第35話 付き人がいた……
翌日の天候は雨。強風も吹き、私もこんな日には飛びたくはない。当然、レオンの飛行練習は中止である。
自室にこもり、私はレオンの修了試験対策テキストと実技試験対策テキストを作成していた。そう、もうそんな時期なのだ。当のレオンは遊びほうけているが、今から叩き込んでおけば憂いなし。ちなみに、私はとうの昔に卒業試験に合格している。その経験からいうなら、中等課程1年の修了試験などまだまだ序の口だ。これくらいの勉強自分でやれと言いたいが、なぜか甘やかしてしまう自分がいる。
……はぁ、なんか複雑だわ。
私じぶんの右手薬指にはまっている指輪を見た。やっぱり、やめておいた方がよかったかな。などと思ったところでもはや手遅れ。
ならば、わたしがしっかりさせるしかないだろう。母ちゃんか。私は……。
「あー、これは高等課程の問題だけど入れておくか……」
ちなみに、私が作っているテキストは、中等過程は無論のこと、上級課程の問題も隠し味に入れてある。これ1冊あれば上級課程の中間試験までの座学は問題ない。
卒業試験は実技のみ。これは毎回テーマが変わるので対策のしようがない。言える事は「火」「水」「風」「地」4大精霊全ての力を使った複合魔法であるということだ。
「さて、こんなもんかな……」
山のように書き上げた紙の山に、私は呪文をかけた。すると紙束があっという間に本になっていく。全て纏めて……。
「はい、出来上がり」
積まれた本は16冊と多いが、一気に全部勉強する必要はない。必要なところを必要な時に読めばいいようにしてある。ちゃんと見出しも付けておいた。私はその16冊を一気に持ち上げ男子寮へと向かった。私とて決して力持ちなわけではないが、このくらいなら許容範囲だ。寮に着くと、私は管理人のオッチャンに声を掛けた。
「あのー、レオンいますか?」
すると、管理人のオッチャンが困ったような表情で首を横に振った。
「朝食まではいたんだがな。行き先も告げずにどこかにいってしまったんだ」
次の瞬間、私はレオンの行動を読んだ。あのバカ!!
「オッチャン、この本預かっていて!!」
私の読みだとレオンはかなり危ない。
「ああ、構わないが……血相を変えてどうしたんだい」
私は答えず呪文の詠唱に入った、そして解き放つ。私の体は弾丸のような勢いで空に向かった。大荒れの天候で前もロクに見えない中、「探査」の魔法を頼りにまずは「奇跡のベンチ」に向かう。しかし、そこには誰もいなかった。
……読み違えたか。
「そうなると……あっ!!」
私はあの「手帳」があったことを思い出した。さっそくポケットから「手帳」を出した。素早くレオンのページを開く。
「えっ、街!?」
そう、レオンは街にいた。それも、実家の大邸宅に。完全に読み違えた。
「なんだ、帰ろうっと」
こんな日は無駄に飛ぶものじゃない。私は即座に方向転換し、学校に向かったのだが……。
「どこ、ここ……」
嵐はより一層酷くなり視界はほぼゼロ。ここは「鍛錬の森」上空のはずなので、まず迷いようがないのだが……。現在地が分からなくなってしまった。
「ったく、レオンのやつ。帰ったらお仕置きだからね」
不条理ではあるが、私は勝手にそう決めた。
「しかし、どうしたもんかねぇ……」
つぶやきながら、私は「探査」を広域に切り替えた。すると、学校が表示された。よし、これで帰れる。私はレオンに対するお仕置きを考えながら飛んだ。帰ってみたらそれどころの騒ぎではなくなっているとは知らずに……。
「……なんでこうなった?」
私は心の中で頭を抱えていた。部屋には私以外に2人いる。レオンの家が寄越した侍女である。侍女といってもただのお付きの人ではない。日常の世話から戦闘までこなすスーパー侍女である。どれほどの腕かはすでに実証した。魔法じゃないと勝てない。
「ったく、レオンのバカ……」
事の発端はあの大荒らしの日にレオンが実家に帰り、父親に私と婚約したと正式に報告したところから始まる。レオンのお父様が、こうしてはおれぬと学校に身辺警護を兼ねて侍女2名を派遣。さらには私の実家にまでご挨拶に行ってしまったらしい。お陰で実家からは山ほど手紙が届くわ、2人の侍女で完璧にガードされるわ、目立ちまくるわ、プチパニックである。元からこの部屋は広くないが、さらに狭くなってしまった。
「はぁ……外行こう」
部屋にいても気が滅入るだけだ。私が部屋から出ようとすると、ドアの前で張り番していた2人がさっと避け、1人がドアを開ける。
……なんか慣れないのよね。これ。
そして、寮の廊下を歩く。やや後を2人がついて来るがなるべく気にしない。私が話しかけても何も話さないし、影みたいなものだと思っておこう。私は中庭に出ると、「飛行」の魔法で空に舞い上がった。特に意味はない。あの2人が「飛行」の魔法を使えないと知ったので、1人になりたい時はこうする事にしたのだ。
「とりあえず「ベンチ」に行くか」
ベンチとは言わずもないあの奇跡のベンチだ。素早く飛んでいくと先客がいた。
「あっ、レオン。ちょうど良かった」
ベンチに腰を下ろすと、私はレオンに見張りはどうにかならないかと言った。
「確かにイライザには護衛は要らないよね。屋敷に帰るように言っておくよ」
レオンは笑った。
「なんかムカつく物言いね……。まあ、いいわ。護衛の件はよろしくね」
私はレオンにお願いすると、私はベンチに腰を下ろした。足の下はどこまでも落ちていきそうな高さに濃密な森。地上からここまで登って来る事はまず難しいだろう。
隔絶された2人きりの空間。何か起きたかと言えば……なにもなかった。他愛もない会話を重ねるだけ。しかし、これでいい。なにもないのが1番だ。
「それじゃ、僕は行くね。次の授業は絶対出ないと……」
……待てよ。今は午前中の授業ラッシュのはず。
「またサボったわね!!」
レオンは小さく笑った。
「細かい事言わないの」
そして、レオンは軽くキスしてきた。
「じゃあね、また昼休みにいつものベンチで」
それだけ言い残すと、レオンは決してスムーズとは言えない動きで飛んでいった。
「ふぅ、まだまだね。落ちないだけマシか」
いざという時にすぐに助けられるように準備しながら、私はヨロヨロと飛んでいく姿を見つめながら、私はため息をついた。
「魔法の腕は平凡だけど、剣や体術は結構やるのよね……」
徐々に遠ざかっていく背中に向かって、私はぽつりとつぶやいた。
「よし、からかってやるか……」
私は「穴」からある魔道機を取り出した。ある部分に触れると大量の煙をはきだすという、ただそれだけのよく分からんものだ。この前「穴」の大掃除をしたとき、辛くも生き残った精鋭である。
「さてと……」
私はベンチから飛び降り、森の木々に触れるかどうかというところで急激に水平方向に加速する。ヨロヨロ飛んでいるレオンを追い抜き学校の上空まで来ると、私は魔道機のスイッチを入れて空に大きなループを描く。そして、今度は煙の尾を引きながら、背面飛行でよたよた近寄ってくるレオンの周りをぐるぐる回る。完璧な嫌がらせだ。1回墜落しそうになったレオンだが、それでもなんとか持ち直して飛び続ける。
こうして、私たちは無事に中庭に着いた。私が魔道機のスイッチを切ると同時にすぐさま私の背後に護衛が付く。
「イライザの意地悪!!」
着陸するや否や、レオンが私に文句をいってきた。その途端戦闘態勢に入る護衛2名。
……やりにくい。
「ねぇ君たち、護衛任務は解除。家に戻っていいよ」
レオンの言葉に、挨拶もなしに2人は学校の正門に向かって歩いていった。
こうして、私はプライバシーを確保したわけだが……レオンの家に嫁いだら毎日これだろうか? 気が滅入る話しである。
「そういえばさ。あなたのお父様を筆頭に、私の実家に挨拶に行ったんだって?」
私はレオンに聞いた。
「うん、婚約指輪受け取ってもらったし、結婚すると思うって……!?」
私はレオンにゲンコツを落とした。
「あのねぇ、破棄の可能性だってあるのよ!!」
しかし、当の本人は涼しい顔だ。
「僕との結婚を解消する理由ってある?」
……ほほう。強気に出たな。
「あなたが上級課程に進んで、無事に卒業出来なかったら……分かってるわね?」
瞬間、レオンの表情が変わった。
「べ、勉強してくる!!」
ささっと男子寮に向かって行く彼を見て、私はなんとなく微笑ましい気分になったのだった。
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