第6話:お嬢様。お湯加減はいかがでしょうか?※ただし、笑顔でいいとは言っていない。

「ふぅ……。明日。私はどうなるの……?」


 私は思い詰めています。あの時にお父様から言われた縁談話によって重く悩んでいるところです。

 どうして私も同じようにお父様のような運命を歩まないといけないのよ……と、考えるにつれて徐々にひどく体が怠く感じ始めていました。

 精神的なストレスによる倦怠感というべきかもしれませんわね。今までのなかで心身共に疲労が限界値ギリギリまで溜まったことがあまりなかったせいか、普段とはまったく違う負の感情。まったくの初体験に体が慣れていないせいで、思わずその場で深くため息をついてしまいました。今はもう何も考えたくありませんわ……。

 静寂の浴室にしずくがポツリと滴り落ちた音が鳴り響きました。

 ここは私のために作られた特別な場所。私が唯一。私でいられる大切な居場所のひとつなの。

 室内の大きさは比較的狭い。居心地に関してはとくに問題ないわ。

 空間の中にはシャワー付きのジャグジーがあり、外から見えないようにレース状のカーテンが備え付けられております。私はカーテンを閉めません。あまり狭いと嫌な事を思い出してしまいますの。


 思い出すだけで虫唾の走るあの恐怖の記憶が蘇るから。


 私が体育座りで浸かっている浴槽の中から暖かな湯気が漂い浮かんでいます。すこし空気が湿っぽくですわね。

 しばらくして身体のこわばりが氷のように溶けてきました。

 そして訪れる愉悦によりこみ上げてくる嬉々とした感情と共に、無意識に朗らかな笑顔を浮かべてしまいました。もう何もこわくない気がしますの。

 くつろぐ私は自室と同じように天井を眺めた。何故かしら。今日は天井ばかりを見ていたい気分なのかしら? 変な癖になりそうですわね。


 ふと、自分のこの15年間を振り返って思ったことがあります。今日はありのままの自分で居させて欲しい。


「私。本当はお嬢様とかそういうの興味は無かったのよね……。でも、結局幸せな人生を送りたいって頼んだらこの家に生まれたのよね……。まぁ、考えようには幸せな人生を送れているのかもしれないわね……勝手な結婚はどうにかして欲しいのだけど。そもそも私。あれから男が大っ嫌いなんだけど……!」


 明日のことはどうしようかと悩んでいる。旅に出ることについては今も気持ちは変わらない。これからも。この先も変わらないわ。

 この17年と11ヶ月間(明日は18歳)の私は常に人と接するときは仮面を被っていた。ユーデリア・ポリト・ミサイルという能面をかぶって毎日を過ごしている。

 前の世界の『川口れいこ』はこの世界には存在しない人物。ユーデリア・ポリト・ミサイルという能面の少女が川口れいこのあるべき場所。


 ……やめた。難しく考えるのがめんどくなくなってきたわ。


 ジャバジャバと脚でバタつかせながらお風呂遊び。その水音につられてつい楽しくなる。床に水たまりができるなんて上等よ。あとでシャルロッテか誰かが綺麗にしてくれるわ。


「ふふふふんふんっ♪ 今日は楽しいお風呂遊びぃ。メイドさんに怒られてお風呂遊びぃ。ふふふふっ」


 これでも18歳になる前の大人です。遊びたいのよ今は。

 自分で訳のわからない即席の歌を口ずさみながら、肩を揺らして楽しい気持ちになってのお風呂遊び。


「んっ?」


 ふと、お歌を合唱していた矢先のことです。どこからか小さな声で誰かがボソボソとつぶやいていることに気がつきました。


「はぁふぅ……お嬢様が……。ツルペタ幼女のお嬢様の裸体が揺れておりますわ……たまらないですわぁ……はぁふぅ……」

「…………」


 おかしいわね。なんでこんなところに巨乳ミニスカメイドが、裸体をくねらせながらそこに立っているの。

 てか、いつここで、イッタイ何をしていたのよ。5W1Hで答えてよシャルロッテぇ……。


「はわっ!? おっ、おおお嬢様!?」

「……シャルロッテ。何故に私がいる浴室におりますの……?」


 私に気づかれてしまったシャルロッテは、驚愕のまなざしと共に、ひどく慌てふためいた様子でひどく混乱していますわね。


 基本的にお金持ちの家には必ずメイドがいるものです。メイドは奥方のお世話をすることも役目のひとつとして与えられており、当然お風呂場でもメイドの仕事はあるのです。

 具体的には奥方のお背中を流したり、髪の毛の手入れをしたりと多種多様。

 だが、ここポリトの家は自分で出来ることはなるべく自分でするこが基本です。

 それを反故するかのようにこの家のメイド長こと、シャルロッテは白く透き通った清潔感のある頬を紅色に染めあげ、半ば興奮混じりに両手をワキワキとしております。それを見た私は、これから何が起きるのかが予想されるような展開が待っている事を、超理解力をもって悟ってしまいましたわ。

 シャルロッテはロリコンなのです。それも超がつくほどの偏愛趣味を持っていますの。私がドン引きするくらいに、彼女のその性癖は極め尽くされていると思います。

 シャルロッテは生まれたままの姿で私に近付いてきた。来ないで欲しいわ。

 白く透き通った濁りのない清潔な肌はまるで陶磁器のように美麗なこと。形の整ったふくよかな隆起した双胸に滑らかなラインの細身のくびれに添って、思わず両手でつかみたくなるような、魅惑的で、艶めかしい小ぶりな形の整ったおしり。

 彼女の肩にかかる腰までの長さのあるブロンドの髪は、絹のように細かく、触れるだけで感嘆のため息をつきたくなりますわ。

 そして街で噂されるほどの美麗な端正の整えられた顔をまじまじと見つめる。

 細くシュッとしたラインを描く眉。二重のまぶたと水晶のような青い瞳の目。鼻は高く、上唇はすこし肉厚で魅惑的。顎のラインはバランスがとれています。


 その美少女は私に向けてこう言いました。


「お嬢様。お湯加減はいかがでしょうか?」

「ええ、とてもいい湯加減よシャルロッテ」


 唐突にしかも生まれたままの姿で話しかけてきたシャルロッテ。お湯の温かさはどうかと恥じらいながら私に聞いてきました。

 とりあえず、いつものユリアの表情で笑顔を作る。中では困惑していますけど。

 

「ユリアお嬢様。どうか……どうか、私の欲望を満たすために。今日こそはお嬢様のお背中を流させてくださいませ……!! ふぅふぅ……はふぅ……」


 シャルロッテは私に顔を近づけてきてとんでもないお願い事をしてきました。


「ごめんあそばせ。死んでも嫌ですわよ」

「あぁああん! 私を突き放す言葉が心に響きますわ! あぁ、どうしましょう……これが……いわゆるツンからくるデレなのかしら……!」

「ツンデレは飽きたわ」

「ずっきゅぅうううううんんんん!!」


 ブルブルと、揺れる胸を両手で重ね合わせるように押さえてまるで、銃弾で撃たれたかのように背中からドサリと盛大に卒倒するシャルロッテ。みてていたたまれないわ。

 ちなみに、シャルロッテは毎日のようにわたしの浴室に忍び込んで現れてはこのようなやりとりを日常的にしている訳ではありません。

それにしてもシャルロッテがなぜ私の目の前に現れたのかが気になりますわね。


それを知るためにも今日はシャルロッテと一緒に夜をすごしてもいいかもしれませんわね。

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