第9話:葛藤する少女17才の最後の夜

「…………んっ」


 視界がぼやけております。あれ、いつの間にまぶたを閉じて眠っていたのでしょう……。朝かしら?

 そう思いつつ、横になったまま頭だけを窓際の方にへと振り向き、外の様子をうかがいます。大体いつもはカーテンをする事無く就寝についていますので、目を醒していつもの様に朝だとすれば、サンサンと煌めく太陽の日差しが窓から差し込んでいるはずですわね。しかし、そういうわけでもありません。冬月の光が差し込んでいるのが見えております。思わず安堵のため息をつかざるを得ませんわね。明日を迎えたくありませんわ。このまま永遠に時が止まれば良いのに……。

 次に目を醒せばおそらく運命の時が訪れることに。私は父の決めた相手と添い遂げるために、結婚をよぎなくさせられてしまうのでしょう。

 いずれにせよ、朝にならないとわからないですわね。もう、考えるだけで嫌なことは沢山ですわ。

 なぜ私は父親と同じ道を歩む事にならないといけないのでしょう。そこがいちばん理解しがたいことですわ。私は自分自身の人生を歩むことが当たり前だと思いますの。

 家出をしようかしら? こんな思いをするくらいならば、ここから逃げ出して新しい場所で刺激的な人生を送るのが良いはず。一生をこのまま引きこもり生活で送るくらいならば、自分の見識を深めるためにもまだ見たことのない大地を踏みしめてみたいわ。

 それが私の夢なのよ。飽くなき探求に終焉は存在しない。叶えられなければ前の世界にあったとある文学書の一節になぞらえて、私は人生に終わりを求めましょう。

 それくらいは我が儘を言ってもいいはず。何も考えずに、ただ、何もすることないから適当に仕事をするだけでいいやとか、私はこれしかすることが見つからないからいいやみたいな、思考力を失った大人のような考え方を持って大人になってしまえば、いずれにせよ将来に渇望する事は見いだせないはずだわ。

 前の世界のお父さんがそうだったから。

 成り行きで稼業を継いだお父さんの日常は仕事で始まって仕事で終わって、そして少ない合間の時間にテレビを見て寝るだけの生活。幼かった私は、どうしてお父さんは私みたいに遊んだりしないのかな? いつも同じ事を繰り返して楽しいのかな? と、いつも不思議に思っていました。

 大人の一歩手前まで来て、いまだから理解ができますわ。いろいろと勉強をして学びを経てわかったことなのだけど、自分を犠牲にするほど不幸しか残らないわ。

 仮にこれから結婚をしましたとしておきましょう。人生の過程の中で、その日からの日常がどのように変遷していくかを。極論でいえばもう自由を失ってしまうことになるでしょう。そしていつしかその生活が幸せに感じられてしまうことになってしまうのでしょう。

……やめておきましょう。どう頭の中で考えても結果は変わらないわ。言葉で何かが変わるなんてもう信じていないから。諦めているから。行動でも裏切られてしまった私にはもう何も手段がありません。

 私はこのユーデリア・ポリト・ミサイルという能面を被って利口に生きてきました。私にもプライドというものがあるわよ。でも、黙って承諾するほど、お人好しな性格の人間じゃないわ。


「……ふぅ。考えすぎたわね……それにしてもこの子ったら気持ちよさそうに眠っているわね……何も考えずに気持ちよくなっているのがうらやましいわ……」 


 ふと横目で可愛らしい寝息を立てているシャルロッテの姿を見てそう思いました。


「あぁん……らめぇん……お嬢様ったらのおっきいのが………あたってりゅう……」

「私の腰にはそんなモノついてないわよ」


 けんかを売っているのかしらこの子は?

 

 シャルロッテは身体に毛布と布団を重ねるように肩より浅くかけていました。ふと彼女は背中をこっちに向けて寝返りをうちます。彼女の身体から仄かに漂いまとう色香の匂いに少し眉をひそめてしまいます。さきほど使っていた香水ローションの香りが鼻に刺さりますわね。しばらくこのローションで彼女とのプレイをするのは控えることにしましょう。と、心の中で反省します。でも、面白かったから次はもっと激し目の際どいプレイもいいわね。さて、時間は分からないけどそろそろ来る頃合いかしら?

 いまから私は明日のことをある人に話していた。もちろん、その事については反対どころか、快く受け入れてくださいました。応援もしますと言ってくれたときは思わずらしくもなく涙を流したことか。

 すごく嬉しいですし、なによりもお父様との話し合いのなかで手伝ってくれるとも言ってくださいました。

 私は隣で心地よく眠るパートナーを起こさないように、そっと静かにベッドから地面につま先からつけて立ちます。そしてそのまま奥の通路を隔てている両開きのドアに忍び足で向かって歩み寄り、すぐ近くのフックスタンドのフックにかけられていたシルクのバスローブに袖を通します。腰元の帯ひもを手に取って結びました。(可愛らしさを表現するようにリボン結びをしております。)

 腰元まで伸びている髪が乱れているので両手で吸い上げるように纏めて背中に流し込みます。眉にギリギリまでの長さで横一線にカットしたぱっつんスタイルの前髪を感を頼りに指先で整えました。本当はボブカットが好きだけど、お父様はそれを許してくれない。女の髪型に口を出してくる男なんて今時流行らないわよ。ダサいわ本当に。

 ブツブツと独り言をつぶやきながら扉をゆっくりと、ドアノブの金属の擦れる音を極限まで抑えつつ開いて外に出ます。スリッパを履いておくべきでしたわね。


「つ、冷たい……寒い……うぅ……」


 今から引き返すと面倒な事になりますわね。仕方がありません。このまま先を急ぎましょう。

 足下からくる底冷えを直に感じながら歩をすすめていきます。小さくため息をつくと白い吐息が立ちこめて霧散していきます。それを眺めながら、考えごとをしました。

 いまから会う人は、私がこの家に生まれたときからなじみのある人物です。彼以外には信頼できる理解者はまずそうそういないと思います。シャルロッテは別腹ですわ。そう思うと私は、側で気兼ねなく何でも話せる交友関係が希薄なのかもしれませんわね。それも明日次第でどうなるかですわね……。寂しくなるのかしら?

 普段からあまり人と接しなかった私がいけないのです……。

 ここで働くメイド達や、使用人の人たちに取って私は雇い主の関係者として扱われているはずです。きっと、自然に心の距離をおいているはずなのよね。そう思うと寂しいですわ。

 友達ができたら草原でのんびりお茶会を開きたいわね。叶えられると良いのだけど。

……だめだわ。冷静にならないといけませんわね。彼に心を読まれてしまうのは多少なり面倒ですわ。そして何を言われるかが溜まったものじゃないですわね。

 私は彼の部屋まで続く廊下を道なりに歩きます。途中に唐突な身体の冷えで小さなクシャミをしてしまいました。すると、目の前に人影がゆらりと現れたかと思いきや、窓から差し掛かる月明かりによってその姿を露わにしました。


「おや、これはこれはユリアお嬢様ではありませんか」

「セバスティアン」

「いかにも、私がセバスティアンでございます。どうされましたかとお聞きすべきなのでしょうが、先に預かりました言付けの件で私の自室にお向かいになられていたと推察します」

「理解が早くて助かるわ。変な雑談を擦る手間が省けますわ」

「ふふ、そうですね。さぁ、冷えでお体が悪くなります。どうぞ、こちらにおこしくださいませ」

「ええ……そうね……」


 

 私が会おうとしていた人物はセバスティアンです。彼は夜にも限らず、いつもの仕事をこなしておりました。白手袋をつけた片手を胸に当てがいつつ、そのまま道をあけるようにもう片方の手を奥の通路へと差し向ける仕草をしています。

 セバスティアンは柔和な笑みがとても似合います。おもわず私も首をかしげて小さな微笑みを作ってしまいました。

 私はそのまま彼を引き連れるように歩きます。


「どうぞこちらへお入りくださいませユリアお嬢様」


 程なくして目的地に着きました。

 セバスティアンは深々と謙虚に低い姿勢を保ちつつ、目の前にあるドアを開けて、部屋の中に入るようにへと誘ってくるのでした。

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