第32話 破局?

 その日の中庭、夕日に照らされた中庭のベンチに座ったレオンはいつになく真剣だった。

「なに、そのう○こでも漏らしたような顔して……」

 空気を変えるべく、私はあえてゲスな冗談を飛ばした。

「イライザ。これは真剣な話なんだけど……」

 私が飛ばした冗談は見事に撃墜された。苦手だなぁ。こういう空気。

「ん? なに?」

 わたしも真面目に答える。おふざけではないようだ。

「お父様からの手紙が来たんだ。お見合い相手が来たって。相手はモハーベ王国の有力貴族だってさ」

 瞬間、なぜか私の胸に突き刺さるような衝撃が来た。なんだ、この感覚。めまいまでしてきた……。

「お父様はすでに婚約者がいるって1度は突っぱねたみたいだけど、いわゆる政略結婚ってやつでさ。なかなか上手くいかないみたい。でも、僕はイライザしかみていない。他の人しか考えられないよ。どうしたらいいだろう?」

 レオンの声が半分しか聞こえなかったが、私は次の瞬間無意識で彼にビンタしていた。

「……知らない」

 そして、自分に言い聞かせるようにつぶやく。

「えっ、聞こえないよ」

 レオンの言葉に私は何かが切れた

「自分の結婚相手くらい自分で決められない男なんて最悪よ。もういい、ここでお別れしましょ!!」

 私は首からさげていたペンダントをレオンに投げた。

「じゃあね。お幸せに」

 それだけ言い放つと、わたしはダッシュで寮の自室に戻った。いけね、婚約指輪の片割れを返すのを忘れてた。まあ、いいか。もう知った事じゃない。私はベッドに飛び込んだ。

 ……あーあ、この1年近く何やっていたんだろ。たった1人のガキンチョに振り回されて、結果がこれだ。やってられない。泣くまいと決めていたが、さすがに泣けてくる。悲しさ半分、怒りが半分。どうすりゃいいのさこの気持ち。

「ふざけるのもいい加減にしなさいよ!!」

 私は思いっきり最強の火炎系攻撃魔法を放った。巨大な火球が部屋の天井と屋根をぶち抜き遙か高空で大爆発を起こす。当然大騒ぎになったが、知った事ではない。

「ばっかみたいね。私ったら凄くダサい……」

 とりあえず、私は泣くだけ泣くことにした。泣けば笑える。私はそういう人間のはずだ。

「あーあ、泣くなんてなんて何年ぶりかしらね……」

 大穴が開いた天井から見える空を眺めつつ私はつぶやいた。こんな時ぐらい弱い私を見せてもいいだろう。誰も見ていないのだから。

「これが失恋か。結構くるわね……」

 こうなってみると、自分の中でレオンに置いていた比重が大きかった事が分かる。果たして、忘れられるだろうか……。

「忘れられるか。バーロー!!」

 叫んでみても、破壊した空は何も言わない。当たり前だが明日から1人である。政略結婚とはいえ貴族のお嬢さんと、しがないパン屋の娘では勝敗は明らかだ。もう恋愛なんぞするもんか。ずっと1人で淡々と教師をやるだけである。

 とりあえず「修復」の魔法で天井と屋根の大穴を塞ぎ、私はベッドの上でため息をついた。私も引っ張ったのが悪いが、こういう形になるとは予想してしかるべきだった。

「あーあ……」

 すると、部屋のドアがノックされた。

「はい」

 涙を拭いて返事すると管理人のオバチャンの声がした。

「何が起きたか知らないけど、大泣きでレオン君が来ているわよ。あとペンダントを預かっているんだけど……」

 私の胸にずしりと何かがのしかかる。追い返してと言おうと思ったが、オバチャンを巻き込むわけにはいかない。私は部屋を出た。

「あら、イライザちゃんも泣いていたの?」

 とりあえずペンダントを受け取ると、オバチャンを適当に誤魔化し私は寮の出入り口に向かった。すると、レオンが大泣きで待っていた。

「なに?」

 私は冷たい声でレオンに言った。演技ではない。

「僕の言葉が間違っていたよ。僕の結婚相手はイライザしかいない。お父様にはイライザと結婚するためなら家出するって伝えてあるよ」

 レオンはすがるように言って来たが、私が反射的に返した言葉は冷たかった。

「それで? 私はもう恋愛しないって決めたから……」

 あー違う。そんな事言いたくない!!

「イライザ……そんなに簡単に僕の事嫌いになっちゃったの?」

 私はなにも答えず、ただ無言でペンダントを首から下げた。

「……そんなに簡単に嫌いになるか。アホ」

 私は小声でつぶやいた。嫌いになれたら苦労はしない。

「えっ、なに?」

 レオンが聞き返した。悟れバカ。

「恋愛を継続するか別れるかは保留。それでいいでしょ?」

 悟れないバカに私は言った。

「ホント!? 僕頑張るよ!!」

 いきなり満面の笑みで答えてきたレオン。なにを頑張るのやら……。

 しかし、私もお人好しだ。本当に。

「まあ、せいぜい頑張りなさい。1回消えた火をおこすのは大変だから」

 私は言いながらも、なぜかホッとしていた。もしレオンがすぐ追いかけてこなかったら……完全に終わっていただろう。

「うん、頑張るよ」

 レオンは猛ダッシュでどこかに行ってしまった。重ね重ね、何を頑張る気だレオンよ。

「やれやれ、気がついたら元の鞘か。いーけど疲れたわ」

 私はつぶやきながらある決心をしていた。人生を賭けた決意を。


 翌日早朝、私はレオンから預かっていた婚約指輪を見つめていた。結婚指輪ほどプレッシャーはないが、やはり緊張するものだ。

「あー、たかが指輪で何やってるのよ」

 こういうのは勢いだ。私は勢いよく左手の薬指に指輪をはめた。これで、正式にレオンと婚約したことになる。いずれあのボケナスが旦那になるのだ。少々……いや、かなり不安ではあるが、私もちょっとは素直になろうと思ったのだ。後悔は……多分ない。

「さて、やることやったし、飯だ飯!!」

 私は部屋を出るとすぐに食堂に向かった。私の指輪に気づく者はいない。話が省けて楽である。こうして朝食を終え、何とはなしに中庭に散歩に出る。ぐるりと回って裏庭まで回るとそこにはレオンがいた。朝も早くから格闘練習をしている。ご苦労さんだ。

「レオーン!!」

 私はレオンに声をかけた。

「あっ、イライザ。おはよう」

 レオンが訓練の手を休めて挨拶してきた。

「おはようさん。これ付けたわよ」

 私は右手を見せた。瞬間、レオンがパッと笑顔を浮かべた。

「ついに付けてくれたんだね」

 レオンは私の右手を取りマジマジと見つめる

「ここまで手間を掛けて、誰かに持って行かれるのも癪だしね。予約したわよ」

 レオンは生き生きとした表情を浮かべた。

「もっと格闘の練習をして、イライザの事を守る!!」

 息巻くレオンに私は言った。

「腕っ節の強さだけじゃ、私を守れないわよ」

 レオンはきょとんとした表情を浮かべた。

「それは自分で考えなさい」

 レオンはふくれっ面になった。

「ケチ!!」

 私は小さく笑った。

「自分で気がつかないうちは甘ちゃんよ。まあ、頑張って」

 そう言うと、私は寮に戻ったのだった。

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