第25話 第二次中間考査
「マリー・マクウェルか。大丈夫そうね……」
私がメモ帳で見ているのは、あの女の子である。途中経過は分からないが、どうやら助かったようだ。この学校は街の外にあるので、何かあっても診療所まで運ぶ時間がない。そこで、学校内で起きた怪我人や病人はここの医務室で対応する事になる。パタンとメモ帳を閉じ、私はベンチの背もたれに身を預けた。隣にレオンはいない。試験は延期になったが通常の授業がおこなわれている。
「さてと、部屋に戻りますかね……」
ここでひなたぼっこも悪くないが、いかにも暇人そうでなんだかアレである。
私はゆっくりと寮の部屋に戻り、本棚にギッシリ詰まった本の中から「回復魔法と魔法薬について」という本を読み始めた。ほぼオールラウンダーな私だが唯一回復魔法だけは苦手というかあまり得意ではない。理由は簡単で、超が3つくらいつくくらい難しいからだ。体の構造をよく知っておく必要があるし、それを目をつぶってでも思い出せるようにしておかなければならない。これが回復魔法を使う上での最低条件。あとは相手の容態に応じて、適宜対応という形になる。今回、相手が重傷だったとはいえ、レオンとの合成魔法に頼る事になってしまった。それが悔しいというか何というか……。ともあれ、回復魔法をもう少し何とかしようと思ったのだ。
「レオンのやつ、私よりちゃんとした回復魔法使いやがって……」
……いかん、本音が。
そう、私が座学で教えたとはいえ、レオンの回復魔法はパーフェクトだった。まさしく教科書通り。私はそこをちょっと崩して調整するだけだった。あの子が助かったのはほとんどレオンのお陰。それが悔しいのだ。
「レオンに出来て私が出来ない事なんてない!!」
私は読み終えた本をパタンと音を立てて閉じた。次々に本を換えて、手持ちの本を全て読み終えた頃には、放課後を示す鐘が鳴っていた。
「さて、あとはレオンをボコボコにして、実証実験をやるだけね」
最後の本を読み終えると、私はいつも通り中庭に向かった……。なぜか部屋にあた鉄パイプを持って。
「あっ、イライザ!!」
なにも知らないレオンがニコニコ笑顔でこちらに向かってきた。そんな彼に向かって、私は思いきり鉄パイプを振り下ろした。
「ええええ!?」
ニコニコ笑顔を貼り付けたまま、レオンは私の鉄パイプを白羽取りした。
……やるな。
「い、イライザ、これは何の冗談!?」
私は答えず、さらなる攻撃を加える。しかし、レオンに当たらない。あるものは見事な体裁きで避け、あるものは受け止め、全然有効打を当てられない。
……くっそ、チビだからやりにくい!!
「……バインド!!」
イラッときた私はついに魔法を使った。これは、相手を動けなくする魔法だが……。
「防御、並びにバインド!!」
……うお!? 防御した上にカウンター魔法。上級技だぞ!?
私は飛んできた緑色の光球をギリギリ避け、そのままレオンと対峙する。
「イライザ、どうしたの? なんか殺気が……」
レオンが息一つ乱さず言った。
「あんたには恨みはないけれど、これも私の魔法技術の向上のためよ」
対する私は肩で息をしている状態である。レオンのくせに余裕綽々である。私の負けはほぼ決定的だった。認めたくないけど。
「よく分からないけど、そんなもの降ろして話ししようよ。話せば分かるから……って、無理か」
瞬間、レオンの姿が一瞬消えた。ん!?
そして鳩尾辺りに強烈な打撃が撃ち込まれ、私は思わずその場に膝をついてしまい、胃の中のものを全て吐いてしまった。
「ごめんね。手加減はしたんだけど……」
私の背中をさすりながら、レオンが心配そうに言う。くそ、何やった今!?
ようやく嘔吐がおさまり、見上げればニコニコ笑顔のレオン。くっそ、ムカつく!!
「これで落ち着いたでしょ。あっちのベンチで話そう」
私の吐瀉物塗れで汚い手を気にせず掴み、レオンはベンチに向かっていった。黙って付いていく私。かっこ悪いったらない。
「どうしたの? なんか嫌なことあった?」
ベンチに腰を腰をおろすとレオンが聞いてきた。
「嫌なことっていうか……はぁ、全部話すわよ」
我ながら情けないが、私はレオンに全部ぶちまけた。
「なるほどねぇ、イライザもそういうところがあるんだね。やっぱり可愛いよ」
レオンはこれ以上はないくらい楽しそうに笑った。
……笑うな。バーロー!!
「言っておくけど、私はこういう人よ。婚約はまだ考えた方が……」
私の言葉を遮って、レオンがキスしてきた。
「ますます好きになっちゃったよ。でも鉄パイプで僕をぶん殴るのはやめてね。疲れるから」
私の顔を見上げながら笑うレオン。
……自分の魔法のために鉄パイプで殴りかかる女が好き。ヘンタイか!?
「だいたい、怪我人ならもういるじゃん」
そう言ってレオンが指差したのは医務室だった。
「あそこにまだこの前大けがした女の子がいる。試してみるにはいいんじゃない?」
……確かに。言われてみれば怪我人がいた。
「じゃあ、行ってみましょうか。ちょっと手を洗ってくる」
中庭の洗い場で手を洗い、私とレオンは医務室に向かった。
「どうした?」
出迎えた魔法医のじいさんに、私は女の子に回復魔法を掛けたい事だけを伝えた。
「精一杯やってるから大丈夫じゃ……と言いたいが、どうも腰の具合が悪くてな。回復魔法を使ってくれるのはありがたい」
この医務室の設備は下手な街の病院より充実しているし、詰めている魔法医もかなりの腕前だ。しかし、腰痛には勝てなかったらしい。
「じゃあ、失礼して……」
私とレオンは医務室に入り、そっとベッドに寝ている女の子に近づいた。整った呼吸はしているが、まだ意識は回復していないらしい。ただ静かに寝ているだけである。
「ではまず……」
回復魔法の手順にのっとり、私は女の子の体に手をかざした。そして呪文の詠唱。その手に魔法の光が点る。ここまでは教科書通りだ。あとは私なりのアレンジを加えていくことにする。次の呪文を唱えると、私の手に点っていた光が激しくなり、部屋全体を照らすほどになった。隣で見ていたレオンが小さな声を上げた。
「す、凄い。これがイライザの回復魔法……」
魔法に集中しているために、言葉で返事は出来なかったが軽くうなずいておく。そして、仕上げだ。私はさらに、呪文を立て続けに3つほど唱えた。魔法使い用語でいう複合魔法というものだ。全ての呪文を唱えた時、部屋は真っ白な光に覆われた。そして全てが終息する。
「ふぅ、まだ改良の余地はあるけど、こんなものかな……」
手間が掛かりすぎるゆえに実戦的ではないが、まだ仮なのでこんなところだろう。
「イライザ、凄すぎ……」
レオンがつぶやくがとりあえず無視して女の子の様子を観察する。すると、しばらくして女の子が目覚めた。ちなみに、メモ帳の事は秘密なので名前で呼んだりはしない。
「あ、あれ、私……」
まだ微かな声だったが、女の子がつぶやいた。
「あなたはね。中間試験の実技でやらかしちゃったの。覚えてない?」
私が聞くと女の子はうなずいた。無理もない。ミス・スペルはいきなり起こる。覚えていない方が当たり前だ。
「とりあえず、怪我も治ったし意識も戻った。もう大丈夫よ」
私はそう言って笑みを浮かべると、その場から立ち去ろうとしたのだが……。
「あ、あの、お名前は?」
女の子に聞かれ、私は答えた。
「名乗るほどの者じゃないわ。通りすがりの魔法使いよ」
そう言って彼女の頭を優しく撫でると、私はレオンを引き連れて医務室を出た。
……くぅぅぅ、1度言ってみたかったこの台詞。満足じゃ。
「フフフ、かっこつけてる。イライザ」
脇で何か言った野郎の頭にゲンコツを落とし、私たちは中庭のベンチに戻った。もはや、ここは私たちの指定席だ。
「さてとレオン君。君も勉強しようか?」
私がそう言うと、レオンは固まった。
「えっ、勉強ってもう中間試験対策は万全……」
「予習よ。高等課程は半端じゃないから」
「えええええ!?」
人も少ない中庭に、レオンの声が響いたのだった。
2週間後、延期されていた中間試験が開始された。本当は関係ないのだが、緊急事態に備えてということで、私にも動員がかかりこうして実技試験を眺めている。当たり前だが、受験生は皆真剣そのものだが、魔法のコツは肩から力を抜く事。じゃないと、出来るものも出来なくなる。案の定、失敗する受験生が多数いた。
「さて、次はレオンか……」
どれどれと見ようとしていたら、急に背後から服が引っ張られた。
「ん?」
振り返ると、どこかで見たことがある女の子が立っていた。えーっと……。
「やっぱりそうだ。「通りすがりの魔法使い」さん」
女の子はニッコリと笑みを浮かべた。
「えーっと。ああ、あの時の!!」
もはや完全に忘れていたので、思い出すまでしばらくかかったが、私が勝手に回復魔法の実験台にしたあの子だ。
「はい、お陰で命を救って頂きました。ありがとうございます」
そう言って、女の子はペコリと頭を下げた。
「別にお礼を言われる事はしていないわよ。私も助かったから」
そう返して私は笑みを浮かべた。何度も言うが、回復魔法の実験に使ったとは言えない。
「いえ、このご恩は忘れません。特になにも出来ないですが、ありがとうございました」
女の子はペコリと頭を下げて、受験生が固まっている場所に向かっていった。
「あー、レオンの実技見られなかった……」
女の子と話していたため、レオンの実技が全く見られなかった。予定していた魔法は、火とその反対属性にあたる水を使った高度なもの。中級課程ではここまでは求められないが、私はあえてそうしたのだ。レオンの実力なら出来ると。その結果が見られなかった
のは残念……と思ったのだが。
「次、34番レオン・センチュリオン。今度は腹痛はなしだぞ」
一斉に笑い声が起こる。なぜか私まで恥ずかしい。
腹痛って……定番のパターンね。大丈夫かしら。
まあ、お陰で実技試験が見られて良かったが、全くレオンのやつ。
「では、34番いっきまーす!!」
元気よく受験生の固まりから飛び出たレオンは、無駄に前転などをしてから魔法を解き放った。
「……炎よ!!」
虚空に生み出されたものは、炎で形作られた巨大なドラゴンだった。ここまでは予定通り。あとは……。
「……氷よ!!」
無数の氷の矢が炎のドラゴンを貫き、今度はこの学校の紋章をかたどった氷の彫像が出来上がる。さてラスト!!
「炎、並びに氷よ!!」
ドーンと打ち上げられた火球に氷が巻き付き、そして上空で爆発する。パッと空に華が開き、大量の雪が降り注ぐ。
……レオンのヤツ、氷の配分間違えたな。
しかし、これで実技の課題クリアだろう。中等課程の中間試験ではやり過ぎかもしれない。実はこれ、炎と氷が1番得意というレオンのために、私がプログラムを考えたのだ。中間試験で必要な要素は3つだが、「炎」のドラゴン。「氷」の彫像。そして最後の「炎と水」の合成魔法でフィニッシュである。
こうしてレオンの実技が終わった。あとは座学だが、これも問題ないだろう。多分。実技を終えた学生はすぐに座学の教室に移動する。だから、レオンがここに来る事はない。
「さて、あとは……」
私は呪文を唱えた。
「『除雪』!!」
レオンが外庭に大量の雪を降らせたため、次の試験が困難なくらい積雪がある。いちおう、プログラムを作った私の責任で魔法による除雪を開始した。
場所によっては人の背丈を超えるほど降り積もった真夏の雪だが、私の魔法で急速に解けていく。もちろん、こんな魔法は教科書にはない。自分で創るのだ。しかし、自分で言うのもなんだけど地味だなぁ……。
「ファイア・ボールでもぶち込めば良かったかな……」
……そんなことしたら、雪どころか会場全体がぶっ飛ぶからやらなけどね。
こうして30分も経ったころだろうか。外庭の雪は完全になくなった。
「弟子の後始末も大変ですなぁ」
近くにいた先生がそう言ってきた。誰が弟子じゃぁぁ!!」
「私はまだ学生ですよ。弟子は取れません」
努めて明るく私は言った。弟子を取るためには、まずこの学校を卒業する事が大前提。そこから先の進路は大体2つ。私塾を開いて魔法を教えるか、この学校の教員になるかだ。私は後者のルートが確定している。
「でもあなたと出会ってからあの子は変わりましたよ。座学も実技も中の中か中の下くらいだったのに、急に成長して今や中級課程ではトップ10です」
……どう答えればいいんだ。これ。
「私は何もしていません。本人がやりたいという事を助けているだけです」
とりあえず、そう答えておいた。ちなみに、私とレオンが付き合っている事はもはや周知の沙汰。学校内で知らない人はいないだろう。正直、恥ずかしいぞ。この野郎!!。
「あ、あの……」
私の服の袖を引っ張ったのは、あの女の子……ではなかった。見学にでも来ていたのか、もっと小さい……制服を見る限り恐らく初等課程の女の子だろう。
「おねえちゃんって先生なの?」
クリクリと丸い目でこちらを見上げるリアルお子様は……真面目に可愛かった。
「ん? 先生じゃないよ。どうしたの?」
私が答えると、女の子は少しがっかりした表情になった。
「あのね、まほうのことがぜんぜんわからないから、おしえてほしかったの」
女の子は教科書とノートを取り出した。1年 アリス・ボナパルト……。初等科は6年あり、そのうちの1年といったらまだ幼年科から進級して半年というところだ。魔法が分からなくて当然。なぜなら、まだ一般教養だけでまだ魔法の魔の字も教わっていないのだから。
「うーん、そうね。先生に聞いてごらん。教えてもらえるかもしれないよ」
私はこの場で最も適している答えを返した。可愛いから教えてあげたいけど、初等科は魔法の基礎を学ぶ重要な課程。下手な事を教えられない。
「もうせんせいにもきいたよ。でもおしえてくれなかったの。まだはやいよって」
女の子は泣きそうな顔になった。
……やめろ。泣くな。話せば分かる!!
「先生がまだ早いっていうなら、待った方がいいんじゃないかな。私は先生じゃないから、教えてあげられないのよ」
私の言葉に女の子の涙袋がさらに大きくなる。
……うぁあ、やめてくれ!!
「わたしだってこのくらいできるのに、なんでおしえてくれないの?」
すると、女の子は簡単な呪文を唱え、虚空に光球を浮かべた。
……なんと、紛れもなく「明かり」の魔法だ。
「ど、どこでこれを……!?」
私はぶったまげた。たまに規格外の子がいるが(私もだけど)、これは驚いた。
「うん、としょかんでほんをよんでべんきょうしたの。もっとほかにもまほうをつかいたいからおしえて?」
先ほどの泣きそうな顔はどこに行ったのか、女の子は自慢げに笑っている。
「……先生に言わない?」
私は女の子に聞いた。
「うん、やくそく」
女の子はそう言って左手の小指を差し出してきた。私は右手の小指をそれに絡めて……。
「指切った!!」
2人で同時にそう言って笑う。
「夜になっちゃうけど大丈夫かな?」
私は女の子に聞いた。
「うん、いつもおきてるよ」
私はちょうど持っていた小さな紙に地図を書いた。
「場所は私の部屋。夜の鐘が鳴ったあとで」
女の子はうなずいた。
「わかった。ありがとう!!」
女の子は大事そうに紙を抱え、そのまま校舎に入っていった。
「やれやれ、レオン強力なライバルが出現よ」
私はそうつぶやいて笑ったのだった。
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