第4話:シャルロッテとユリアに暖かな紅茶を。~父を添えてお召し上がりください~ ※間違っても食してはいけない物が混ざっております。

 長かった夜のひとときの晩餐。

 この最後のひと品ですべての食事が終わろうとしております。

 セバスティアンは先ほどの入室した両開きのドアとは正反対の、いわば私の席の背後の使用人専用の勝手口から給仕用の銀の装飾を施した、端正な2段構えのワゴンを室内へと運び込んできました。

 上の段にはいつも、日常的にこの時間から使っている日用品を乗せており、下の段には、それに合わせたひと品が人数分用意されています。

 上には、青で花の刺繍が施された汚れ一つない純白のナプキンが、セバスティアンのこだわりで、ワゴンの中心に山を作るようにして中の物を覆い隠しておりますわね。

 下のお料理には埃がかぶらないように上に、無色透明なガラスのフタを植物のツタで網目状に覆うようにして編みこまれた取っ手つきのフードカバーによって閉じ込められております。

 どちらも何が入っているのかはわからないけど、セバスティアンのこだわりでいつも毎日このワゴンに用意される物についてはさっきの語ったとおりにセッティングされており、どんな時もそれに変わりはありませんわ。

 ワゴンがわたしの主の隣に運び込まれます。

 セバスティアンがワゴン側面に回り込んで主人公に深く胸に手を当てながら一礼をする。そして上体を起こしてそのまま会話がはじまりました。


「旦那様。本日の晩餐の最後のひと品であります、デザートとお紅茶をご用意させていただきました。僭越ながらわたくしセバスティアンが、ポリト家に仕えております至高の菓子職人に代って、本日のデザートの説明を代弁させていただきます。ご容赦くださいませ」

「うむ、かまわん」

「失礼。旦那様は至高の菓子職人のことをあまりお好きではなかったと存じておりましたのですが……。どういう風の吹き回しでしょうか……?」

「ふん、たまにはその話を聞くのもいいかとおもってな。そんなに嫌か?」

「いえ、恐縮でございます。僭越ながら、私としてはとてもありがたきお言葉です」

「なら、つづけろ」

「かしこまりました」


 短い会話に聞こえた至高の菓子職人という名前。その職人が作るお菓子は、この国に一人としていない伝説級の菓子職人ですわ。その菓子職人がここ、ポリト家に仕えております。一度大昔にこの国の要人が、国の皇帝陛下に仕えないかとの声がかかったことがあったそうです。

 しかし、その職人は誰かに仕えることはまっぴらごめんだといって、あっさり断ってしまったそうです。変わっている。と、いえる変な職人ですわね。

 そんな職人をお父様はあまりお好きじゃない。理由は至ってシンプルです。

 仕えているくせに、当人は自由気ままな仕事をしているということが気にくわないらしいですの。

 しかし、それに見合った腕前をもっているため、父はどうしても手放せないと頭を悩ませておりますの。

 世にも珍しい合理的な仕事をする職人だと私は思います。

 そんな職人が今日のために用意してくれたのがなんと私の大好物でした。

 それは前の世界でもよく知られているひと品。どこの家庭でも、その道のプロも当たり前に作り、官民を問わずに愛されているデザート。


 人はそれを『アップルパイ』と呼んでおります。


 ここポリト家のアップルパイは、リンゴを砂糖と一緒にじっくり時間をかけて鍋で煮詰めて、食感のないジャム状までにしたリンゴを、パイ生地のうえに乗せ、その上から同じように生地で被せるようにしてとじこめるという作り方をとっておりますの。

 焼き目のつく上の生地には、斜めに切り込みがつけられており、中までしっかりと焼き上げられるように特別な製法をもって作られております。この特別な製法は職人の秘密らしく、当人以外の人物は誰一人して知りませんの。

 余談ですけど、それを学ぼうとしている菓子職人の弟子志望(熱望)の青年が住み込みで、この家に寝泊まりしております。職人曰く、奴の才能は全くもって無いらしく。ただ、底知れぬ情熱を持った変わり者だと、昔にセバスティアンから小耳を挟むようにして聞かされました。磁石の+-みたいな関係ですわね。

 ちなみにこれ以外にもセバスティアンが小耳を挟むときは、たまに縁談話も含まれております。

 将来、継ぐであろう当主の地位に向けて、それ相応のスキルを身につけるための修行の一環だと思われますの。主は部下の名前を覚えておかないと、組織の士気に影響する事項だとか。昔、前の世界でお世話になったお父さんの会社でもそんな話が飛び交っていたような気がしますわ。

 

 私。男は好きじゃないわ。前の世界で男にストーカーの挙げ句にレイプされて殺されたのだから。


 そのお話についてはまた今度にしましょう。

 それよりも、目の前に用意されたアップルパイを頂かないといけませんわ。アップルパイは焼きたてと、出来てから少し冷めてからが一番美味ですの。私はこのアップルパイが大好きです。

 ふと、アップルパイを食する前に、この至高の一品をさらにおいしくするための魔法のアイテムがテーブルの上に用意されました。

 それは、一度はだれもが飲んでわかるひと品。ソーサーとその上にのせられた陶磁器製のティーカップ。そのカップの中に注がれる色鮮やかな液体。そこから香り出す独特の芳醇な香り。

 紅茶に用意されるお供は本来はジャムなのですが、アップルパイがそれを担っていますので不要ですわね。パイの中の程よい甘さのジャムが、それを担ってくれるのですから。

 紅茶はセバスティアンが淹れると、なぜかお湯みたいなものが出されるので(完全無欠のセバスティアンがもっとも苦手とする分野ですの。飲んだ人はそろって『うん、お湯ッ!!』と言いますのよ)代わりに私のお気に入りのメイドの者が紅茶を作っております。

 そのものは音もなく姿や陰すらも見せずに現れ、そして仕事をこなして消え去る不思議なメイド。


 メイドは私たちの気づかないうちに、主と私の分の紅茶をすでにテーブルの上に用意したようですわね。驚きのスピードですべてをそつなくこなしていました。

 セバスティアンも驚く迅速な対応力を持つその少女の名前は、神出鬼没のメイド長こと。


 彼女の名は『シャルロッテ』と呼ばれております。


 ポリト家に仕えるメイド達には必ず本名とは違う名前が与えられます。その名前が生涯の死ぬまで名乗る真名として、メイド達はこの家で仕えることになります。彼女は元々貴族の身分の物でした。ですが、共産党による赤い津波革命によって、貴族階級が剥奪されて没落したところを私が救ったのです。

 彼女の名前にはすこし意味が込められております。


 彼女の名の意味は『悩ましき女性』です。


 その名の通り、彼女のその能力が誰にも見えない早さで行われているため、悩ましきとも呼ばれているかと思いきや、そうではなく。彼女のその姿を見た者は間違いなく恋に落ちるからだ。たとえそれが同性であっても変りはありません。

 その美貌はこの家に限らず。お屋敷から出て、丘の下から見下ろすように歴史の名残を残した風情のある街にもその噂は広まっている。彼女はいつも仕入れでこの街を利用しているため、一般の人たちからもその美しさに見とれる人が続出しているらしい。

 ただし、彼女は普段は姿をあまりさらけ出しません。

 一瞬にして買い物をすべて終わらせてしまうからです。一体どうやってお店の人と商談をしているのかしら?

 そう、この紅茶を淹れるように。すべての事を瞬時に瞬く間にして終わらせてしまうからです。

 何を言いたいのかというと、運よくそのシャルロッテの姿を見ることが出来た人が口にしているに過ぎないからというわけです。

 実際に指名手配のような張り紙が町中に貼り出されております。その姿を写真に捉えることができた人には、多額の賞金が与えられる事までに発展しており、シャルロッテはもう女優業とかして、男達を魅了し続けていればいいのにという邪な嫉妬心を抱いておりますの。男遊び冥利に尽きるっていう言葉が似合いそうですわ。

 彼女が淹れてくれた紅茶と至高の菓子職人が作ったアップルパイ。どちらもひとつの言葉でつながっております。


『幸せな笑顔と喜び』


 シャルロッテといちどお茶をしてみたいですわ。と、心の中で密かに思っていたりしますの。彼女の淹れてくれた紅茶を飲むと心が安らぎますの。

 不意にどこかで小さい声で誰かの囁き声が聞こえました。あの子かしら?


「3秒……駄目だわ……TAS的にアウトですわ。私のポリシーに反しています……。これじゃあ、敬愛なるお嬢様に喜んでいただけませわね……」


 しかし耳を澄ませても何を囁いているのかはよく聞き取れませんでした。


「シャルロッテ?」


 かすかに聞こえた声のした方に振り向いて声をかけました。しかし、その言葉に反応がありません。


「ん? ユリアよ、どうした?」


 シャルロッテの代わりに父が問いかけに答えてきました。違います。お父様じゃない。私はシャルロッテと思わしき声がしたから呼んだだけなの……。


「い、いえ。なんでもありませんわ」

「む、そうか。ならよい」

「ええ。それよりもこの紅茶はとても美味しゅうございますわね」

「いつもながら奴のつくる紅茶はどれも一級品だからな。いちど会って感謝の言葉をいいたいものだ」

「旦那様。わたくしもシャルロッテにはなかなか会うことが出来ないものでして、置き手紙でなんどもその事をお伝えしておりますが……。どうも反応は芳しくないようでして……申し訳ございません」

「構わん。メイドがおおっぴらに現れるなどがおかしいのだから仕方があるまい」


 日陰者の宿命とでも言いたいのかしらお父様は?

 この場の全員が言っていることの共通点として『シャルロッテはなぜ私たちの目の前に現れないのか』という疑問でいっぱいですわね。

 いったいなぜそのような事に。

 真相は彼女自身のみぞ知ることですわね。こればかりは……。

 この場の全員が微妙な空気を醸し出しながら、悩める女性について議論を交わす。

 彼女の淹れた紅茶と共に、ティータイムは過ぎていきます。


「娘よ。私のアップルパイを食べくれないか?」

「お断りいたしますわお父様」


 訂正。修羅場に発展しそうですわ。

 私の引きつった笑顔と共にニコやかなお父様の笑顔で夜が過ぎることになりそうですわね……。

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