元・魔王の幹部の娘弟子:xx02

このすば世界・前日譚

元・魔王軍幹部の娘弟子xx02


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「すかー」


扉を開けた広間を見やると。

台上にはプラチナブロンドの美女が眠っていた。

エリス教のローブを綺麗に着こなした美女。

仰向けのキレイな姿勢で寝ている。

眠ってはいるが、呼吸はしているようだ。

上下する胸元を見やると。


その胸は控えめだった。

ウィズ母さんやバニル父さんの言ってたとおりだ。


「すかー」


私の周りでスレンダーボディーだったのは…

ゆいゆいおば…お姉さんと、めぐみんさん、

あとは、こめっこさん。

あの紅魔族の家系くらいかな。


代々に渡ってスレンダーボディを維持し続けているという、その家系である。

姉妹のように育った、めぐみんさんの娘はあまり気にしている様子は無かったが。


紅魔の里の学校で英才教育を受けると言っていたが、あれから元気だろうか。

きちんと卒業できただろうか?

私が通っていたアクセルの街にあった学校とはシステムが違うらしく。

卒業に必要な年数は個人によって違うらしい。

そんなことを考えていると。


「おーい、起きろー。ロザリー、起きろよー。」


ブラッドさんが、ロザリーさんを起こすために声をかけていた。

ペチペチと頬も叩いたり、つねったり。

水で濡れた付近で顔を覆ったりもしているが。

しかし。


「すかー」


ロザリーさんは、一向に目覚める気配が無い。

ただのしかばねのようだ。


「おかしいな、水の女神の名前を名乗る、アクシズ教のプリーストが来れば勝手に起きるって聞いてたんだけど。」


「その御方は本当に水の女神様よ。そういえば今になって思い出したんだけど。物凄い神聖なオーラ…強い神気を当てないと、深い眠りについたリッチーは起きないって聞いたことがあるわね。」


「マジかよ。これじゃロザリーにウィズが逝ったことが伝えられないじゃないか。ウィズの話はオレからしようか?」


「いいえ。まだ諦めるのは早いわね。耳元で大きく、こう叫んでみましょう。」


そう言って、アクシズ教の入信書の裏面に書き連ねた、アクア様から賜った聖句を見せる。

暗いので、オイルライターで明かりを灯す。酸素が勿体無いが、仕方がない。


「えぇー…こんなんで本当に起きるのかよ。お前ら頭がおかしいんじゃないのか?」


「物は試しよ。私は彼女の右耳側から叫ぶから、ブラッドさんは左耳側からお願いね。」


ブラッドさんは、やれやれと言いながら、自らの首をロザリーさんの顔の横に置いた。


アクア様から頂いた聖句は幾つもあるが…酸素も限られている。

最も効果が高いと思われるものを選択する。

そして、せーの、と合図を送り。


「「エリスの胸は、パッド入りー!!」」


大声で聖句を叫ぶと。大いなる眠りに付いた筈のリッチーの目がカッと見開いた。




「…あんた誰?何の用?」


エリス教のローブを着こなしたリッチー…ロザリーさんが、青い瞳をこちらに向けながら声をかけてきた。


ブラッドさんの頭はぶん投げられて。

被っていた兜は僅かにひしゃげている。

彼は目を回したようで、それに合わせて胴体も倒れている。

これまでの佇まいを改めて。礼儀正しく自己紹介することにする。


「初めましてロザリーさん。ウィズ母さん…貴女の冒険者時代の仲間だった、ウィズの娘のディアです。貴女達にお願いがあって訪れました。」


「ウィズの娘!?ちょっと、ブラッド!どういうことよ!?」


漸く身を起こしたブラッドに、ロザリーさんが喰ってかかる。


「おいこら落ち着け。オレとウィズの娘じゃない。大体、アンデッドだろうが俺たちは。養女だ。俺やお前、そしてウィズをサクッと浄化できる女神様から賜ったんだそうだ。ウィズが浄化された事を伝えに来たついでに、色々とお願い事があるらしい。」


「へぇ…ウィズの養女か…目が紅いけど、紅魔族?生まれながらのアークウィザードなら、ウィズの娘ってのも頷けるわね。」


「いいえ。私はアークプリースト。アクシズ教のアークプリーストです。」


「ひっ」


アクシズ教という単語に拒絶反応を示したのか。

ロザリーさんは警戒した格好で身構えたようだった。


「おいこらロザリー、ウィズの娘に失礼だろう。いくらエリス教徒とアクシズ教徒が仲が悪いと言ってもだ、この娘は寝ているお前にイタズラとかもしようとしなかったし。俺たちを問答無用でしばこうともしなかった。かなり温厚だぞ。」


「ブラッドこそ、なんで平気なのよ!なんでこの教会が残っていると思ってるのよ!噂によれば、デストロイヤー警報が鳴って街が無人になったのを良いことに、アクシズ教徒達がどさくさに紛れて破壊行為を侵そうとこのエリス教会に集まってきたそうなのよ!それでデストロイヤーすら避けたっていう話よ!」


そうなのか。何時でも何処でもアクシズ教徒も活発なようだ。セシリーおば…お姉ちゃんはまだ大人しい方なのかな。


「いやいやいや、噂だろうが、そんなもん。あれだ、エリス様の御加護があったんだよ、きっと。」


「それだけじゃないわ!デストロイヤーが通り過ぎた後、復興しようと避難民たちが戻ったんだけど!ライフラインが破壊されて、水が足りないって言ったから。それならアクシズ教の出番ねって言って、突如として雨乞いを始めたらしいわ!そしたら大雨が降ってきて…」


「あのぅ、それが真実だったとしても、私がやったわけじゃないんで勘弁してくれませんか?」


おずおずと、なんとなく申し訳ないなと思いながら、そう主張すると。

セシリーさんはこっちにも食ってかかってきた。


「だいたい、アークプリースト?アークプリーストって言った?なんであんた平気なのよ。」


「何にです?」


「最上級アンデッドが2人もいるのに、なんでそんなに落ち着いてるのよ!匂いが凄いでしょう!?」


「まぁ、母さんの匂いで慣れっこなので。初めは単なるお母さんの匂いか、あるいは…その。加齢臭かと思ってました。」


「因みに、育ての父はあのバニルらしい。」


ブラッドさんが情報をフォローして付け加える。すると、ロザリーさんは突如として頭を抱えて叫びだした。


「あああああああああ!あんのクソ悪魔ー!あんたどんな環境で育ってるのよ!あの悪魔も凄い匂いでしょう!?」


「まぁ、それも男性特有の加齢臭かと思ってました。母さんが涙目になる度に、お父さんくさーい、って言ってやりました。」


「それなら良いわ。」


良いのか。


そして、何かに気付いたのか。ブラッドさんがおずおずと問うてきた。


「ところでロザリー、今の俺ってもしかして…」


「ええ、デュラハンになったお蔭で匂いもゴブリンからアンデッドにクラスチェンジしたかしら。とっても匂うわ。」


「おあああああああああ!!」


覚悟はしていた内容だったのだろうが。ブラッドさんは予想以上にダメージを受けているらしい。

頭を抱えながらゴロゴロと地面を転がっている。やがて落ち着くと涙声で叫び始めた。


「ひどい!ひどすぎる!あんまりだ!ロザリーが干からびないように、井戸も壊れたからわざわざ川まで水を汲みに行ったり!あるいは雨の時は怖いのを必死に我慢して!溜めた水を使ってぴちょぴちょ拭いて挙げてたのに!」


「まぁ、それはありがたいけれど…寝ている間に変なことはしてないでしょうね?」


「ししし、してねーし!?服を脱がせたのも身体を吹くために仕方なくだし!?」


「あんたちょっとその頭を渡しなさい。今度は支援魔法をかけてからぶん投げて、跳ね返ったとことをメイスで打ち返すから。」


中々に、騒がしい。


「ふふっ」


思わず笑みが零れてしまう。


「ちょっと貴女、何がそんなに可笑しいのかしら?頭がおかしくなったのかしら?」


「あ、ごめんなさい。久々に、本気で可笑しいと思ったものだから。ウィズ母さんが逝ってから…愛想笑いしか、できなくなってて…。死んでからもこんな騒がしい貴方達と一緒に冒険していたお母さんを想像したら、さぞかし楽しかったんだろうなって…」


「ディア、とか言ったっけ…貴女も少し変わり者ね。アクシズ教はアンデッドや悪魔には比較的、寛容とは聞くけれど…それでも、アンデッド土に還すべし、悪魔殺すべしは教義にあった筈よ。」


「死者に対して、とても慈しみ深い女神様に憧れて育ちましたから。そして、私が住んでたアクセルの街。貴方達がいた時は未だ無かったかもしれませんが…私が住んでた時には、人間との共存を目指す小悪魔たちが喫茶店も営んでおりまして。男性にも女性にも人気の喫茶店なんです。そんな街で、悪魔やリッチーや女神様に囲まれて育ったもんだから…変わり者になっても、仕方ないんじゃないですか?」


「そうかもね。…そういえば、さっきから気になる言葉が聞こえたんだけど…ウィズが、浄化されて逝った?」


「はい。魔王がしばかれ平和になり、契約から開放されて…アクア様の御慈悲で、私を賜って成人まで育ててから…それから、水の女神様の手によって、綺麗に浄化されました。」


「そう。そうだったんだ…私が寝ている間に世の中はかなり変わっているようね。一つ一つ詳しく見て廻って見るのもいいけれど…でも、未練を新しく残すのもあまり良くないわね…ウィズが逝ったと聞いて、安心しちゃった。」


その言葉が。胸に。心に。突き刺さる。


「ロザリーさんも、そう、言うんですね…」


「…貴女は違うの?」


「私がプリーストである以前に。永遠に独り寂しく生きるのが辛いということは、なんとなくでも解ります。理解できるんだけど…心の底から、納得はできなくて。最後の時も、看取ると言うよりかは、一瞬だけしか顔を見れなくて…母さんは、微笑ってましたけど。それでも…」


「おい泣くな。ウィズの、望みだったんだろう?」


だんだんと涙声になってきたのを聞き咎めたのか。ブラッドさんがハンカチを差し出してくる。

それをお礼を言いながら受け取って。チーンと鼻をかむ。

涙は流したままに、そのまま言葉を返していく。


「ウィズ母さんの望みなのは知ってました。知ってたけれど…それでも。恩返しが何も出来てない。私を育ててくれた、その恩返しが。何にも、何一つとして出来ていない。ウィズ母さんから、愛情をあれだけ受け取って…それなのに。満足にお返しも出来ずに。永遠に別れることになっちゃって…」


「気持ちは理解できるわ。私達も、そうだったから…冒険者になって各地を駆け巡っている内に、実の父も母も。いつの間にか亡くなっちゃってて…死に目を看取ることすら、出来なかった。」


沈痛な面持ちで。私とロザリーさんは俯いて黙り込んでしまった。


そんな様子を見かねたのか。独りだけ俯くことも自由に出来ないブラッドさんが声をかけてきた。


「まぁ、一瞬でも最後の顔を見れただけ良いもんだろう。親がいつまでも生きているわけではないのに禄に恩返しできないどころか、こんな姿になってまでこの世に留まり続けていて…俺たち2人はとんだ親不孝者だ。」


「でも、ウィズ母さんのことを、支えてくれていた…感謝してます。そんな貴方達のことも、書き記して後世に遺したいんです。だから、母さんのことを教えて下さい。私に出来る、母さんへの唯一の親孝行。これくらいしか、出来ないの。逝ってからやっても、手遅れだけど…でも、他に何も思いつかなくて…」


「泣かないで。ウィズも、泣いて欲しいと思ってないわ。」


「嫌です!私が泣くのを止めたなら、他の誰が母さんのために涙を流すと言うんですか!」


「それでもよ。貴女は生きなければならない。私達と違って、生きているんだから。涙を流したままでは前も見えない。涙を止めて前に進んで人生を歩んで。そうして子供を産んで。次に繋げるのが貴女の仕事なのよ。私達には果たせなかった…立派な、仕事よ。」



そうは言うものの。この大陸の現状を鑑みれば。子供を生むのも躊躇われる。



今、魔王がしばかれ平和になったこの大地では。デストロイヤーも滅ぼされて、本当に平和になり。ベルゼルグに集中していた冒険者達は各国に散らばって。人々の暮しを脅かす存在は駆逐されきったと言ってもいい。本来なら倒すのが困難なはずの高額賞金首も、チート武器やチート能力を持て余した、勇者になれなかった勇者候補生達が狩り尽くした。その結果。人口は増えすぎて、土地は開拓されすぎて。


この大陸は、その上に住む人々の重みに耐えかねている。


身寄りのない冒険者が借宿の部屋での孤独死。あるいは彼らが寄り集まって野盗を形成し、事件を引き起こし、討伐される。これらが連日、新聞の見出し記事に乗っており、一種の社会問題と化している。

本来なら、身寄りのない冒険者は自らの身辺を綺麗にして、安楽少女などという魔物の元で静かに息を引き取るのだが…安楽少女やその上位種である安楽王女は駆逐されてしまった。元々、動けない土着型の植物モンスターというのもあったのだが…邪悪な性格を隠し持っていることを咎められ、討伐対象となったのだ。塩漬けクエストの類なので、騎士団が優先的に動いて排除した。


何も、邪悪な意思を持っているのは魔物や悪魔だけではない。人間だって邪悪な意思を持っている。アクセルの街の前・領主やその一族。あるいは警備会社を立ち上げようとして弱者から搾取しようとした者たち。

彼らの存在を考えれば…看取った冒険者の遺品である装備や所持金を他のモンスターに運ばせて。ダンジョンの宝箱の中身への供給の一旦を担っていた安楽少女達の存在は。この世界の循環に多大な貢献もしていたのではないのだろうか。今は何処のダンジョンも探索されて、お宝なんて何処にもない。


老人介護施設の入居には、当然ながらお金がかかる。その日暮らしの冒険者に、そのための蓄えがあるわけでもなく…社会の足かせとなった老人達の面倒を無償で見る人たちは、お金に五月蝿いエリス教徒にはそこまで多くは存在しない。愛を謳うアクシズ教徒の風変わりな一部の人たちは、そういう人たちの面倒も見るが…絶対数が少ない。アルカンレティアの温泉街は、今ではもうパンク寸前だ。孤児が少なくなった孤児院が、老人ホームに鞍替えするか悩んではいるものの…将来的に、冒険者や社会の一員になって経済の循環に関わるのならともかく、勝手に老いさらばえて死を待つ人の管理に、銀行が何処までお金を投資してくれるか分かったものではない。

安楽死を望むものもいるが…呪術を人体そのものにに掛けることは禁止されており。呪殺は当然ながら、厳罰対象だ。



そう遠くない先の未来。人類は勝手に自滅する。

新しい魔王が現れるか、あるいは新しく入植できる未開の大陸が発見されなければ。



魔王の娘は姿を消して。このところは活動も大人しいので、人類の脅威とはみなされず。魔王認定はされていない。

魔王を自称する痛い娘と扱われている。指名手配は行われているので、捕縛されるのも時間の問題だろう。


新大陸も、キャベツの後を追って探索が行われているが…熟練の冒険者達の手を逃れたキャベツは本当に素早くて。現在の船の速度では途中で見失ってしまう。千里眼スキルを持った船長が必死になって追いかけては、紅魔族の手を借りて海上拠点を構築し…そのイタチごっこの繰り返しだ。魔物避けも兼ねた天気予報が出来る悪魔がいるから、生命の危険は少ないが…本当に、キャベツが眠る大地なんてあるのだろうか。



この素晴らしい世界はディストピア。



夢も希望も抱いて、今でも冒険者を目指すのは愚かな人々だけ。

一部の賢い人たちは、投資を募って独自に新大陸の探索を手がけているが…

しかし。そんなものは只の伝説だと切って捨てる人も少なくない。

この束の間の平穏を、波を立てずに過ごそうという人々が殆どだ。



このままでは、そう遠くない近い将来。人と人とが争う。戦争が起きるだろう。

魔法が発達した世の中だ。とてつもない、血で血を争う戦いになるだろう。



火種は何処にも落ちている。

冒険者達が飽和して、クエストそのものがなくなってきており、

荒くれ者達の不満が溜まってきているのも原因の一つだが。


戦後恐慌が起きたのだ。

元々、戦争が起きて特需が湧いていたのもそうなのだが。

それまで防衛一方だったのが、幹部が半分以上討ち取られ。

此処ぞとばかりに攻勢に出ると、資金援助を願い出たため更に投機が加熱して。

そして。魔王軍との戦争が終わりを迎え。

過剰に生産された武器防具やその原料。平和な世界に需要はない。

建設資材に保存食の素材。これらはある程度の需要はあるが。

何もかもの価格が暴落し。不況の一途を辿っている。


経済の起爆剤と思われた鉱山開発も不調だ。

エルロードの金鉱山に住み着いた黄金竜。

かの魔物が討伐されて、再開発が進んだものの。

思ったように金鉱石は取れず。

代わりに採れたのは愚者の黄金。パイライトだ。

幸いにも、オイルライターの火打ち石として需要はあるものの…

投資に見合う、思ったような採算は取れてはいない。


さらに言えば、宰相として働いていたドッペルゲンガーは本当に優秀だった。

宰相がいなければ経済が回らないシステムをエルロードで作り上げていたのだ。

旅路に出ていた王様も行方不明となっていた。

官僚たちも、指示がなければ動けないものばかりが採用されていた。

政治的に敵対していた勢力は片っ端から不審死を遂げていた。

ドッペルゲンガーの恐ろしさを痛感するばかりだった。


年少の身で国王の座に付いた少年は。

知識が足りないのもそうだが、賭け事が好きな性格が災いし。

尽く、投資に失敗してしまった。


最後の賭けとして新大陸の探索に投資をしたが…

友好国の王女は、その婚約を破棄された上に女神に祝福された勇者に奪われた。

その実績を鑑みれば、将来性は無いだろう。


そして万が一にも戦争になったのならば。

真っ先に狙われるのはエルロード。そして次にはベルゼルグだろう。


エルロードは財政は悪化しているものの、価値のある財産はある。

そして所有する軍事力は脆弱だ。

同盟国からの援軍が来る前に電撃戦を仕掛ければ占領することは容易いことだ。

そして次の目標への最前線となるのだ。各国の連合軍の駐屯地となるだろう。

エルロードの国土は荒れるだろうが、本国が荒れるわけではないから問題ない。


次の最優先の目標はベルゼルグ。

ベルゼルグには紅魔族がいる。

彼らが人類同士の争いに、何処まで関与してくれるのかは不透明だが…

それでも他国にとって脅威なのは変わりない。

全てを薙ぎ払う破壊の呪文、爆裂魔法もとてつもない脅威だ。

頭のおかしい噂話だけが先行し。人類には撃てないとは思うのだが。

しかし、仲間のクルセイダーに幾度も打ち込んだ事実もある。


やられる前にやるしかない。何処の誰もが同じことを考えて。

一斉に、エルロードとベルゼルグに攻め込んでくるだろう。

むしろエルロードも裏切るかもしれない。

勇者に奪われた元・王女に固執して、

友好国の皮を被って後ろから斬りかかってくるかもしれない。

事情があったとはいえ、王子が黙認する形で魔王軍と手を結んでいたのだ。

信用なんてあるわけがない。


不安が不安を呼んで疑心暗鬼になり。

戦争が終わって時間がたったと言うのに、どこもかしこもギスギスしている。



この現状を、伝えるべきだろうか?



人類のために、新しい魔王になってくれと、頼んでみるべきだろうか?



元・エリス教のアークプリーストのリッチー。

本来なら特効であるはずの神聖属性に強い抵抗性を持っており。

通常の物理攻撃は無効であり、即死攻撃も効きはしない。

その鍛えられた不死の肉体に、さらなる支援魔法を与えてから放たれる一撃は多大なる威力が秘められている。

素早い動きもお手の物。本気を出せば、肉眼で捉えるのは難しいだろう。

不死者の軍団を構成することも可能だ。孤独死した元・冒険者の不死軍団。

あるいはドレインタッチで衰弱死させてから死体を操ることもできるのだ。

遠距離攻撃だけはどうしようもないが…当たらなければどうということはない。

支援魔法で強化された不死の肉体を使えば攻撃を回避するくらいは簡単だろうし、

離れた相手に対しても手近にあった石ころを投げるだけで牽制にはなるだろう。



人類にとって、かなりの脅威になるだろう。

敵対する理由もある。

母さんの仇を取る。母さんを浄化した水の女神を討ち取るのだ。

幸いにも、ロザリーが崇める御神体は幸運の女神だ。なんという皮肉だろうか。



そんなお願いできるわけがない。

私はアクシズ教のアークプリースト。アクア様もマッチポンプは許さない。

そうでなくても…ウィズ母さんの名を汚すことになる。


いつかは衰退する人類だが…それでも、後世に母さんの名を、本に残すことに意味がある。


そう、信じて。

自分を含めた何もかもが絶対的に信じられなくなった、あの日あの時あの瞬間から。

それだけを信じて。

これまで生きてきた。

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