第26話 魔法庁の横やり

 アリスを先生に預け、私とレオンはごく普通の生活に戻った。最近バタバタしていたので、2人でのんびりするのは久々だ。

「ところで、中間試験の結果はどうだった?」

 私はレオンに聞いた。すると、彼は満面の笑みで答案用紙を差し出した。

「これもイライザのおかげだよ」

 レオンが差し出した答案用紙を見ると98点。惜しい。

「実技は?」

 実技に答案用紙はないが、評価シートというものがある。各人10点満点で減点法で採点されるのだが、レオンのそれは10点。つまり、満点だった。

「まずまずね。中間でこれだけ取れれば十分よ。修了試験はこんなもんじゃないから、覚悟しておいてね」

 レオンがえーっというが、初等課程から中等課程に上がるのとはわけが違う。高等課程は半分1人前の魔法使いというレベルだ。そんなわけで、中等過程から上等課程に上がれるのは、毎年3割くらいである。

「さてと、ご飯終了。あなたはこれから授業でしょ。私は……どうしようかな」

 サンドイッチが入っていた紙袋を近くのゴミ箱に投げ、私は思案にくれていた。このところ忙しかったので、急に暇になると困る。

「まあいいや、校庭の草むしりでもしてるわ」

 私は誰ともなくつぶやいた。

「……本当に暇そうだね」

 レオンが問う。そんな暢気な会話をしていた時だった。文字通り人が空から降ってきた。

「やあ、イライザ君。そして、お初にお目に掛かるレオン・センチュリオン君。取り込み中申し訳ないねぇ」

 それは、いつぞやの魔法庁の役人だった。今度は3人ほど仲間を連れている。

「面倒くさい話は抜きだ。君たちを準魔法使用の罪で……」

 役人が最後の言葉を言う前に、馬鹿でかい声が聞こえて来た。

「ちょと待ったー!!」

 慌てて周りを見ると、校舎から4人ほど人が来るのが見えた。

「イライザ、これなんなの?」

 レオンが顔中?マークを一杯にしながら聞いて来た。

「やれやれ、また魔法庁かのう…… 」

 4人のうち1人は、なんと校長先生だった。

「無許可で学校の敷地内に入るなとあれほど申し入れしてるのに、魔法庁の耳は節穴かの」ぅ」

 威厳いうか、迫力が違う。周囲の空気が固まっていく……。

「話はそこのイライザ君から聞いておる。準禁術魔法使用罪や禁術使用罪は、本人が意図して使った場合に限られておる。違うかの?」

 校長先生の問いに、魔法庁の役人の顔に脂汗が浮いてきた。

「し、しかし、意図したかどうかは……」

 役人が何とか切り返す。

「証拠が欲しいのじゃろう? ほれ」

 校長先生は虚空に窓を開き、何かの映像を再生し始めた……。ってこれ!?

 そこに映っていたのは、レオンがあの呪文を唱えた時だった。音声もバッチリ再生されている。そして、私たちが退室したところで窓が閉じた。撮られていたとは……。

「ほれ、これが明確な意思と思えるか? わしには単なる魔法事故のように思えるが?」

 校長先生はさらに追い込みをかける。そう、魔法事故なんです。こんな変な魔法、好んで使うバカはいないだろうに。

「で、では、なんでこんな危険な代物を置いてあるんですか。何度も撤去を申し入れているはずですが……」

 形勢不利とみたか、今度は校長先生に矛先を向けた。

「撤去は出来ん。今は召喚術の練習のみに使われておるが、昔は高度な魔法の練習を行う場所だった。その記録が残っておる。いわばこの学校……いや、この国の宝じゃ」

 ……へぇ、そうだったんだ。

「では、なぜ呪文の変換機能を? これは法にも抵触しますよ」

 役人が唾を飛ばしながら言う。

 ……魔法は唱えたら終わりまでその責任を持つ。これは魔法使いの鉄則だ。確かに法律にも書かれている。呪文変換など認められないはずだが。

「あれは安全装置じゃ。召喚魔法使用について装着が必須になっておる。それに、君は見たことがあるか? 魔法事故で亡くなった遺体を。原型を留めないほど破壊された体を……。吹き飛んだ首を……」

 校長の言葉に魔法庁の役人が見る間に顔を青くする。実際、そこまで大きな魔法事故は少ないが、使った魔法の種類によってはあり得なくもない。

「レオン君の放った魔法で誤変換が発生し、今の事態を招いているのは承知しておる。イライザ君はそのレオン君を助けている幇助に当たる事も承知じゃ。しかし、今回の場合はそもそも犯罪にならない。ただの魔法実験中の事故じゃ。それでも逮捕するというのなら……わしにも考えがある」

 校長先生はなんだかどす黒い笑みを浮かべた。

「それに、罪を犯しているのはそっちの方じゃ。無許可で魔法学校内に入る学校独立法違反に不法侵入、ロクに調べずに無実の者に罪を着せようとしたえん罪防止法違反……」

 校長先生は朗々と罪を並べていく。さすが校長先生。私じゃここまで出来ない・

「以上じゃな。この件については、正式に魔法庁に抗議文章を送っておく。まあ、孤島に飛ばされないよう頑張るのじゃな」

 3人の役人は顔面蒼白のまま固まっている。

「立ち去れーい!!」

 校長の大きな声で3人の役人は我に返ったようだ。慌てて空に舞い上がった。

 ……すげぇ。

「あの……ありがとうございます」

 私は校長先生にお礼した。

「なに、わしは魔法庁が嫌いなだけじゃ。それに、礼はいらんぞ。そなたたちにも、相応の罰を与えねばならぬ」

 ……うげっ、やっぱり。

 校長先生の後ろに控えていた男の先生が静かに大きな木箱を開ける。

「イライザ・レオパルト、そなたは高度な古典魔法を打ち消す魔法薬を創り出すというとんでもない偉業を成し遂げた。よってここに特一等金色勲章を授与する!!」

 ……へっ?

 校長先生はニヤリと笑い木箱から文字通り金色に輝く記章を私の制服に付けた。この学校には業績に応じて様々な勲章があるが、特一等金色勲章はその中でも最高位である。まさかもらえるとは……。

「そして、レオン・センチュリオン。君にはこれだ」

 木箱から見たくない分厚い紙束が取り出された。魔法筆記不可能な反省文用紙……。

「そ、それは……」

 顔を青くしてレオンは紙束を受け取った。

「事の大きさを考えれば、放校よりまだマシじゃろうて。提出期間は1ヶ月くらいじゃろう。頑張るように」

 そう言い残して、校長先生は去っていった。

「あのさ、全然口を挟めなくて状況が読み込めていないんだけど……」

 レオンが困ったように言う。

「あーそっか。ちょっと前なんだけど、朝っぱらから魔法庁の役人が私のところに来てね。逮捕するだのなんだの言って来たのよ……。まあ、その時は蹴散らしたんだけど、まさかまた来るとはね」

 面倒でつい描写を忘れていたが、実はちょっと前に役人が来たのだが、適当にあしらっておいたのだ。全くしつこい男は嫌われるぞってね。

「えっ、そんな事があったの?」

 本気で驚いたようにレオンが声を上げた。

「あったの。まあ、目覚ましにはちょうど良かったけど」

 すると、レオンが真顔になった。

「なんで言ってくれないの? 僕が頼りないから?」

 ……あー始まった。

「レオンに心配かけたくなかったのよ」

 私は嘘をついた。過剰反応するでしょ? なんて言ったらそれこそ過剰反応する。

「心配って……言ってくれない方が心配だよ。僕じゃなにも出来ないけれど、お父様なら……」

 私は人差し指でレオンの口を押さえた。

「そのお父様が嫌なの。これ以上借りを作ったら、返せる自信がないもん」

 例外事項はあるが私は基本的に人を頼らない。あのときこうしてもらったから、今回は私が……というのが嫌いなのだ。

「借りって……あれは僕を元に戻すために魔法薬の原料を送ったんだよ? むしろ、貸しだと思うけどなぁ……」

 ……そうでした。そうでしたわね。

「じゃあ、レオンに頼むけど、なにかとうるさい魔法庁を黙らせてくれるかな。また来たら面倒くさいしね」

 レオンは大きくうなずいた。

「分かった。さっそくお父様に連絡する!!」

 言うが早く、レオンは男子寮に向かって行ってしまった。

 ……おーい、まだ授業中だぞ。

 そう思いながら、私は制服に付けられた金色の記章に目を落とした。大変な事をやってのけたんだなと実感しながら。

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