元・魔王の幹部の娘弟子04

前日譚04

元・魔王軍幹部の娘弟子



駆け出しの街アクセル。

彼女にとって、第二の故郷とも言える街である。

その街からやや離れた小高い丘から。

爆裂魔法の詠唱が、遠い空へと染み渡る。


「『エクスプロージョン』ーーーーーッッッ!!」


いつからか、アクセルの街の風物詩となっていた、

此の爆音を聞くのも、本当に久々である。


彼ら彼女ら一行が、最初の魔王軍幹部を討ち取った。

その記念とも言える例の廃城だが。

観光地とすべきかどうか、散々に協議を重ねた結果。


特に彼らが攻め入ったという事実もないし。

あれ以降も、散々に爆裂魔法を打ち込まれて脆くなっていたということもあり。

結局、いつ崩れてもおかしくないということで、立ち入り禁止の危険地帯として管理する事に収まった。


そんなんだから、こうして今回も爆裂魔法の標的として選んだわけだが…


「ふう、久々にスッキリしました。しかし困りましたね。あれだけ街が拡大して、新しく移住してきた住人に気を遣えと、かなり遠いところまで足を伸ばすことを要求されましたが。意外と近くにあった、あの岩が連なるお気に入りの爆裂スポットが利用できないので、こんなところまで足を伸ばすことなるとは思いもしませんでした。」


倒れそうになるところを、なんとか夫に支えられながら。

遠方にまで足を運ぶことになった理由について、文句を言ってきた。


「私達のほうが以前より住んでいたのに。新しい住人にもこの街の風物詩として早く慣れてもらう為にも、これから毎日の如く王城から通い尽くそうとも思ったのですが。街の出入り口も遠くなりましたし、流石にちょっぴり面倒くさいと思ってきました。」


「まぁ文句ばかり垂れるんじゃあない。見てみろ。我等が愛娘も喜んでいる。将来は母親の家系に良く似た大物になるだろうな。今日はこれで満足してくれ。」


通常は怯え慄くはずの爆音と爆風を間近に受けて。

彼と彼女の愛娘は、キャッキャキャッキャと笑っていた。


「フン。まぁまぁのものだな。なかなかやるではないか。」


「そうでしょうそうでしょう。なにせ、神も大悪魔も滅ぼした我が大魔法なのですから。貴方を滅ぼしたときよりも、威力も精度も上がっています。何なら、もう一度くらいは其の身に受けてみますか?」


「丁重にお断りしよう。爆裂魔法をこの身に受けるのは別に汝が初めてではないのだ。それに、ウィズのものと比べれば、まだまだだな。」


正直な感想を述べると、母親になった爆裂娘は呆れた表情を浮かべて反論してきた。


「はぁ?一体、何を惚けたことを言っているのですか?デストロイヤー戦の時は確かに遅れを取りましたが、あれ以降も研鑽を重ね、もう一度だけ爆裂勝負をした時には、見事に勝利を勝ち取りましたよ?」


「汝こそ何を寝ぼけた事をいっておるのだ。デストロイヤー戦のときもそうだっただろうが、ウィズは杖を持っていなかっただろう?」


「…あっ」


杖。魔法を発動させる際の媒介となり、威力と精度を向上させるウィザード職の武器装備。他にも指輪など、別の形でも存在するし、種類ごとに特徴はあるものの、これらの装備品に共通する性能としては。

媒介がない状態で魔法を放つと、その威力は半減する。


「ウィズは素手の状態でデストロイヤーに爆裂魔法を放ち。威力半減の状態で、それでも尚、マナタイト製の杖を装備した状態の汝の爆裂魔法の威力を上回ったのだ。…この意味が、解るか?」


そうなのだ。

この調子に乗った爆裂娘はそんなことも見落としていたのだ。


「おいバニル、どういうことだ?今の状態のウィズも十分にチートクラスの性能を持っていると思うんだけど…あれでもまだ、全力じゃないっていうのかよ?」


「当たり前だろう。そもそも日頃からロクな食べ物を取っていないのも、自分の強烈な魔力を抑えるためだ。街全体を覆うほどの、ザコ敵を寄り付かせない瘴気。それが少しでも濃くなることで、町中の墓地の死体が勝手に歩き回らないために節制しておるのだ。」


墓地は一箇所だけでない。共同墓地は確かにあるが、貴族ならば敷地内に作ることもある。彼らの屋敷にある少女の墓地が良い例だ。

そもそも、共同墓地は身寄りのない冒険者などがよく利用するものだ。通常の一般人なんかは、それぞれの家の墓を置くための土地を持っている。先祖代々からその土地に住み着いている一族ならともかく、移住者なら尚更だ。この先も、増えていくだろう。


衝撃の事実をようやく認知したのか。未だにキャッキャと笑う息子をそのままに、英雄夫婦は若干ながらも、青ざめた表情をしている。


そんな彼らに更に衝撃の事実を告げる。


「ウィズはな。リッチーになってからは本気を出したことは殆ど無い。そもそも、リッチーになる前、ただの人間のアークウィザードだった時から我輩と死闘を繰り広げたのだ。つまり、汝らの仲間の水の女神と同レベルだ。人間だったときから、神の領域に足を突っ込んでいたのだ。そんな実力者がリッチーへと転生したのだ。攻撃能力だけならば、とっくのとうに神のレベルを超えておる。」


「じゃあ、なんで魔王を倒さなかったんですか?リッチーになったとはいえ元・冒険者で人間の心も持っていたのでしょう?」


「魔王の特性だな。魔王が魔王たる所以だ。魔物では魔王を倒すことは出来ない。…ウィズがリッチーになった理由は、魔王を倒すことが目的ではなかったのだ。」


仲間の呪いを解除するため。ただ、それだけのためにリッチーになったのだ。

そして、思わず本音を述べる。


「大体だな、今回の魔王軍との戦争におけるウィズの功績は、もっと讃えられるべきなのだ。あまり陽の光が当てられることのない、初心者の冒険者の街とはいえ、いつまでも日陰にいるようなものではない。もっと、堂々として、生き生きとしておれば良いのだ。全く、冒険者時代のイケイケな性格は本当に何処に行ってしまったのやら。」


「アルカンレティアのことですか?確かに、ウィズのお陰で魔王軍の幹部は討ち取れましたが…」


「違う。魔王と交わした契約のことだ。」


「…魔王軍は一般人には手を出さないっていう、アレか。アレがどうかしたのか?」


意外なところで鈍い異世界人に、きっぱりと事実のみの告げる。


「それまでの魔王軍の、人類に対する最も有効な攻撃手段はな。無差別テロ攻撃だ。ドッペルゲンガーや擬態可能なスライムで編成された特殊部隊による、町中での一般市民を巻き込んだ無差別殺戮。勿論、要人の暗殺も行う。」


似たような事件を耳にしたことがあるのか。異世界人は途端に顔を本当に青ざめさせた。


「魔王軍って本当にロクでもない事をしてたんだな。」


「そうでもないぞ?戦争に勝つには実に合理的な手段だ。一般市民に紛れ込み、罠を仕掛け。通りで騒ぎを起こし。周囲の被害を無視して広範囲で殺戮する。目的を達成したら別の人間に化けて逃走する。都合が良ければ濡れ衣を着せることも出来るな。犯人は捕まらず、国民に恐怖を抱かせ。経済的にも疲弊させ、厭戦ムードになったところで比較的にマシな条件を突きつけて降伏させる。手段さえあれば誰にでも思いつく方法だ。貴様ら人間にだって、やろうと思えば出来たはずだろう。」


「じゃあなんで出来なかったんだよ?」


「単純に言えば、魔王城を囲む結界のおかげだな。むしろあの結界は、紅魔族の特殊部隊の侵入を防ぐためにあったと言ってもいい。姿を消した状態で近づいて、上級魔法で破壊活動を行い、テレポートで帰還する。これを繰り返されるだけでも、魔王軍は疲弊していただろうな。」


「…」


「あのデストロイヤーの侵入すら防いだ、その結界をだ。たった一人の、元アークウィザードのリッチーが。真正面から単身で乗り込んでブチ壊ったのだ。しかも、幹部の欠員がない状態の、少なくとも5枚はあった結界をだ。魔王軍からしたら、それだけで大事件だったのだ。」


「じゃあ、アルカンレティアでハンスと対峙した時も…」


「勿論ながら本気ではない。杖もなかったし、体調も万全でなかった。だいたい、ウィズが単身で魔王城に乗り込んだ時に一番初めに戦闘不能にしたのがハンスなのだ。結界を破った直後で、ドレインタッチも使っていない状態で氷漬けにした。そして立て続けにシルビアとベルディアを戦闘不能にした。…これが、魔王軍にとってどれだけ損害を被る出来事だったのか、解るか?」


「…まじで化物じみてるな」


「魔王軍にとっても、結界を破ることが出来る存在を放置することは出来ない。だから、一般人には手を出さないという、非常に有効な攻撃手段を捨ててでも、魔王軍に攻撃をしない。この約束を取り付けて紅魔族の侵入を防ぐことが、とても重要だったのだ。魔王城の結界の維持は、あくまでついでだ。」


「…だから、ドッペルゲンガー部隊の役目が変化して。隣国の要職について経済的な支援を断ち切るという、回りくどい戦略を取ってきたのか。」


「そういうことだ。魔王がしばかれた今だから言うがな。それまで敗戦濃厚だったベルゼルグが逆転勝利まで盛り返すことができたのはな。ウィズの功績が非常に大きいのだ。大事なことだからもう一度だけ言うが。あんなジメジメした日陰でいつまでもウジウジとしていて言い訳がない。彼女はもっと楽しく人生を生きるべきだ。そうは思わないか?」


ついこの間までに見せていた、いつ浄化されても良いように佇む彼女の姿。

水の女神と出会ったことも、まるで運命の人と出会えたかのように思っていたようだった。


「…俺達がウィズと出会えたのは、本当にラッキーだったんだな。」


「勿論だとも。あの出会いがなければ、ドレインタッチも教えてもらうこともなかった。もっと感謝するべきだ。」


そして。赤子を授かってから元気な、活き活きとした表情を見せる彼女の姿を思い出し。


「だからな、貴様らのツレである、なんちゃって女神の今回の気紛れには、本当に感謝しているのだ。」


帰り道を歩きながら。

そう、本当に柄でもない言葉を彼らに投げかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る