第24話 第一次中間考査

「ついにこの日が来たわね」

 私は誰ともなくつぶやいた。

「イライザ~、なんかメチャクチャ緊張するよ」

 隣に立っていたレオンが、私の手を握った。そんな彼の背をそっと押す。

「よっしゃ、行ってこい!!」

 レオンは1つうなずいた。

「うん、行ってくる。絶対結果を出してくるよ!!」

 そして、レオンは校舎に向かっていった。

「やれやれ……」

 私はため息をついて、その背中を見送った。


 時を遡ること2週間前になる。私とレオンはいつも通り中庭でランチをしていた。

「そういえばさ。そろそろ中間試験じゃないの?」

 レオンに問いかけると彼は笑顔でうなずいた。中間試験とは1年の半分くらい過ぎた頃に行われるもので半年間の成果が試される。これと1年後に行われる修了試験の結果で、昇級か落第か決まるのだ。

「そうだよ~。あと2週間後かな」

 ずっと気になっていたのだが、私は彼に聞いた。

「試験対策大丈夫なの? どう考えても勉強しているようには思えないけど」

 レオンは少し引きつった笑みを浮かべたが、すぐに引っ込めた。

 ……こりゃ勉強してないわね。

「あのさぁ、前も言ったと思うけど落第したら別れるわよ。大丈夫なの?」

 大丈夫なわけがないのだが、いちおう私はそう聞いた。

「だ、大丈夫だよ。実技で必要な中程度魔法は使えるようになったし、座学だって……」

 必死にアピールするレオン。しかし、その声に覇気がない。

「問題。このキリングドール王国で『偉大なる』の称号を持つ魔法使いを全て延べよ」

 私は静かな声でレオンに問いかけた・

「えっ!? えーっと……」

 慌てまくるレオンをよそに、私はさらに問いかけを続ける。

「問題。魔法発動に必要な呪文ですが、これに使われている言語の名称を延べよ」

 レオンの顔色が真っ青になってきた。

「え、えーっと、ルーン……なんだったたかな。えーっと……」

 ……ちょっぴり惜しいが外れ。その後10問ほど出したが、レオンはまともに答える事が出来なかった。

「はい、失格。言っておくけど、これは初等科の問題よ。よく中等課程に進めたわね……」

 かなり呆れてしまいながら私が言うと、レオンは何も言わずうつむいてしまった。

「あーあ、これは特別講習が必要ね。使っていない教室借りておくから、みっちり教えてあげるわ」

 レオンがいよいよ倒れそうなくらい青い顔になった。

「あ、あの、イライザと一緒にいられるのは嬉しいけど、勉強っていうのが……」

 なんかブツブツ言い始めたレオンを、私は思いきり睨み付けた。

「なんか文句ある?」

 瞬間、レオンが固まる。

「いえ、何でもありません……」

 かくて、私のスペシャル講習がスタートしたのだった。


 私は鬼軍曹のような教え方はしない。懇切丁寧にかみ砕いて、相手が何度同じ質問をしても普通に答える。そういうやり方だ。

「イライザ凄いね。先生よりわかりやすい」

 机でノートにペンを走らせるレオンが、関心したようにつぶやいた。

「その言葉は中間試験が終わるまで取っておきなさい。結果が出なければ意味がないから」

 私は夜なべして作っておいた試験用紙をそっと机の上に差し出した。

「はい、抜き打ちテスト。今までの事が分かっていれば、簡単に解けるはずよ」

 学習効果確認は重要だ。これでダメならもう一回やり直す。

「テストって……ビックリしたよ。分かった、解いてみる」

 レオンはテストに取りかかった。その姿とそっと覗き見たテストの回答を見る限り、ちゃんと私が教えた事は理解しているようだ。レオンはバカっぽいけど完璧にバカというわけではない。そんな男だったら、最初から付き合っていない。しかし、放っておくと何をするか分からない。今だって私が背中を押したからからこそ勉強している。あのまま中間試験を向かえたらどうなったか……。

「全く、手間が掛かる彼氏様だこと……」

 私は小声でつぶやいたのだが、レオンはしっかり聞いていたらしい。

「今彼氏様って言った?」

 ……ちっ、私としたことが。

「気のせいよ。それよりテスト出来たの?」

 素知らぬフリをして、私はレオンに言った。

「うん、もう終わったよ」

 レオンは解答用紙を渡してきた。それに目を落とすと……。

「……はい、全問正解。良くやったわ」

 意地悪して教えていないちょっと高度な問題も混ぜたのだが、レオンはなぜか正解している。やるわね……。

「はい、ご褒美」

 レオンは凄い勢いで唇を寄せて来たが、私はそれを本で遮った。

「はい、勉強を続ける。もう時間ないから徹底的に詰め込むわよ!!」

 本の向こうから何か文句が聞こえるが、そんなこと知ったことじゃない。今は恋愛している場合ではないのだ。

「ううう、さすがイライザ。甘くない。でも、そんなところが好き……おぶっ!?」

 私はレオンの頭にゲンコツを落とした。

 ……好きとかストレートに言うな。全く。

 なにはともあれ、私とレオンは2週間みっちり勉強したのだった。


 そして、時間は現在に戻る。校舎に向かって駆けていくレオンの後ろ姿を見送りながら、私は大きくため息をついた。ちなみに、魔法の実技は確認したが問題なかった。座学さえ頑張れば問題ないはずだ。試験はまず時間が掛かる実技から始まる。中級程度の魔法となると難度もそれなりで失敗する確率が上がるが、仮に失敗しても監督している教師が何とかするはずだ。私はベンチに腰を下ろした。何とも平和なものである。少しうとうとした時だった。いきなり爆音が聞こえた。校舎の窓ガラスが一斉に割れる。

「なに!?」

 ただ事ではない事態に私は慌てて辺りを見渡した。すると、外庭の方で黒煙が上がっている。考えるよりも早く、私は「飛行」の魔法で外庭に向かって飛んでいた。

 外庭に降り立つと、蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。地面の一部が黒く焼け焦げ、その先にいたのは……レオンではなかった。

 私は不覚にも心の底から安心しながら、地面に倒れいている子に近づいた。地面に横たわっているのは女の子だった。

「ミス・スペルか……」

 私はすぐに原因を見抜いた。恐らく、かなり難度が高い魔法を無理に使って失敗したのだ。監督の先生も対応出来なかったのだろう。

「イライザ、どうしよう?」

 どこからかレオンがやってきた。それには答えず、私は女の子の顔に口を近づけた。微かだが、まだ息がある。

「レオン、合成魔法!!」

 私は短くレオンに指示を飛ばした。この怪我では私の回復魔法だけでは足りない。そこで2人で連携して回復魔法を使う。これが合成魔法だ。

「ご、合成魔法って、やった事ない……」

 レオンが慌てた様子でそう言って来た。

「私がリードするから、あなたは普通に回復魔法を使いなさい!!」

 そういえば、まだ中等課程では高度な魔法は教えない。ならば、無理にでも合わせるだけだ。じゃなければ、この子は医務室に行くまでに死ぬ。

「分かった……」

 レオンは素直に回復魔法を使った。その癖に合わせて、私も回復魔法を放つ。私とレオン2人から放たれた2つの優しい光が融合し、1つの大きな光となって女の子を包む。女の子の呼吸が徐々にしっかりしてきた。これなら大丈夫だ。

「誰か担架を持ってきて。医務室に運ぶわ!!」

 しばらくして担架が運ばれてくる。それにレオンと私で女の子をそっと乗せると、担架はそのまま医務室の方に向かった。当然といえば当然だが、この一件のため中間試験は延期になったのだった。この学校では魔法の暴発によるしばしば起きる。だから、ミス・スペルは怖いのだ。

「レオン、お疲れさま」

 よほど必死に回復魔法を使ったのだろう。疲労困憊といった様子で地面に座っている。

「イライザってやっぱり凄いよ。合成魔法って難しいんでしょ?」

 レオンが息を荒らげながらレオンが言う。

「慣れれば簡単よ。でも、初めての相手でここまでシンクロ出来たのは初めてね。レオンの魔法って素直だから助かったわ」

 私の言葉にレオンは小さく笑みを浮かべた。

「イライザが教えてくれた魔法だよ。僕は忠実に実行しただけ」

 ……あれ、教えたっけ?

「座学もバカにならないね。ちゃんと実践できた」

 ……ああ、そういうことか。座学の勉強でいくつか魔術の理論を教えたが、その中に回復魔法もあった。

「さて、帰りましょうか。ちょっと疲れちゃったし」

 私は大きくアクビをした。合成魔法は疲れるのよね。

「そうだね。試験も延期になったし、僕も疲れちゃった」

 私はレオンを小脇に抱えると、「飛行」の魔法で中庭のいつものベンチに戻ったのだった。

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