第5話:ユリアお嬢様は冒険の旅にでることを決意する。1
お父様との食事を終えて自室に戻ってから約10分が過ぎました。この部屋に時計はありませんので体感的に予想すると、午後21時30分くらいでしょう。
自室にある自分のベッドに腰をかけて背を預け、両手を伸ばしてただ天井をぼーっと、何も考えることなくただ見つめます。お風呂は後で入るつもりです。特に運動もしていないから、汗をかいてはいないので、わざわざ綺麗にしなくてもいいかなとは思いますの。近頃そんなことばかり考えていますのよ。
しかし、セバスティアンがそれを許してくれるはずもありません。前の世界ではお風呂に入るのは自由だったから、昔の自分が羨ましく思うかぎりです。面倒くさく感じるも、気まぐれな生活が懐かしいですわ……。
当たり前に好きな時間に入浴が出来るのが普通でしたわ。でも、異世界に転生してお金持ちの娘に生まれた限りは、避けては通れない道なのかもしれませんわね。規則正しい生活を送るのがこのファミリーの掟です。例えお父様であっても自分に厳しくしていらっしゃいますもの。それに伴って堕落など許されません。普段は甘えたのお父様でもそこは厳しくあたっていらっしゃるのです。
浴室は自分専用の部屋が用意されております。そこまで行くのには、この部屋の片隅ある窓際の部屋に直結している扉を開くことによって浴室に向かうことができます。私の自室に隣接してあるのです。
浴室まで距離があると、このソルエトの地では寒冷地帯特有の底冷えがあるため、廊下を歩きません、湯冷めを防ぐために、セバスティアンが鶴のひと声で1級建築家の職人に依頼して造らせたとか。セバスティアンの心遣いが如実に感じられますわ。
部屋の明りは灯しません。夜空の窓からさしかかる煌々と照らされる月明かりが幻想的な空間を醸し出してくれているので、無理につけなくてもいいのです。
ただ唯一。かすかにその光を放つものは、気温の調整の為にある暖炉のたき火だけです。
静寂の室内から聞こえるのはたまに聞こえる薪のバチッっという音くらいです。
薪の燃焼する音に目を閉じてリラックスしながら耳を傾けます。
とても風情のある音色が聞こえて心が癒されますわ。空に青く輝く冬月と、私を囲むようにそびえ立つ針葉樹林の木々たち。その下で煌々と照らしながら私の身体を熱く照らす焚き火。ゆるっとキャンプがしたいですわね。オオカミがいるので無理ですけど。
想像するだけで胸が踊り出す気持ちでいっぱいですわね。
ふと、昔の事を思い出しました。お母様からこんな話を聞かされたことがあったきがします。
月明かりにはこんなおとぎ話があるのよ。と、お母様が語られた物語があります。
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物語の始まりはある日の夜。
月を陰隔たり無く見ることが出来る村があったそうな。
その日の月の明かりはとても美しかった。
誰もが天高くにある月を見上げては心を奪わてしまい、感嘆のため息と共に深い眠りにおちた。
そして眠った者達は一人だけではなく、月を見た者達。つまり、その月をみた村の者たち全員が一夜にして眠りにつく。そして、朝には跡形もなく消え去ったそうな。
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このお話を幼い頃に母から寝る前に聞かされましたわ。
最初は怖いお話なのかなと思いました。
けど、違ったのです。
このお話には続きがあり、実はその村の人たちは月をもっと近くで見たいがために村の近くにあった丘に集まって月見をしていたという。
実際は怖い話ではなく、ただの面白おかしい絵本のような物語でしたの。まるでワールドカップを深夜になっても熱中して見ている大人達みたいですわね。
私の住んでいるお屋敷が建つこの土地は、この物語の発祥の地らしく、この家の子供達にはかならず寝る前に聞かされる夢物語らしいですわ。
お父様もお祖母様にその話を聞かされながら眠りについていたのかしら?
正直。自分はこの話が何を意味しているのかがよくわからない。
当時の私は「月見をしたいがために何やってるのっ!? 仕事はどうするのよ!?」と、村人のことをあれこれとディスりました。
大人にはお金のためにお仕事がある。子供は学校があるから遅刻でもしたら成績に響いて大変なはず。
それはいいわ。いまは体をベッドに預けて、ゆっくりと休みたい気分ですわ。
勉強はある程度は独学でしていますわ。わからないことはお父様のお仕事仲間の人達に聞いたり(頭のいい人に限定です。)、お金で大学教授を雇い、前の世界でいう大学レベルの授業を受けたりして学力を維持していますの。
なにかしらの勉強をしないと脳は冴えるどころか、急激に衰えるだけですわ。
私は勉強をしている。自分の将来のためにも。
夢は何かと質問を投げかけられたら真っ先に、この世界を自分の目と足を使って見てみたいと答えますわ。
そう、私の夢は世界中を旅すること。大人になってまだ見ぬこの世界姿を見てみたい。
かごの中の鳥で終わるような私じゃないのよ。
私が転生したのは当たり前の人生を送るために生きているわけじゃないわ。
私は明日、旅にでるつもり。決意は変わらないわ。
お父様にはその旨をティータイムで告白しました。
初めは眉をひそめて訝しげに耳を傾けたお父様。
それから私の話を最後まで聞いた後にお父様はどこか寂しげな表情を浮かべてこう告げました。
「……かつてわしは、お前と同じ年に若気の至りで旅にでたいと親父に言ったことがあった……」
それはお父様のお爺様。つまりお父様はご自身のお父様に、私のような告白したことがあったと言う。
お父様の過去の話を聞いた時、私は思わず口に手をあてながら驚愕しました。
当時のお父様はとてもやんちゃで、とにかく自分の住む家があまり好きじゃなかったそうです。
そして私と同じ歳に成長し、自分の居場所を求めるために旅にでることを決意したお父様。
でも、お父様はその夢を叶えることができなかったそうです。
自分の知らない間にお母様との縁談が決まっていたそうなのです。
結婚式はその翌日に行われました。お父様は望まない結婚を親の都合によって決められてしまい、とうとうそのままずるずるとご自身の人生を歩んできたそうです。
お父様は自身のつらい身の上話を苦悶の表情を浮かべながら語っていらっしゃいました。
お父様の結婚は政略結婚でした。
私は思い思いの話を打ち明けました。それが私のお父様に対する慰めだと信じて行為だと思ったからです。
側で直立不動の姿勢で立っていたセバスティアンは、私たちの話を目を閉じながら微笑みを浮かべて耳を傾けていましたわ。
そして議論の末に私の旅についてお父様の答えは保留ということになってしまいました。
その訳を聞くと、『おまえは女だ。旅先で何がおこるかもわからないこの世界で、一人旅をさせるのには危険が多すぎる』と、いった理由でした。
女だから旅ができないと言うのは、いささかカチンと頭にきてしまいましたわ。確かに外の世界を私はあまり知りません。本で見たことはありますが、世界中には生ける屍が生息しているとか。
それはともかく。父は、私が想像を絶するような事を突きつけてきました。
「あす、おまえは結婚することが決まった」
「えっ……?」
悲劇がまた繰り返そうとしていましたの。
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