーとなり。仲間である、アークプリーストとすれ違ってしまっていた。


 そんな物悲しい性格が、来世でも引き継がれていたとするならば。ゾッとする。独りになんかさせておけない。それだけが。只々それだけが心配なのだ。



 独りは、とても寂しいから。

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