元・魔王の幹部の娘弟子02

前日譚02


元・魔王軍幹部の娘弟子。02


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まぁるい、お月が夜空に浮かび。

どこからともなく声がする。


夜空に響く、其の声は。


笑い声。


「アハハハハ!」


笑い声が、響いてる。


「アハハハハ!アハハハハハハハ!」


笑っている。嗤っている。嘲笑っている。

女神の魔女が、大声を上げて笑っている。


「異教徒どもめ!打ち滅ぼしてやる!」


彼女はそう言って長大な槌を振りかぶり。

大きく薙ぎ払って周りの敵をなぎ倒した。


彼女を囲むヒトガタは。

大きな槌にぶつかって。

回って、千切れて、引き裂かれ。

砕かれ、吹き飛び、捻じ切れて。


「アハハハハ!さぁ来なさい!今夜はとっても気分がいいの!」


そういう彼女も血だらけで。

それでも嵐は収まらない。


「アハハハハ!アハハハハ!

異教徒どもめ!聞きなさい!

我はこの地に降り立った!

水の女神の下僕なり!

彼女の威光を示すため!

この世の果てまで示すため!

そして水の女神から授かりし!

我が娘の住処のために!

海を渡って降り立った!」


そういう叫びを上げながら。

彼女は槌を振り回し。大きな音を轟かせ。

死体の山を築き上げ。それから涙を流してた。


「アハハハハ!アハハハハハハ!」


彼女が笑っているのは何故だろう?

誰のために笑っているのだろう?


はじけ飛ぶ肉塊が面白いから?

あるいはあまりにも脆いから?


それとも。あるいは。

血に塗れた己の姿が滑稽だから?


「アハハハハ!アーッハッハッハッハッハッハ…」


女神の従僕は独りで嗤い。

月夜に彼女の声が谺する。


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水の女神から赤子を託されて。

あれから数日が経ったとき。


我輩が魔道具店で店番をしていると。

なんちゃって店主の声が聞こえてきた。


「ディアちゃーん。ママでちゅよー。お母さんでちゅよー。」


すっかりウィズは、子煩悩店主にクラスチェンジしていた。


「うふふふふ。うふふふふふふふふ。」


「行き遅れ店主よ。不気味な笑い声を出すでない。今日はとても良い天気だというのにだ。ここ数日は引き篭もりっぱなしではないか。いくらジメジメしたところが大好きなリッチーでもだ。そろそろお外が恋しいのではないか?」


「何を言っているんですかバニルさん!赤ん坊を育てる時は、初めの一ヶ月がとても重要なんですよ!あの時、休みもとらさせずに二週間も働き詰めさせたのは全てこの為だったんですね!?ありがとうございます!」


この母親気取りのリッチーは。今日もロクずっぽに寝ていないらしい。

ここのところの最近は、水の女神が授けた女子の赤子…名を、確かディアと言ったか。

我が相棒は、養女につきっきりのくびったけだ。


お陰で販売物を仕入れる時に、頭のおかしな商品を仕入れることもなくなったが…

しかし。もう既に十分に稼いではいるのだ。


稼いだお金でカジノでも開いて一儲けしようとも思ったが。

あの男が隣国で築き上げた伝説を聞いてしまえば。

それも少し、躊躇われる。


自らが設計したダンジョンを構築しようとも思ったが。

幸い、近くには別のリッチーが築き上げたダンジョンもある。

かなりの割安で整備することもできるだろう。


そうしてこの先、何をしようか考えていると。

ご機嫌店主が語りかけてくる。


「バニルさんバニルさん、お願いがあるんです。その、滅菌ミルクやおしめをですね。買ってきてほしいのですけれど。」


「そんなんお主が買いに行けば良いであろう。そこな赤子のことは安心せよ。代わりに我輩が面倒をみてやろう。」


「ダメですよバニルさん!バニルさんが抱くとなぜか大泣きするんですから!もう少し、大きくなってから抱かせてあげますから!それまで我慢してください!」


このへっぽこリッチーは、どうやら女神の主張を鵜呑みにしてるらしい。

我輩の仮初の身体が土塊だから、捨て子であるこの赤子は泣くんだとか。

案外、そう的外れでもない気もするが。しかし、そうは言うが。

半死半生半霊たるリッチーも、そう大した違いはないと思うのだが。

しかしてウィズが抱くと大人しいのもまた事実。


「納得いかん」


思わず声に出してしまった。すると。


「バニルさん!いじけないで下さい!ディアちゃんの、寝顔を見せて上げますから!」


そんなことを喋っていると。

店の扉が開かれた。

珍しい事に来客だ。


「ちっす。ウィズにバニル、元気してたか?」


魔王をしばいた勇者が姿を表した。そして。


「カズマさん!?カズマさーん!?ちょっとなんでよー!なんでこの私がカズマさんに引きずられなきゃいけないのよー!今回は私、何もしてないじゃない!むしろ良いことをしたと思っているのよ!」


水の女神を引き連れてきた。


「五月蝿い黙れ!この駄女神が!拾った赤子を他人に押し付けて!それでも本当に女神なのかよ!育児放棄なんかしやがって!返上だ返上!水の女神の神格なんて、今すぐこの場で返上してしまえ!」


「なんてこと言うのよ!そんなことしたらこの世界は滅ぶわよ!?謝って!酷いこと言ったことを今すぐこの場で謝って!」


「こんのアマー!」


すぐに店先で騒ぎ出す勇者と女神。すかさず店主が対応する。


「カズマさん、アクア様。落ち着いて下さい。…今日はどういったご用件で?」


「あぁ、ウィズ。聞いてくれ。アクアがお前らに預けたその赤ん坊なんだけどな?流石に育児放棄するのもどうかと思うんだ。もしも迷惑だったら、俺が引き取って育てようと思いついてだな?お金もあるし、メイドもいる。子育ての環境なら整っているんだ。その提案をしに来たんだが。」


「えぇっ!?そんなっ!」


「あれっ?」


「色んな女子の心を盗むだけでなく!今度はスティールで子供を盗むおつもりなんですか!?この子は渡しませんよ!渡しません!もう名前だって付けたんです!」


なんちゃって店主からの意外な拒絶の反応に。

意外と真面目な一面も持ってる勇者は面食らったようだ。


「いや、だって。お前らって子育てしてる場合じゃないだろ?ダンジョンとか作らないでいいのかよ?」


「そんなんいつでもいいんです!私のやりたい最後の夢は!この子を立派に育て上げることなんです!」


この子育てリッチーは。両手に抱いた赤子を掲げながら。

堂々とダンジョン作りなんてどうでも良いことを宣言した。

…まぁ、確かに。知り合いのリッチーを紹介するとは言っていたから、別にいいのだが。


そんな我輩の思いを他所に、水の女神がドヤ顔で勇者に声を投げかける。


「ほらみなさい。ウィズはね、母性に目覚めたのよ。この私がゼル帝を抱いたときと同じような感情に支配されているの。そして、そこな仮面悪魔を見てみなさい。相棒を赤ん坊に寝取られたために歯ぎしりする音が、耳をふさいでも聞こえるわ。」


「お前は嫌がらせのために赤ん坊を預けたのかよ。」


「何言ってんの。それはついでよ。あくまで友人であるウィズに、キレイに成仏してほしいからこそ、子育ての機会を授けたのよ。ここ最近の私としては、久々に女神っぽい仕事ができたんじゃないかしら?」


このままいくと、このアクシズ教の御神体はいつまで経っても調子に乗るであろう。

そうなるとまた大騒ぎになる気がするので、ここらでちょいと水を指すことにする。


「満足に子育てもできない水の女神よ。汝はこの前、育児に疲れたといっていたではないか。大体、本来の女神としての仕事はどうしたのだ?天界に帰ればいくらでも仕事はあるのではないのか?」


「それなんだけどねー。今は魔王がしばかれちゃって、他所の世界からこの世界に転生させる必要がなくなっちゃったから。私がここに来たときに引き継ぎも勝手に済ませされちゃってるし。今現在のところ、天界に戻ってもほぼ完全にニートなのよ。」


突然の告白に、その場の全員が一瞬、凍りつく。そして。


「フハハハハ!フハハハハハハハ!女神が!水の女神がニートとな!フハ!悪魔たる我等も何らかの仕事をしているというのに!フハハハハハハ!これが!これが笑わずにいられようか!フハハハハハハハ!」


「うるっさいわねー。だからこうしてこっちの世界で知り合った、未練ある魂を成仏させて回っているんじゃない。屋敷の幽霊も、あともう少ししたら冒険話のネタ切れで成仏しそうだし。それが済んだら、あとはウィズをサクッと成仏させて。それまでには次の職場の手配もされていることでしょう。」


「お前は変なところで生真面目だな。王城暮らしに誘っても来なかったのはそのためかよ。てっきり、俺らが気軽に寝泊まりできる場所を確保してくれているのかとも思っていたが…」


「この街の一等地にある一番大きなお屋敷まで貢がせて、何を言っているのかしらこの男は。」


「お前のことを心配して言っているんだ。大体、日頃の生活費はどうしてるんだよ?」


「外壁の拡張工事の為の土方のバイトをしてるのよ。平和になって、人口が増えるだろうと。家を建てるための敷地を確保しなきゃいけないし。元から治安がかなり良い、この街なんか人気の移住先でもあるらしいわよ?なんでも、次々に魔王軍の幹部を討ち滅ぼした、勇者の御一行様の住処があるから子供達も同じ街に住みたいって言ってるんだとか?」


そうなのだ。少し前から噂はあったのだが。魔王をしばいたお陰で一気に名声が広がって。どんな男なのか、一目見ようと各地からワンサカと集まってきた。元から人当たりが良い人柄のため、魔王討伐の直後も暫くはあの屋敷に暮していたのだが…


「未だ来るのかよ、あいつらは。頭がおかしいにも程があるだろう。もうそろそろ遠慮ってやつを覚えても良い頃合いだと思うんだけど。」


流石に、尋ね来る人が多すぎた。妙な広さを持っている屋敷ではあるが。流石に住み込みの使用人を何人も雇える程の大きさでもなく。来客などのの対応に手を回し切ることが出来なくなり。それならばと。元からそういう手続きには慣れているであろう、王城に引っ越して。子育てもそこでしているんだとか。


噂は噂を呼ぶ。終いにはストーカー紛いの追っかけすら現れて。あの頃の苦い記憶でも思い出したのか。魔王をしばいた勇者は呆れた表情を浮かべて毒を吐き捨てた。パッシブに働く敵探知スキルを身に着けているというのも考えものだ。


流石に噂の屋敷には、今現在のところ世間から疎まれ者として扱いわれているアクシズ教徒、それも熱烈な信者であることを示す、青髪で青い瞳のアークプリーストしか住んでいないともなれば、遠巻きに見守る者しかいないだろうと踏んでいたのだが…


「未だに、スクープか突撃インタビューでも狙っているのか、定期的にパパラッチどもの気配が陰に潜んでいる気がするわね。」


ここ最近の近況の報告をしてくる。


「おい、それってかなりやばいんじゃないのか。もし今ここで、後をつけられていたりしたら、それこそ…」


そう、魔王を討伐したこの男は。その実績だけ眺めてみれば、非の打ち所がないように素晴らしいが。叩けばいくらでもホコリが出てくるのだ。例えば、裏でこっそりと盗賊団を率いていたり、あるいは神々の敵対者であるリッチーや悪魔と取引していることとかだ。


「今日のところは気配を感じていないから未だ大丈夫ね。それにこのお店のことなら大丈夫よ。ダクネスや冒険者ギルドが裏で手を回して、ウィズのことは世間から隠し通しているからかしら。」


現役を引退し、第一線を退いた身とはいえデストロイヤー戦でVIP並みの功績を上げた彼女は。元・魔王軍の幹部だったとはいえ。なんちゃって幹部であったことや、柔和な人柄であったこともあり。相当な恩義を感じられたのであろう。この街の領主の一族であるダクネスを初めとして、本来は敵対者である筈の水の女神までもがこぞってウィズのことをかばい始め。駆け出しの街には似つかわしくない、この場違いな魔法具店の店主の正体は。今のところは魔術を極めて若作りの秘術を習得した、元冒険者の美魔女ということで押し通している。


「いつもすみません、アクア様。本当なら、すぐにでも旅立たなければいけないところなのに…私の我儘を、聞き届けて下さって。」


しかし、いつまでも其のような状況が許されるわけでもなく。そういう環境にも重荷を感じ始めたのであろう。このポンコツ店主は、すぐにでも成仏したがっていた。もう、彼女の代わりと成り得る知り合いのリッチーとやらの連絡先も確保してある。我輩としても、いつまでも此処に留まるつもりもなかったのだが…


「私とウィズの仲じゃない。別にそんな事は気にしないでいいのよ。それよりも、ディアの様子を見せてちょうだい。結構、大きくなったんじゃないかしら?」


「ええ。あれからスクスクと育っちゃって。本当に元気な赤ん坊で。どんな女の子に育つのか、将来の姿が楽しみです。」


何分、居心地が良い。そう、居心地が良いのだ。これは素直に認めることにしよう。キャッキャ、キャッキャと女子トークを始めるウィズを始めとして。この街の住人は、本当に人が良い。人が良すぎると言っても良いかもしれない。以前の領主が騒ぎを起こしたときも。本来は荒くれ者である筈の冒険者たちはこぞって、当時は領主代行だった娘のために、其の身を呈してかばったものだ。


「あら貴女。顔色が悪いわよ?あまり休んでいないんじゃない?つきっきりなのもいいけれど、たまには休んでおきなさい。ほら、貴女の娘の面倒なら私が見てあげるから。奥に引っ込んで寝ていなさいな。」


そんな街の住民の一員でもあるこの、正体は水の女神である、世間一般ではアークプリーストとして扱われている彼女は。此処に来て漸く気がついたのか。ウィズの様子を確認してから、気遣う声をかけてきた。


「お気を使って頂き有難うございます、アクア様。でも、そろそろ滅菌ミルクなどを買い置きしないといけなくて…」


「そんなんそこら辺に突っ立っている悪魔やクソニートに頼めばいいから寝ていなさい。ほら早く。店番だってしてあげるから!…あんた達、何ボサっと突っ立ってんのよ。行ってきて!早くウィズの代わりにお買い物に行ってきてよ!」


勝手に引きづられてやってきた水の女神は。勝手に仕切って叫んで喚き。

悪魔と勇者を店から追い出した。


「…その、なんかスマンな。うちの女神の我儘に付き合ってもらっちゃって。」


「気にするな。我輩も今のところはイカした仮面をつけたバイトで押し通している。強大な力を持った魔王軍の幹部も子供にとっては、ある意味では羨望の対象なのだ。そのコスプレをした青年がいたとしても、世間一般では中二病が未だ治っていない奇妙な大人としか扱われまいて。この世界には老人になっても中二病を押し通すネタ種族もいる。そんなに珍しいものでもないであろう。」


そういって踵を返し。育児用品も取り扱っている商店へ、散歩がてらに足を運ぶことにした。



(to be continued... )

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