第28話 万引き受けます
今日も今日とて暇だったので、私は寮の自室にいた。天気は雨。あまり気分は上がらない。そんな時だった。部屋のドアがノックされた。
「はい」
私が返事すると、管理人のオバチャンの声が聞こえた。
「面会希望者なんだけど、今大丈夫?」
私に面会希望とは珍しい。今行きますと言ってから、私は寝ころんでいたベッドから下りた。適当に寝ぐせを直しドアを開けるとオバチャンがいた。
「談話室に通してあるわ。すぐにわかるはずよ」
オバチャンはそう言って管理人室の方へ行ってしまった。さて、こちらは談話室だ。寮生の憩いの場として、または勉強する場として、この寮には少し広めの広場のような部屋がある。机が5つほど並び片づけてはあるものの、なんとなく雑然とした談話室の中には、1人の女性が椅子に掛けて待っていた。あっ、いけね。名前聞いてなかった。
「あなたがイライザさんかしら?」
女の人が立ちがり、私に問いかけてきた。長い黒髪で美人といっても過言ではないだろう。まして」
私はとりあえず礼をする。
「あっ、ごめんなさい。私はアリア・リードと申します」
同じく頭を下げるアリアさん。明らかにこの学校の者ではない。
「それで、単刀直入に伺います。私に依頼とは?」
アリアさんは1枚の写真をハンドバッグから取り出した。
「このペンダントを捜して頂きたいのです。この街にくる途中で落としてしまったようで……」
それは、私が首から下げている魔法薬が入った瓶くらいの大きさだった。これを捜せと……。
「率直に言いますとかなり困難です。街の警備隊には届け出は?」
暗にこんな面倒な事やっていられるか!! と言ったようなものだ。アリアさんの回答はある意味予想通りだった。
「はい、すぐに届け出たのですが、なかなか動いて頂けないようで……」
アリアさんの顔に曇りが見えた。あのアンポンタン共は、上から命令でもなければまともに動かない。まして、こんな小さなペンダントを捜そうとはしないだろう。
「全くあいつらは……。事情は分かりました。私はもう卒業が決まっていますが、まだ身分はこの学校の学生です。それで対応できる範囲でよろしければ引き受けます」
……あー、お人好しのバカ!!
「ありがとうございます。お礼は……」
私はアリアさんの言葉を手で止めた。
「ここの規則で、いかなる場合であっても報酬を受け取ってはならないと決まっています。お礼は必要ありません」
私はきっぱりそう言いきった。
……バカヤロウ、自分のバカヤロウ。どこまでお人好しなのよ!!
「いえ、そのようなわけにはいきません。このような依頼を受けて頂いて、あとで何らかのお礼をさせて頂きます」
アリアさんが意外と粘る。謝礼は受け取れないが、そこで押し問答している場合ではない。
「謝礼の件はともかく、その写真を貸して頂けますか?」
私はアリアさんに言った。
「はい、どうぞ」
丁寧な物腰で私に写真を差し出すアリアさん。私はそれに手をかざした。細かい事は省くが、この世界にある物は全てわずかに波形が違う魔力を持っている。微細に放射されるそれを捉えて1枚の写真にする機械がカメラだ。つまり、その逆を辿ればどういう魔力波形を持つものなのかが分かるのである。私は魔力波形を紙に書き取っていく。まるで子供が描いたかのようなグチャグチャの絵に見えるが、これこそがその波形だ。
「アリアさん、どちらにお泊まりですか?」
必要な情報は手に入れた。後は捜すだけだ。その連絡先を聞いておく必要がある。
「はい、管理人さんの計らいで、こちらの空き部屋を使わせて頂くことになりました。場所は複雑ですが、管理人さんに聞いて頂ければ分かるかと……」
なるほど……。この女子寮は増改築を繰り返しているので、中はちょっとした迷路になっている。ここにアリアさんがいるなら、色々と便利で助かる。
「分かりました。では、何かありましたら報告します」
私の言葉にアリアさんは深々と頭を下げたのだった。
次の日は天候は晴れだった。物探しにはちょうどいい天気。外出許可を取り、私は早朝から動いていた。あの魔力波形は全て記憶している。まずは街道上だ。「窓」には何も表示されない。この魔力波形を逆に辿れば、捜し物が「復元」出来るのでは? と言われてしまいそうだが、そうは甘くない。過去に何人もの魔法使いがチャレンジしているが、術式中に命を落としている。おかげでこの試み事態が法律で禁止されてしまった。つまり、オリジナルを捜すしかないのだ。
「うーん、やっぱり街道なんて甘くはないか……」
街道を行き交う人たちの中には。低空を飛ぶ私に手を振ったりしてくれる子供もいるので、手を振り返すサービスも忘れてはいけない。そんなこんなで昼になり、私は学校の中庭に戻った。そこで待っていたのはレオンだった。
「やっと100枚書いたよ。ご褒美頂戴!!」
私の顔面に接近してきたレオンに裏拳をかましながら、私はこの周辺の地図に目を落とす。今回捜すのは最大でも隣町までと決めていた。それ以上になると際限がなくなってしまう。隣町を出発するときはあったとアリアさんから聞いているし、レオンはまだ飛行の魔法が使えないので戦力にはならない。
「どうしたの、真剣な顔をして?」
レオンが不思議そうな顔をしている。
「仕事よ。落とし物捜しのね」
地図から目を離さず私はレオンに返した。
「仕事かぁ。お疲れさま。僕に手伝える事ってある?」
うーん、特にないかな。
「大丈夫。レオンは普通に勉強していて」
レオンがうなずいた。
「分かった、頑張ってね」
レオンは手早くサンドイッチを食べると男子寮の方に向かっていった。
「さて、行きますか」
私は「飛行」の魔法で一気に空に上がった。最近は空を飛べる魔道機が開発されたと聞くが、機械技術の進歩は恐ろしい。それはともかく、私は探索地点を街にした。
街道沿いにないとすれば、街を捜すのがセオリーというものだろう。探索前にアリアさんから大体の足取りは聞いているのだが、街で1泊している事は確認済みだ。
「さーて、出るかな……」
街の壁を飛び越え、私はまず比較的高めの高度で街全体を「探査」の魔法で探索する。高度を上げるほど精度は落ちるが。ちまちまやっていたら切りがない。
「さてと……」
人などの反応をフィルタして、目標のみを表示させるように設定する。探索範囲が狭くなるが、精度重視で街を隈無く探っていく……さすがに王城までは調べられない。迂闊に王城の上空を飛ぼうものなら、宮廷魔法使いに迎撃されてしまう。
しかし、それでも王城スレスレまでは飛んだ。いちおう、敵意がないことを示す青い光球を打ち上げたが、応答はないだろう……おや? 王城のあちこちから青い光球が上がる。これは、王城の上空飛行許可だ。
「珍しいこともあるものね。ちょっと驚いたわ」
まあ、せっかくウエルカムと言っているのだから、遠慮なく上空を飛ばせてもらおう。私は滅多に……というか初めて上空から王城を眺める。ちょっと感動だ。しかし、「窓」から流れたピーという音が全てを吹き飛ばした。
「えっ、ここぉ!?」
目標物を示す青い点は、街の中心にある。そう……王城に。
「なんでこんな場所に……」
私は王城からやや離れ家の屋根にかするくらいまで高度を落とすと、青い光球を連発しながら王城に向かって飛ぶ。怖いもの知らずとはいわれるが、さすがに城壁内に直接は降りられない。ちなみに、私が放っているのはただの青い光球ではない。万一攻撃魔法を撃たれた時でも、そちらに向かって引きつける囮の役目も兼ねている。程なく王城の巨大な城門が見えて来た。詳細モードの「窓」にも青い点が急速に近づいて来ている。あとわずかだ。今のところ王城に動きはない。
「このまま黙っていてよ……」
私は通常では許されない行動にでた。空を飛んだまま城門の上を通り越えるべく、一気に加速したのだ。その途端、城壁に設置されている魔道機が一斉に光の矢を放ち始めた。存在は知っていたが、これが自動迎撃システムか……。王城の周囲には家がないので出来る芸当。関係ない人に当たっちゃったらごめんねという無茶な機械だ。
「たまらないわね。これは……」
狂ったように光の矢を放ち続けるそれは、急遽展開した防御魔法にぶち当たって小爆発を繰り返している。このままでは防御魔法がもたない。
「仕方ない。やるか……」
私は威力を最小限に抑えた攻撃魔法の準備に掛かった。呪文を唱えると光の矢の嵐をかいくぐって、私が放った氷の矢が城門上の魔道機を吹き飛ばした。途端に周囲は静かになる。
……絶対あとで怒られるわね。
半ば覚悟を決めつつ、私は城門を越えた。最初の光球のやり取りで上空通過は許可してくれたが、敷地内進入までは許可していないだろう。城の警備隊が出てくる前に、事を済ませなければならない。「窓」の青い点と現在地を示す緑の点が重なった。
……さぁ、どこだ!!
すると、城門から城の玄関まで繋がっている石畳の上にキラリと光るものがあった。いちいち確認している暇はない。私はお腹を擦るくらい地上すれすれに飛ぶと、それをかっさらって一気に上昇。わざと学校とは違う方角に向かって飛んだ。これは追跡を回避するための基本行動だ。小一時間飛んでから。私は全速力で学校に帰還した。
「間違いないみたいね……」
中庭に降り立った私は手の中の物を確認した。間違いない。あの写真にあったペンダントだ。
「これでよし。アリアさんには、ちょっと事情を聞かないといけないわね」
王城の庭でこれを発見したということは、アリアさんがあそこにいたという証拠である。少なくとも、一般人でないことは間違いない。そんな事を考えているうちに、私は女子寮に到着した。
「アリアさん、見つけましたよ」
談話室でなぜか絵本を読んでいたアリアさんが、私の方を振り向いた。
「ありがとうございます!!」
私からペンダントを受け取るとアリアさんは礼を述べた。
「1つお聞きします。あなたは王族ですか?」
アリアさんの動きが固まる。
「そのペンダントは王城の敷地内で見つけました。一般人では入れません」
私はさらに追い込みをかける。
「……バレてしまいましたか。私はギザール王国の第3王女です。この国にはお会いしたこともない方と結婚するためにやってきました。しかし、その方があまりにも……」
アリアさんはそこで言葉を切った。その目には涙が浮かんでいる。
……なるほど、政略結婚というやつか。
「無理しないでいいですよ。大体察しがつきました」
私はアリアさんにそう言った。つまり、相手と合わなくて逃げ出したというわけだ。
「お心遣い感謝します。……あの、大変申し訳ないのですが、しばしこの学校に匿って頂けませんか?」
……そ、そうきたか。
「私は構いませんが……まずくないですか。政略結婚でこの国に来たのに、逃げてしまうというのは……」
私は正論を言った。多分間違った事は言っていない。
「もちろんそれは承知しています。しかし、心の準備が必要なんです。あの癖が強い方と結婚するには……。どうかお願い出来ませんか?」
……お願いに弱い。それがお人好しだ。
私は呪文を唱え、アリアさんの服を高等課程の制服に変えた。
「こ、これは?」
自分の体を見回しながらアリアさんが驚きの声を上げた。
「目立たないように魔法で制服に変えただけです。私より年上だと思いますので、違和感のないように高等課程にしておきました。あとはこの寮でそっと過ごして下さい」
私が小さく笑うと、アリアさんは抱きついてきた。
「ありがとうございます。このお礼は必ず……」
アリアさんが離れるのを待って、私は軽く息をついた。
「お礼は禁物ですよ。なにもないところですが、ゆっくりしていってください」
私の言葉にアリアさんは今度は丁寧に礼をしたのだった。
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