第30話 しつこい魔法庁

 翌日、相変わらずレオンは張りぼて相手に練習していた。

「ねぇ、あなた剣よりも格闘の方が向いているんじゃないの? 1回反吐吐かされたし」 そう、全くもって不覚なのだが、私はレオンに1度だけ負けている。

「そういえばそんな事もあったね。でも、あれはイライザが油断していたからで……」

 私はレオンの鼻をつまんだ。

「いたたた!?」

 何とか逃れようとするレオンだが、それを許す私ではない。

「あのねぇ。魔法使いっていうのは、例え寝ている時でも警戒しているものなの。魔法っていう絶対的な力が使える分先に潰されるのよ。分かった?」

 私は悲鳴を上げ続けるレオンを離した。

「痛いよ。イライザ……」

 鼻を男を抑え半泣きのレオン。

「つまり、そんなわけで、格闘で私を倒したあなたは凄いって事。ねっ、後ろの人!!」

 私は振り向きざまに腰のベルトに引っかけてあったナイフで虚空を切る」

「えっ!?」

 レオンが背後で声を上げた。

「おっと、危ないじゃないか……」

 背後の空間が揺らぎ、予測どおりあの魔法庁の役人が出現した。同時に、5人の黒ずくめも出現する。

「今度はなに? 退院のお見舞いにでも来てくれたわけ?」

 軽口をはさみながら、私は背後でレオンにサインを出す。複雑なものになってしまったが、これは致し方ない。レオンは軽くうなずくと、そのまま猛スピードで校舎に飛び込んでいった。

「おやおや、君の彼氏は逃げてしまったようだね。まあ、無理もないが」

 全く気がついていない魔法庁の役人は、例によってねちっこい声でそう言って来た。バーカ。今度こそあんたを殺す。

「さて、無駄話が過ぎたな。またも申し上げにくいが、付いてきて貰おうか……」

「アイシクル・ランス!!」

 私の放った氷の矢は、その俊足さを遺憾なく発揮し、魔法庁の役人のこめかみをかすめた。わざと外したのだ。まだ早い。

「う、うわ、血が……」

 役人が大げさに騒ぐ間にも、私は究極の防御魔法を放った・

「ディス・スペル!!」

 瞬間、黒ずくめたちの魔法が全てキャンセルされ光を失う。そして。私も魔法を使えなくなった。これは、対象範囲の中では一切魔法が使えなくなる魔法だ。ゆえに究極なのである。

「さーて、楽しみましょうか……」

 私は剣を抜きさやを地面に捨てた。まだ痛みはあるが戦えないほどではない。黒ずくめたちが一斉に抜剣して突撃してくる。5対1。やるしかない。

 その時、いきなり学校中に警報がなった。最大音量で。いきなりの事で焦ったか、黒ずくめのうち2人も殺気が乱れた。それを逃す私ではない。剣を片手に埋め寄ると、まずは容赦なく2人を片付ける。これは正当防衛なので法的にも問題ない。そして、続いて3人目ではあるが……振り向きざま剣を受け止めた瞬間、私は最強の呪文を唱えた。

「……あの人全然お金がないわよ。調べたんだけど、魔法庁をクビになって退職金もないみたいだし、確実に後金は出ないと思うわ」

 黒ずくめに明らかな動揺が見られた。

 ……ふふふ、情報は剣よりも強し。

 3人目の黒ずくめが剣を引いた。その情報は4人目、5人目に広がって、辺りはなんだか虚しい空気になった。

「こ、こら、お前らなにやっている!!」

 「元」役人が喚き散らすが、3人になった黒ずくめは動こうとしない。もし魔法が使えるなら、とっとと逃げているだろう。私がこんな防御魔法を使ったのはこのためだ。

「あのさぁ、威張り散らしているなら、あんたがくれば。ちょっと貸して」

 すでに戦意がない黒ずくめの1人が剣を貸してくれた剣をもち、「元」役人の足下に置いた。震える手で「元」役人は剣を取ると、いちおうまともな構えをとった。

「じゃあ、行くわよ!!」

 そして始まる剣戟。意外と使えるようで、まともな斬り合いにはなっている。しかし、こんなのお遊戯レベルだ。わたしはまだ本気を出せない。今倒してしまったら、正当防衛が成立しない。しばしののち、レオンが裏庭に駆け込んできた。

「『逮捕状』と『「対人攻撃許可証」』が出たよ。お父様の護衛団ももう来ている」

 そう、私がサインでレオンに指示したのは、警報を鳴らすこと、「逮捕状」または「対人攻撃許可証」を取る事、そして、レオンのお父さんの護衛団を呼ぶことだ。これだけそれば問題はないだろう。

「何だって!?」

 私と剣を交えていた「元」役人ががっくりと膝を落とす。

「あなたに選択権をあげる。『逮捕状』で素直にお縄に付くか『「対人攻撃許可証」』でこの場で死ぬか……」

 私の声に「元」役人は顔を上げた。

「た、助けてくれ!!」

 涙と鼻水で顔はグチャグチャ。みっともないったらありゃしない。私は黙って剣を振った。

「ぐわっ」

 私の剣の切っ先は「元」役人の顔を袈裟懸けに斬った。もちろん致命傷ではない。浅くしかし消えない程度だ。

「レオン。『逮捕状』の方で。そっちの黒ずくめさん達は好きにしていいわよ」

 私は鞘を腰のベルトにもどし、そこに剣をしまった。

「俺たちはいいのか?」

 3人に黒ずくめ聞いて来た。

「今度から雇い主は選んだ方がいいわよ。特に役人は安月給だから」

 そう言って右手をひらひらさせ。私は裏庭を後にした。ここからはレオンの仕事である。

 ドヤドヤと校内に駆け込んできたレオン宅の防御団をかき分けながら、私は寮の自室に戻ったのだった。

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