この素晴らしい世界に福音を!(仮)〜偽典転生・前日譚〜

hiromi2号

元・魔王の幹部の娘弟子01

prologue

元・魔王軍幹部の娘弟子01


aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa


今日も平和なこの街の。

不死者と悪魔が管理する。

ひっそり佇む魔法具店。


ある日ある朝、唐突に。

水の女神がやってきて。

そこから始まる物語。


bbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbb


まだ朝日が昇り始めて間もない時。

カラスを追い払いながら、ポンコツ店主と共にお店の前の掃除をしていると。

不穏な気配を漂わせた後ろの方から、不意に声をかけられた。


「おっはー。ウィズ、今日もいい天気ね。」


「おはようございます、アクア様!…おや?どうしたんですか?その…赤ちゃんは?」


今回も唐突に店の前に現れた…今日はやけに早い時間だが。

アクシズ教の御神体である水の女神こと、アクアはその腕に赤子を抱いていた。


「いやねー。魔王がしばかれてから平和になっちゃって。カズマさんとか子供を作っちゃってから大変そうで。子育てとかで忙しそうで、あんまり私の相手をしてくれなくなっちゃって。ついでに私も子供がほしいな~なんて思ってたら、ついこの間、ウチの教会の前に捨ててかれてたみたいで。丁度いいからしばらくの間、面倒をみていたのよ。」


「おやおや、どうした駄女神よ。突然いきなり母性に目覚めおって。道端で変なものを拾い喰いして頭がおかしくなったのか?」


「聖なるグーで殴るわよ。騒ぐとこの子が泣くからやらないけれど。」


「あらあら、可愛い顔でスヤスヤ眠っちゃって。…やっぱり子供って、可愛いですよねー。」


「そうねー。可愛いんだけどねー。ちょっと問題が起きちゃって。」


「あら、どうされたんですか、アクア様?」


「一人で面倒を見るのが大変になっちゃったのよ。夜泣きとか本当に大変で。ほら、今はカズマさんもめぐみんも王城暮らしじゃない?ダクネスは実家に戻っちゃってるし。今は私だけで屋敷で暮してて、ちょっと寂しいなーって思ってたから、大見栄きって教会の皆に私が育てる!って宣言したんですけどね。ここまで大変だとは思わなかったのよ。」


「フハハハハ!フハハハハハハ!生命も司る水の女神のくせに、赤子1人の面倒も見切れんとはな!そんなんだからアクシズ教はいつまで経ってもマイナーなのだ!笑いが!笑いが止まらんわ!フハハハハハハ!」


「こら!大声で叫ぶんじゃないわよ、このクソ悪魔!先程、漸く泣き止んで、やっとお眠に入ったってのに…」


と言った側から赤子が泣き出す。


「あー、もう、ほらほら、よしよし…ちょっとそこの仮面の悪魔。あんた責任取ってあやしなさいよ。これでも私、徹夜なの。」


「フン!やってやろうではないか駄女神よ。我輩の手にかかれば、人間の赤子を泣き止ませることなど、造作もないことであろう…」


そう高らかに宣言した仮面の悪魔は。赤子を受け取り、あやし始めるが。泣き声は一向に収まらない。

…むしろ、さっきよりも泣き方が激しくなった気がする。


「ぬぅ、どうしたことか…一向に泣き止まぬ…」


「プークスクス!この悪魔、偉そうなこと言った割に大したことないんですけど!以前に、人間が1人生まれる度に小躍りするとか嘘だったんですかー?誇大広告だったんですかー?それでも地獄の公爵なんですかー?プー!」


「あの、バニルさん、アクア様!私もやってみたいんで抱かせてもらっていいですか?」


「あら?貴女も母性に目覚めたの?いいわよ、やってみて頂戴な。」


未だに納得のいっていない表情を見せる我輩から赤子を受け取ったウィズは、胸元に寄せながら泣く子を優しく抱きしめる。すると。


「むぅ…へっぽこ店主ごときに負けるとは。やはり腐っても人間のほうが相性が良いのであろうか?」


先程までに泣き喚いていた赤子はスゥと眠りについた。やはり女性のほうが良いのであろうか?

ウィズの胸元に視線を向ける。その胸は豊満だった。適度にひんやりしていて気持ち良いらしい。


「やーねー。あんたの其の仮初の身体が土塊でできてるからじゃないかしら。体温が無い上に、地面と同じ温度だから、教会の前に捨て置かれた時の事を思い出して泣き出したんじゃないかしら。そんなことも見通せないなんて、見通す悪魔の名折れなんじゃないですかー。プー!」


「黙るが良い、寂しんぼ女神よ。赤子は天使だというであろう?我輩の力はな、力のない人間を対象とした場合でも、赤子だけは見通すことはできないのだ。可能性が沢山あるからな。精々できるのは性別の判別くらいだ…ふむ、女子か。」


「そうだったんですか。バニルさんのそんな秘密、初めて知りました。この前だっていい機会でしたのに、そんな事は仰らなかったですし。」


「あら?この前っていつの話?」


「アクア様がいつもの通り私のお店にお伺いになって、バニルさんと私の馴れ初めを聞きにいらっしゃった時ですよ。アクア様がお休みになられた直後に、私が未だ現役だった頃の冒険者仲間が訪ねて来たんです!」


「へぇ〜、そんなことがあったの。無事に再会できて良かったわね。」


「えぇ!その時は赤ん坊も抱いていて!もう3人目だそうですよ!1人目がそこそこ大きく育って、2人目の面倒を見れるようになったから。3人目を作っちゃって。家も安心して離れることができるようになったから、挨拶しに来たんですよ!」


「あら、そんなに頑張っちゃって。元気そうで何よりね。」


「おいウィズ。そのことは黙っておけといったであろうが。」


「あら?どうしてですかバニルさん。おめでたいことじゃないですか。」


「お前が暴力女神から見逃してもらっている理由を忘れたのか?そこの、神々の一員のくせに、妙に悪魔やアンデッドに甘い女神はな、お前の望みが叶うのを待ってやろうと言ったから。高らかに宣言したからこそ、お前を見逃したんであってだな?その願い事が叶った以上は…」


見逃しておく理由はない。

そうなのだ。バニルと一緒にダンジョンを作りたいという願いも。

別の知り合いのリッチーがいるからということで、ウィズである必要性がないことはバレているのだ。


サキュバス達を祓わない理由はカズマに咎められているから。

バニルを祓わない理由は、ウィズが泣くから。

では、ウィズを浄化しない理由は?


「バニルさんたら、そんな事を気にしてたんですか?いいじゃないですか、そんな事。」


…お店を楽しく経営できて。昔の仲間とも再会できて。悪魔と一緒に大冒険も出来て。

ついでに言えば、この水の女神と出会ってからは、本当に楽しそうだった。

お祭りに参加し、ミスコンにも参加し。商店街の皆とも一緒に宴を行い。大騒ぎし。

湯治に出かけ。魔王の幹部から水の都を守り。恩返しも出来て。

もう、十分に人生を満喫した。思い残すことが無いくらいには。


心置きなく成仏できる。


そんな最近の雰囲気は、例え見通す力が通用しなくても、読み取れるようになってきた。

魔王が打倒され、結界の維持に関する盟約が解除されてからは特に。

決して自分の立場が危うくなるから心配しているわけではない。そう、決して。


「だが…!」


「…いいんですよ、バニルさん。心配してくださって有難うございます。でも、本当に、もういいんです。」


ウィズは、水の女神に浄化されるなら望むところだと言っていた。

彼女にとっても、それは本望なのだ。

いくら、仲間を助けるという立派な目的があったとしても。

自然の摂理に、神の理に自ずから反逆した存在。

不死の王。ノーライフキング。リッチー。


それが存在するだけで。周囲に漂う未練ある魂は活性化し。

死霊は彷徨い、骨は踊り、死骸は起き上がる。


何の気まぐれなのか、今は見逃してもらっているが。

本来ならば、真っ先に浄化されるべき存在なのだ。

そして浄化される相手が、世話になった相手ならば本当に贅沢なことだと。

そう、言っていた。


それを理解っていて、尚、何故。

どうして我輩はこの氷の魔女との別れを惜しむのであろうか。

どうしてこうまでして心が乱されるのであろうか。


そんな空気を読んだのか、あるいは読んでいないのか。

我が宿敵が、声を掛けてくる。


「あら、漸く覚悟が決まったっていうのね。」


「アクア様、以前も言ったじゃないですか。いつでも覚悟は出来てるって。…本当に、お世話になりました。有難うございます。むしろ、アクア様に出会ってからのほうが、幸せで楽しい毎日が送れました。本当に、感謝しているんですよ。」


寝かしつけた子供を懐に抱きながら、微笑みながら、そう応える我が相棒。


彼女は最早、この世に留まる理由がない。

彼女を留まらせる、理由を作り上げることも出来ない。

…我輩は、こんなに無力であっただろうか?

何か無いだろうか?

本当に、彼女はこの世に未練が無いのであろうか?

しかし。彼女を、我が相棒を。見通すことが出来ない。


それも其のはずだ。彼女はリッチー。神をも悪魔をも滅ぼすことのできる存在。

水の女神でも、僅かな小さな隙間でしか、開けることのできなかったあの魔王城の結界を。

残る結界が2枚程度になってから、女神でも漸く少しだけ破ることの出来た、あの結界を。


『初めましてバニルさん。駆け出しリッチーのウィズです』


彼女は無理矢理に、力任せに一撃でこじ開けたのだ。紅魔族でも不可能だ。

当時の幹部の数が少なかったとはいえ。欠員の無い状態の5枚も重なった結界をだ。

数多の国を蹂躙したデストロイヤーですら破ることのできなかった、あの結界をだ。

抉じ開けて魔王城に侵入した後は更に、魔王軍幹部を3人も、立続けに無力化した。

何が駆け出しリッチーか。最早、無茶苦茶である。キールなんて歯牙にも掛けない。


『貴方との約束を果たしに来ました!』


爆裂魔法をも体得し。神も悪魔も滅ぼせる力も手にしている。

デストロイヤーすらも周囲の被害や犠牲を考慮しなければ単騎で撃破できたであろう。

そんな戦闘力を持ちながら。女神を滅ぼそうと思えば、いつでも滅ぼすことはできる。

テレポートだって体得している。逃げ出そうと思えば、いつでも逃げることもできる。

そんな彼女が、未だにこの街に留まっているのには理由が、目的があって。


『セイクリッド・ハイネス・ターンアンデッド!』


強大な力を付けすぎた彼女を浄化できる存在は。この目の前にいる水の女神以外にいないのだ。

勿論、七大悪魔の一席たる我輩にも滅ぼすことはできる。しかし、其の場合は。魂の安寧を得ることは不可能だ。

地獄を彷徨い歩き。滅びるどころか消失するまで。概念が消え、永遠に忘れ去られるまで。

業火に焼かれ、苦しみ続けることになる。…悪魔としては、この上ない望みではあるが。


『おい、すまぬが砂糖水を貰えるか。』


しかし、我輩としては。共にダンジョンを作り上げたほうが都合がいいのだ。

だから我輩から滅ぼすことはしない。決してしない。

例え其の途中で彼女が浄化されようとも、そんなことは決してしない。

彼女の望みだからだ。見通せないが、それが彼女の望みなのだ。

そう、言っていた。


最早、歯ぎしりしか出来ない我輩を前にして。

水の女神は言葉を紡ぎ始める。


「そう、それならば。」


言うな。言わないでくれ。其の言葉の先を。言わないでくれ。

もう少しだけ。もう少しだけでいいから。


我輩の説得に耳を貸すとは思えない。もう何度もしてきた。

逃げようと。逃げて何処か遠いところでまた冒険しようと。


キャベツが渡る先には未開の大陸があると言われている。

そこに足を伸ばして。開拓して。街を作り。国を作り。


最高級マナタイトは売り払った。資金もある。

それらを買い上げたあの男と、共に過ごした。

あの楽しいひと時を、今度は二人だけ過ごそうと。

その場限りの出任せを。思いつく限り。

言葉の羅列を並べれるだけ並べ立てた。


だが、無駄だった。

…もう満足したと。希望以上のことが叶ったと。

そう、言っていた。


「ウィズ。感謝しなさい。」


駄目だ。やめてくれ。奪わないでくれ。

彼女と共にいる時間を。あと少しだけでいいから。奪わないでくれ。

頼む。お願いだ。もう少しだけ時間をかければ。

きっと彼女も。ウィズも。心変わりするはずだ。

何か、何か。理由を。神でも悪魔でもいい。

彼女をこの世に留める理由を。知恵を。授けてくれ。


この悪魔が一体、何に願おうというのか。無駄なことだ。

水の女神は言葉を続ける。そして。


「貴女に。いえ、貴女達にこの子を預けるわ。」



…はぁ?


ddddddddddddddddddddddddddddddddd


アクア様は、何を言い出すんだろう。

きっと、浄化の予定を宣託されるのだろうと。そう思っていたのだが。

子供を抱きながら言われた突然の提案…というか命令?に思わずキョトンとする。


バニルさんのほうにも目を向けると、仮面で表情はよくわからないが。

口をあんぐり開けて、呆然としている。


そんな空気も読めないのか。

アクア様は、更に言葉を続ける。


「いやねー。私ってばゼル帝の面倒も見なきゃいけないし。子供を二人も育てるのって1人だとちょっとばかし難しいかなーって思い始めてた頃なのよ。あんな大見得を切った以上は、信者たちにお願いするわけにも行かないし。」


「え、ええ。それはいいと思うのですが。なんで私達に預けようと…?」


「あら、何か問題が?」


「だって、悪魔とアンデッドですよ?それも、二人とも元・魔王軍幹部で。地獄の公爵とリッチーですよ?他にも預ける先はいくらでもあると思うのですが。」


「だからこそよ。」


どういうことだろうか?


「ウィズ、貴女まだ子育てとかしたことないんじゃないかしら?だってリッチーだし。子供も作れないでしょう?そんな哀れな貴女に、水の女神が子供を授けようというのよ!これが慈悲でなくてなんと言うのかしら!」


アクア様は大げさな芝居がかった動作で宣告してくる。

心に衝撃が走った。思わず涙が迸る。


「ああ!女神様!感謝いたします!」


「ええ、感謝ならいくらでもしていいわよ!たまにお茶を飲みに来る時に様子を見に来るから!良し良しとあやしに来るから!ちゃんと育てなさい!そうね。将来はアクシズ教の神官になるのがいいんじゃないかしら!あるいはクルセイダーね!」


「ええ!任せて下さい!でも万が一にプリースト適性がなかったらウィザードにしてもいいですよね!?魔法戦士もかっこいいかもしれませんね!」


「おいこら駄女神、駄目店主よ。勝手に二人だけで盛り上がらないでもらおうか。我輩が育てるからには…」


漸く会話に参加したくなったのか。バニルさんが声を掛けた瞬間に。赤ん坊が泣き始めた。


「駄目じゃないですかバニルさん。赤ん坊が泣き出しちゃいましたよ?」


「黙るがいい豊満店主よ。泣き出したのは汝らが騒いだせいであろうが。先程に泣き止んだのも、どうせ汝の無駄な脂肪の塊に母性を感じたのであろう。我輩にも子供くらいあやせることを証明してみせようではないか。」


そういいながらバニルさんは脱皮して。いつの日か見せた美女モードの姿に変身した。


「ほらよこせ。我輩が教育に携わるからには、超一流の悪魔使いにしてやろう。あるいは神殺しの英傑にしてくれようぞ。」


「なんてこと言うんですかバニルさん!いつか罰が当たりますよ!」


そういいながら、赤子を手渡す。

受け取った仮面の悪魔は優しげに抱くが。


「ほらよしよし。泣き止むのだ赤ん坊。おうよしよし」


しかし。赤ん坊は泣き止むことはなく。むしろ先ほどと同じように、逆に激しく泣き叫ぶ。


「プークスクス!さっそく天罰が下ってやんの!間抜けなあんたを見てたら元気が出たわ。ほら、貸しなさい。こうするのよ。」


「ぐぬぬぬぬ…」


バニルさんから赤ん坊を受け取ったアクア様は。

優しく抱いて身体を揺らし。

子守唄を歌い始めた。


「あー!卑怯な!」


「しー!大声を上げちゃ駄目ですよバニルさん。…いい歌ですね。思わず、私も聴き惚れちゃいそうです。」


水の女神様の唇から紡がれるララバイは。本当に心が温まる。

思わず、メロディーに乗って鼻歌を歌い出す。


「…本当にありがとうございます。アクア様。まさか、こんな日がやって来るとは…母親として娘を育てることができるとは、思いもしませんでした。」


「あら、当然じゃない。私も神とはいえ女なのよ?くもりなきまなこを使わなくても、ウィズがやり残したこと位まるっとお見通しよ?」


「ええ、本当に、本当に感謝します…こんな罪深い私の為に、哀れんでくださって…本当に、私は幸せ者です。」


ぽろぽろと。ぽろぽろと。

涙が零れ落ちる。


「ほらほら、赤ん坊みたいに泣かないの…こらそこなへっぽこ悪魔。ぼうっと突っ立ってないでハンカチくらい寄越しなさい。」


未だに納得が行かないのか。バニルさんは微妙な表情を浮かべながら、ハンカチを手渡してくる。

受け取ったハンカチを手にしてから、ありがとうございますと礼を言い。そして。

ちーん、と鼻をかんだ。


「…お約束だな。」


何か諦めた雰囲気を漂わせながら、バニルさんが呟く。


「本当に、嬉しいんですよ。嬉し涙を流したいんです。女の子は鼻水なんか流せませんけど、嬉しい涙は流したいんです。」


「全く。こんな簡単なことも思いつかないとはな…性別がないのも困りものだ。」


「あら。悪魔にしては愁傷じゃない。貴方も感激したのかしら?」


「フン。喧しいわ我が宿敵よ。しかし良いのか?こんな調子では、いつまで経っても浄化できぬであろう?」


「いいえ。1人だけで十分ですよ、バニルさん。本当は、魔道具店以外にも、お世話になった孤児院の経営とかもやってみたかったんですけど…流石にそれは、お別れが辛くなるだろうから。諦めてたんです。」


本当は昔の仲間と再会したときも。ちょっぴりだけ。ほんのちょっぴりだけ。羨ましいと思ってしまったのだ。


「あら、ウィズって孤児だったんだっけ?」


「ええ。だからこそ。顔向けする身内がいないからこそ。心置きなく生命を削り、あまつさえアンデッドになったんです。…本当に、罪深い。名前だって、誰かと共にいられるようにと、こんなに立派な名前を付けてもらったのに…」


「赦してあげる。水の女神の名に置いて赦してあげるわ。だから、育てなさい。心置きなく、満足するまで育てなさい。」


「はい!」


そして、あることに気がつく。


「その…アクア様?名前ですけど…」


「ええ、それも貴女が付けていいわ。…まぁ、思いつかないのだったら、私が付けても良いのだけれども。」


うんうんと悩んで考えて。

女神の奏でる子守唄。

愛を紡ぐ詩を聴きながら。

そして一つの名前を思いつく。


「…ディア」


「うん?」


「ディア、なんてどうでしょう?」


「あら、奇遇ね。私も似たような名前を思いついたんですけれど…根拠を聞いても良いかしら?」


「ええ。愛を教義とする、アクシズ教の御神体であられるアクア様が授けてくれたお子さんですから。『愛しき』を意味する、ディアが良いのではないかと。」


「ウィズにしてはやるじゃない。そうね。そうしましょう。私が思いついた名前よりも、よっぽど良いわね。」


「そうですか?アクア様が名付け親になっても良いのですよ?どんな名前か聞いてもいいですか?」


「ダメよ。言ったらウィズが遠慮してそっちにしちゃうから秘密にするわ。そうね、秘密の名前…真名ってことにしておこうかしら。」


「なんですかそれ?中二病ですか?」


「いいえ、被ってるのよ。私が考えた名前にもディアという文字が入っているの。もっと別の理由から考えたんだけど…でも、ウィズが一生懸命に考えてくれた名前ですもの。そっちのほうが愛らしいわ。」


アクア様はバニルさんに視線を向けてから、そう応える。

そして。腕に抱いた眠る赤子に視線を移し。


「水の女神の名に置いて、汝に名前を授けます。ディア。貴女の名前はディア。『親愛』を秘めたディアよ。立派な名前ね。お母さんに感謝なさい。…祝福を。『ブレッシング!』」


「ああ、アクア様!深く。深く感謝します…」


私は思わず跪き。祈る姿勢で。心の底から感謝した。



これは始まりの前日譚。

女神が赤子を授かって。

不死者が赤子を授かって。

悪魔が赤子を授かって。

そうして始まる前日譚。




to be continued...


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