元・魔王の幹部の娘弟子03
前日譚03
元・魔王軍幹部の娘弟子
魔王をしばいた異世界人と共に歩いていると。
彼の方から声を掛けてきた。
「しかし、本当にいいのかよ?赤ん坊なんか預かっちゃって。お前らなんかに子供を育てることができるのかよ?」
「うむ。あまり自信はないがな。あの母親気取りのなんちゃって店主が久々にやる気を出しているのだ。ここは黙って見守ってやろうと思う。」
あれだけ生き生きしたウィズを見るのは本当に久々だった。
ここ最近は、いつお迎えが来るのか待ち遠しいとばかりに呆っとしていて。
本当に、気が気じゃなかった。我輩としても、散歩に出るのも久々なものだから。
ついぞ、話し相手も欲しかった。柄ではないが、あの女神には感謝せねばなるまい。
「意外と大変なんだぞ?妊娠や出産もそうだったけど、産まれた後はもっとヤバイぞ?夜泣きとか本当に大変で。俺もあいつも、妹がいた経験があるからわかってはいた事だったけど、それでも気が気じゃなかったよ。」
「我輩は寝る必要が無いから問題ないな。あの代理母店主も以前に2週間ほど寝かせずに働かせた経験があるのと、孤児院で何人かの面倒を見た経験があるから問題ないとは言っていた。」
その経験があることを知っていたから、母親になりたいなど言う願望を持っているとは露にも思わなかったのだが。
「やはり妹や弟の面倒を見るのと、実の子供の面倒を見るのとでは大違いなんであろうか?」
「そうだな。俺も妹キャラがいたけれど、やっぱり実の子供は格別だな。」
ふむ、そういうものか。
我輩達、悪魔が人間を見る時は、契約を結ぶに値するか、あるいは食料となる感情を発してくれるかどうかでしか判断してこなかった。子育てという経験が、兄弟としてのものか、あるいは親子としてのものかでの立場の違いなぞわからないものだ。
そういった考え事をしながら歩みを進めていると、再び異世界人から声を掛けられた。
「おいバニル、こっちだこっち。育児用品を取り揃えているお店はそっちじゃない。こっちの通りの先にあるんだ。そんなことも知らないのかよ?」
「わかっておるわ、異世界の小僧よ。あの世話焼き女神の言いなりになって、ガキの使いをするのも面白くないからな。どうせ、ネタ種族も来ているのだろう?まずはそっちに顔を出そうではないか。」
そういって、この通りの先にある、ここ最近はアクシズ教徒のたまり場と化していた屋敷へと続く道のりへと足を運んだ。
「バニル、本当にお久しぶりです。まさか私達が王城で暮している時に、こんなことになっているとは。」
いつも通り、悪魔祓いの結界が貼ってあるので玄関で待っていると。
赤子を載せた乳母車を押しながら現れた、ネタ種族の娘が挨拶をしてきた。
彼女の妹とは違い、力のある悪魔とはあまり良い思い出が無かったせいか。
仮面のデザインはカッコイイと評しつつも、祭りでバニル仮面を購入することもせず。
我輩との接触も意図的になるべく避けていたようにも思えるこの娘は。
髪を伸ばした所為もあるのだろうか。
以前とは異なり、かなり落ち着きのある雰囲気を漂わせていた。
彼女に何が起こったのか、夫である異世界人に問うてみると。
「いやね、こいつ一日一爆裂を日課にしてたんだけどさ。妊娠している時にぶっ倒れると何が起こるか解らないから。流石に試すことすらできないじゃん?其のおかげか、ようやく長い期間、我慢することを覚えてだな。まるで憑き物が落ちたかのように変わっちゃったんだよ。」
成る程。
子供というものは、周囲の人間を変えるものである。
素直に感心した。
「お陰様で、今日は久々にこの街に来て。いつもの風物詩を行おうとしたのですが…街の様子も、だいぶ変わりましたね。アクアから聞いてはいましたが…こんなに、広く大きくなっているとは。」
そうなのだ。魔王軍との戦争が終わり。どこもかしこも平和な日常を取り戻したこの国では。
未だに討伐すべき残党勢力が残ってはいるものの、戦勝ムードに乗っかって。
どの街でも結婚、出産、そして育児に教育のブームなのだ。
その為、人口が増加することも見込まれており、拡張工事が急ピッチで推し進められている。
「しかしこのベビーカーというのは便利ですね。これがあれば、こめっこの育児ももっと楽だったのでしょうが。」
そしてこの異世界人は。そのブームに乗っかって。折りたたみ式の乳母車も開発した。
元々は、愛する妻の育児に役立てようと、元いた世界にあった原型を思い出しながらなんとか再現したらしいのだが…
赤子の成長とともに台の角度を変えることができ。
ある時は移動式の寝台に、そしてある時は移動式の車椅子に。
さらには折りたたみ式となり、馬車や竜車で移動する際にも邪魔にならないということで。
そして、勇者お手製の誰でも使える道具ということもあり。
あっという間に、この世界の人気商品となったのだ。
最高級マナタイトを買い集めるために使い果たしたお金なんぞ、すぐに戻ってきた。
「坂道とかには気をつけろよ。うっかり転げ落ちて事故ることもあるんだから。…その辺の問題点の解消は、王城にいた時に周りにいた奴らがなんとかしてくれると思うから、時間の問題だとは思うけど。」
しっかりとフォローもこなそうとする此の異世界人は。
初めての父親としての育児のためか、やはり落ち着かない様子だ。
「さてバニルよ、どうする?此のまま引き返して、お遣いをこなしてからウィズの店に向かうか?」
「フン。あの子育て女神の要求をそのまま飲むつもりはあるまいよ。此のままそこのネタ種族の爆裂散歩という頭のおかしい趣きに付き合ってやろう。それを済ませてからお遣いをして、あの寂しんぼ女神に十分に待ちぼうけを喰らわせてから、我が住処に戻ることにしようではないか。」
「おい。魔王城の結界も破壊した、我が大魔法を使った高尚な日課に文句があるのなら聞こうじゃないか。」
やはりネタ種族とはいえ、人間というものは根っこのところはそう簡単に変わるものではないらしい。
少しだけ、安心した。
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