第2話:お父様と私の食事会※ただし、普通ではありません。

 部屋を出てのこと。食事の時間を告げてくれた家のお世話をしてくれているお父様のお仕事仲間の人に連れられ、いつものように家族で食事をする場所に訪れました。部屋と廊下を隔てるように、私の目の前には漆塗りの高級木材の重厚な両開きの扉が、その大きさを象徴するかのようしてそびえ立っております。

 

 基本的に私はお嬢様を演じております。ただし、外面についてだけのお話です。いつも一人きりの場合は前の世界と変わらない性格をしておりますの。


「お嬢様。中にお入りください。お父上様が席でお待ちしております」


 白髪をすべて後ろにかき分けたオールバックヘアーに、上下を黒の執事服で寸分の狂いもなく見栄えよく着こなす老年の男。目の前に立つ彼は私に対して恭しく敬意を露わに入室の催促をしてきました。


「ええ、そうね。お父様をお待たせするのはお母様の特権ですわ。私みたいな子供にはまだ早いことですわね」


 口角を少し伸ばし、皮肉を込めて執事服の男にいたずらな笑みを浮かべて言葉を返した。


「ふふ、ご冗談を」


 純白の手袋をはめた片手を胸にあてがい、年相応の皺だらけの顔で柔和な微笑みを浮かべ、短いひと言でもって切り返してきた。


 逆に言葉を返されてしまいました。

 悔しいですけど、この男には私の冗談をまともに請け合ってくれるつもりがないらしいですわね。

 いつもこの男との会話に困ってしまいますわ。でも、彼と会話をしているといつの間にか緊張感や恐怖心などの負の感情がスッと、心の中から降りてくるので不思議なのです。


 彼はおそらく、私がいま感じている心にある負の感情を顔で読み取ったのでしょう。お父様とのお食事をする前に、元気のない顔をした娘の顔を見て、夜のひとときが冷めてしまうのを避けたかったのかもしれませんわね。執事セバスティアンの心遣いに思わず、破顔の笑みをもってほころんでしまいますわ。彼には感謝しきれませんわね。


 執事セバスティアン。彼は代々ポリト家の事を陰から支える従者でございます。主な勤めは、この屋敷の設備管理ならびに保守保全業務。そしてメイド達の業務管理という役割が与えられております。


 これら3つの業務を、迅速的確にそつなくこなす彼の手腕は、先代セバスティアンが、彼がまだ幼かった頃に、まるで紙にインクを刷り込ませるようにして、徹底した教育を施したたまものだと言われておりますの。


 セバスティアンという名前はポリト家の当主から与えられる伝統が代々あります。

 その名を名乗るのには多くの過酷な試練が待ち受けております。

 しかしです。多くの志願者の方達は越えられない壁にぶつかってしまい、半ば志で破れ去りってしまいます。それでも、試練を超えられた者達の中から一人だけがその名を名乗ることが出来るので誉れ高き名誉なことなのです。その人は末代まで永遠に語り継がれるのです。


 ちなみに、お父様がポリト家の現当主を務めているのですが、私に関しては残念ながら次期候補のセバスティアンとなる志願者が現れておりません。幼い頃から公募を掛けているそうなのですが、未だに17才のこの歳になっても名乗り出る者がおりません。


 父も密かにあれこれ私のために尽くしてくれているみたいだけど、見つからない状況が続いていることをセバスティアンが嘆いていたりしております。


 正直。執事とかいらないんだけど……。と、庶民的な考えで思ってはおりますものの。セバスティアンがしている仕事は私にはまず無理な話ですわね。


 前の世界で社会問題。現在進行系のブラック労働問題という、いわゆる不当な労働を企業が雇用者に強要している事を指す言葉が存在していたと思います。

 しかし、私の住むこの世界にはブラック労働?なにそれ普通の常識ですわよというのが当たり前ですわ。


 具体的にどのような勤務状態なのかと簡単に説明すると。


 セバスティアンが休める日は一週間に3時間だけです。


 執事たるものが主人の命令に即時対応できぬというのは言語道断の世界です。3時間という休憩は1週間のうちの中の合計の休憩時間を指しております。1日ではございません。


 さすがに睡眠は不可欠なのでセバスティアンが就寝するときは代わりに、当直のメイド達が業務の代行を行っております。奴隷なら容赦がありませんわ。


 こんな生活をずっとあなたは続けられるのか? と、聞かれたのならば即答で無理と答えるのが関の山ですわね。

 そもそも、私はユーデリア・ポリト・ミサイル。この家の主の娘です。

 もし、仮にやらざるをえない時が来たとします。

 そのときは、お父様のお仕事仲間の人たちに業務を押しつければいいかな~と、楽観的な考えを抱きつつ心おきなく気ままなお嬢様生活をエンジョイ! やったぜ!



 と、……話が大分飛躍しすぎたので話題をかえましょう。


 私は、父がいるはずであろう部屋にセバスティアンの先導のもと、キィというきしむ音と共に開かれた扉をくぐり抜けて中へと入りました。


 私が入った部屋はひとことで言うと大広間ですわね。


 とてもとは言いがたいけど、前の世界でこんなだだっ広い部屋があるとすれば、どこぞのセレブが住まうお家に間違いないでしょう。


 部屋の中央の右側にはレンガ造りの暖炉があり、その暖炉の上には、セバスティアンのこだわりなのでしょう。私の家族の写真が納められている写真立てが、見栄えよく飾られております。

 中身は、家族で一緒に笑いながらお屋敷の前で立ち並んで撮影をしたときのものですわね。


 いちめんを白が覆い尽くす天井には、小ぶりなサイズのガラス製のシャンデリアがつるされており、部屋の隅々を余すことなく明りを灯しております。


 ちなみに、電気に関しましては鉄道みたいな中途半端に開発されることはなく、前の世界と同等のレベルの技術がまで発展しており、さすがにLEDとはいえませんが蛍光灯ならぬ『光源灯』と呼ばれております物が世界中に復旧しておりますの。

 

 そして、部屋の中央には大人数でも席を用意することが出来るであろう、重厚な作りのロングテーブルがあり、シミひとつない白のテーブルクロスと共に金のキャンドルスタンドが一直線に複数ならんでおります。


「ミサ参りました」


 部屋の中に入ればこの家の主が上座で待ち構えております。

 いつものようにドレスの端と端をつまんで持ち上げて軽く会釈するのが普段の習わしです。いつもはユリアと名乗っておりますが、このときだけは主が愛する呼び名で入室したことを告げることになっております。それが終わればあとは気楽な家族の談笑で花が咲きます。


「むっ、よろしい。そこに座りなさいミサ」

「はい、お父様。ただいま」


 野太く低い声ながらも、風格を醸し出したダンディーなその声の持ち主は自身の横の席に座りなさいとその席へと手を差し伸べてきました。


 側に歩み寄った私は「失礼します」と一言申し上げてその要求に応えます。

 そしてそのまま静かに席に座ってお父様に対して笑みを浮かべます。

 目の前におります主はこの街に住んでいる者達はこう呼んでおります。


 凍てつく冬も恐れる男と。


 ラスプト・ポリト・ミサイル――別名"ボルク”またの名を"ゴットファーザー"と敬愛を込め、畏怖されております。


 ボルクのいるところ、極寒のブリザードが訪れると、言われるほどの冷酷で残忍な性格のマフィアの親玉として呼ばれており、ほかの弱小マフィアやギャング達からは、ファミリーに逆らえばこの世の地獄を見ることになると言わしめていますの。

 そんな悪魔的な男にも可愛らしい一面がございます。実に悩ましいことですわ……。


「ふぉふぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 会いたかったぞ愛娘よ!!」


 私がこの時間を嫌う理由その1。娘をみて威厳のある父の顔が台無しになることです。子供みたいに大はしゃぎするお父様が見てて気持ちが悪いこと、至極この上ないですわね。過保護な親をもつ私はいつも頭を悩ませておりますの。


「あらあら、お父様。そんなにはしゃがなくてもぉ、ユリアは。ケツを向けるチンピラみたいに逃げたりはしませんわよ?」


 口元に、閉じた手をあてがい淑女の笑みを浮かべるわ・た・く・し。隠した口元は、お父様に見えない程度に絶賛引きつり上がっております。ドン引きするのだから当然だと思いますわ。


(はやくこの茶番は終わらないのかしら……?!)

 

 そう心の中で思いながら仮面を被って猫なで声でお父様をあやすのでした。

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