第23話 捜索

「はぁ、しかし婚約ねぇ……」

 箱から指輪を取り出しつつ、私はベッドの上に横になっている。見た目推定5才、元に戻しても15才だ。貴族社会では15にもなれば立派な大人として扱われるのは知っているし、そういう意味ではあり得ない話ではないのだが……。

「恋愛と結婚は違うのよ。分かってるのかしらねぇ。あのボケナス」

 私はまだ18才である。この国の法律でギリギリ結婚出来る年齢だ。別に遊びたいとは思っていないが、まだ早すぎる気がする。これは気のせいだろうか?

「まあ、あくまでも『婚約』。当然、破棄もあり得えるし、そんなに難しく考えなくてもいいのかもしれないけどね……」

 口だけならともかく指輪まで買っちゃって、レオンは真面目に本気のようである。それが結構な重みというか、プレッシャーになっている事は自覚している。ちゃっかり自分の右手薬指には指輪をしていたしね。私の目は誤魔化せない。フライングである。ちなみに、この国では結婚指輪同様、婚約指輪も男女それぞれ付ける風習がある。

「あー全く、他のことに手が付かないじゃないの。レオンのバカ!!」

 バッと起き上がり、私はため息をついた。どーすりゃいいのさ。この気持ち。悶々としていると、部屋のドアが取れるんじゃないかという勢いで叩かれた。

「イライザちゃん、いる!?」

 尋常ではない勢いで管理人のオバチャンの声が聞こえた。

「いますよ」

 わけが分からず、私は返事した。

「レオンちゃんが行方不明なんだって。いちおう知らせた方がいいかと思って」

 ……行方不明。確かにこの3日見ていないが。

「分かりました。ありがとうございます」

 あくまで冷静にそう言って、私はドアを開けた。すると、そこには血相を変えたオバチャンが立っていた。

「聞いた話だと『鍛錬の森』に行ったみたいなんだけど、あそこって危ないでしょ。だから心配なのよ」

 鍛錬の森というのは、広大な外庭のさらに先。近づくのも嫌な鬱蒼とした森の事である。万が一魔法を使えない状況に陥ったとき、頼れるのは自分の体のみ。ということで、主に剣などといった武器を使って魔物と戦い鍛錬する場所だ。危険度やや高めなので、通常はクラス単位で先生が引率していくのだが……。

「分かりました。捜索してきます」

 全く世話が焼ける。私はそう言ってさっそく中庭に出た。そこで「飛行」の魔法を放つ。 ……あれ!?

 私の体は飛ばなかった。うわぁ、こんな簡単な魔法でミス・スペルしちゃったよ。落ち着け私。今度こそ、私は空に舞い上がった。あっという間に中庭は足の下となり、広大な外庭を飛び越え、鍛錬の森上空に差し掛かる。ここで私は虚空に「窓」を開いた。

「えーっと、なんか魔物多いわね……」

 「窓」に無数の赤い点。すなわち魔物を示すものが現れた。まあ、元々そういう場なので魔物は比較的多くいるのだがそれにしても異常だ。私はある複雑な魔法を使った。

「こちらイライザ・レオパルト。キリングドール王国魔法学校聞こえますか?」

 通称「通信の魔法」。遠く離れた者同士が会話出来る高難度の魔法で、その難しさ故に限られた生徒にしか教えられないものだ。

『こちらキリングドール王立魔道学校。イライザどうした?』

 どこからか声が聞こえた。実はキリングドール王国魔法学校には通信室というものがあり、昼夜を問わず誰かが詰めている。

「鍛錬の森で魔物が異常発生しているわ。何か起きる前に討伐した方がいいわね」

 「窓」を埋め付つくさんばかりの真っ赤な点を見ながら、私は相手に返す。

『了解、イライザ。すぐに街の警備隊に通報して討伐隊を向かわせる。報告ありがとう』

 以上で通信は終わりだ。これも学生の義務である。さて、やることやったあとで、私は自分の目的を果たす。なんで、レオンがこんな場所に来たのか分からないが、このてんこ盛りの魔物の中で、一体なにをやっているのやら……。

「あのバカ、見つけたらボコボコにしてやる!!」

 そう叫び、焦る気持ちを抑える。ただでさえ頼りないレオンが、推定5才のままこの森に入ったのである。そもそもの情報の信憑性はともかく、もし当たりなら生存はかなり……。私は自分の頬を両手でパンと叩いた。悪い事は考えるものではない。その通りになるから。

「しっかし、本当に魔物だらけね。なんだって急に……ん?」

 真っ赤に染まった「窓」の表示の中に、黄色の表示がポツポツ現れた。これは野生生物を示すものだが、まるで何かあるかのように1点に集まっている。

「あっ、エスケープ・エリアか……」

 私はすぐに合点がいった。この森にはあちこちに結界が張られた場所があり、言ってみれば安全地帯という感じだろうか。この中には魔物は入ってこれないため、動物たちが逃げ込んだのだろう。つまり、それだけ魔物が多いという証拠でもある。

「さてと、肝心の困ったちゃんは……」

 もうすでに森のかなり奥まで進んでいる。地上からでは広大な森も魔法で空を飛んでいればあっという間に最奥部まで到達出来る。しかし、肝心のレオンの反応がない。オバチャンがガセネタを掴まされたのだと思いたいが、私の直感はここだと告げていた。魔法使いにあってはならないことだが理屈ではない。

 私は「窓」の探査範囲を狭くして詳細探査に切り替える。これなら、わずかな反応でも拾えるはずだ。

「ほんとーに手間が掛かるお子様だこと……おっ!?」

 ほとんど消えそうなくらい微かだったが、私はようやくレオンを示す青い点を発見した。その点をめがけて、私は急降下する。すると、魔物の群れに囲まれ息も絶え絶えといった感じのレオンがいた。その手には短剣が握られているが、とても戦える状態ではないない。まさにボロボロの一言だった。私は彼の体を小脇に抱えると一気に急上昇した。少々手荒だが、素人目にも命が危ないのが分かったので今はスピード優先である。ほどなくして学校に辿り付くと、私はレオンを医務室に放り込んだのだった。


 レオンはもう1週間以上経つがまだ目を覚まさなかった。学校付きの魔法医からは命の危険はないが、いつ起きるかまでは分からないとの事。毎日様子を見ているが、今のところ特に変化は無い。いつでもフルパワーでパンチ出来るようにひっそり筋トレしているのに、これでは変なところばかり筋肉が付いてしまう。

「はぁ、今日も変わらずか……」

 レオンのベッドサイドにあった椅子に座って、私は彼の様子を見続けた。すると、ピクリとレオンの指が動き、彼の目が開いた。

「ん……あれ、イライザ。おはよう」

 その脳天気な言葉に、私の頭の中で何かが切れた。

「おはようじゃねぇぇぇぇ!!」

 怒鳴り声と同時に繰り出された私のパンチは、レオンの顔面をモロに捉えた。瞬間、レオンと細いケーブルで繋がっていた魔道機がけたたましいアラームを鳴らし始めた。

 ……えっ?

「急変じゃあ!!」

 慌ててすっ飛んで来た魔法医のじいちゃんが、かなり高度な回復魔法を放つ。しかし、アラームは鳴り止まない。あれ、私ってばやっちゃった?

「かくなる上は……」

 魔法医のじいちゃんはそう言って白衣のポケットから魔法薬の瓶を取り出し、蓋を口でポンと外すと、レオンの口に一気に流し込んだ。すると、アラームが鳴り止み、ピッ、ピッと定期的な音になった。

「あ、あまり無茶せんでな。まだようやく生きているという感じじゃからの」

 私の事をちょっと睨んでから、魔法医のじいちゃんはまた奥へと引っ込んだ。

 ……もしかしてなんだけど。私ってレオンを殺しかけた? あはは……。

「あーあー、また寝ちゃった。今度はパンチはよそう……」

 こうして、また寝てしまったレオンを見ながら、私は心に堅く誓ったのだった。

 ……ねっ、だから言ったでしょ。こんなの結婚したら死ぬよ。マジで。

 私はレオンに心の中で言って、その口に軽くキスをしたのだった。


 レオンが再び目を覚ましたのは2週間後だった。私がぶん殴らなければ今頃はもっと回復していただろうが、それは言わない約束である。

「なんであんな無茶したの? あの森はクラス単位で行動するのが普通よ」

 私は努めて冷静に目を覚ましたばかりのレオンに聞いた。

「あっ、イライザ。心配掛けてごめんね」

 まだ体のあちこちの骨が折れているため、レオンはベッドから動かせない。どんな回復魔法でも骨折となると瞬時には治せない。治癒を早めるのが精一杯だ。

「全くどこまで心配掛けるんだか……で、理由は?」

 私の問いにレオンは何やら小声でつぶやいた。

「ん? 聞こえないわよ」

 私が聞き直すと、レオンはゆっくりと首だけこちらを向けた。

「……強くなりたかったんだ。イライザに認めてもらえるくらいに」

 赤面しながらレオンが言う。今度はこちらが赤面する番だ。

「あ、あのねぇ。私がそれで喜ぶと思う? それに私に認められるってなによ。私は……」

 なぜか最後まで言えなかった。なんだかもやもやする。

「と、とにかく、今後は無茶しないこと。次は助けに行かないわよ!!」

 そう言って踵を返して私は医務室から出た。ドアを閉めると、そっと胸に手を当ててため息をつく。レオンが絡むとなんかどうも変な気持ちになる。普段はやらない事までやってしまう。本当に調子が狂う。

「全く……。はぁ、部屋に戻るか」

 廊下に突っ立っていても時間の無駄なので、私は寮の自室に戻った。しかし、やる事がない。書きかけの論文を書く気にもならない。効果が証明出来ていない魔法薬の論文など何の価値もない……。

「やっぱ、これ飲ませてみるかな……」

 私はペンダントの中にあるわずかな液体を眺めた。見た目が推定5才だからいけないのかもしれない。15才に戻せば私の気が済むかもしれない。しかし、これは無理強いは出来ない。彼は私にこれを預けた。それを無下には出来ないのだ。

「ホント、恋愛って面倒ね。婚約まで申し込まれちゃったし……」

 そうつぶやいて、私は小さく笑ってしまった。もう認めるしかないかもしない。私は彼に恋をしている……ってこら、笑うなそこ!! あー柄にもないこと考えるんじゃなかった。

「まあ、何だっていいや。レオンがいれば私は安心出来る。いないと落ち着かない。それだけよ。今はね」

 部屋の外から夕刻の鐘が聞こえて来た。晩ご飯まではもう少しだ。


 1週間後、レオンはようやくベッドの上に起き上がれるようになった。しかし、まだ自力では歩けない。私が支えに……と言いたいところだが、身長差がありすぎて無理。代わりに使っているのが……。

「イライザ。もっとマシなのなかったの?」

 思い切り不満そうにレオンが言った。彼が歩くために補助で使っているのは、女子寮の倉庫でホコリを被っていた子供用の可愛い歩行器だった。元々身長のせいで可愛かったのだがさらに可愛さ倍増である。

「だから、この魔法薬を飲んで元に戻ればいいじゃない」

 わたしはペンダントを揺らせて見せた。

「それはダメ。今はその時じゃないから……」

 なにがダメなのか分からないが、私が創った魔法薬が信用出来ないのか何なのか、彼は飲むことを頑なに拒んでいる。全くもって分からない。

「なんで断るかなぁ。もしかして、今の推定5才の身長が気にいっちゃったとか?」

 私が聞くとレオンはため息をついた。

「そんなわけないでしょ。イライザって本当に素直じゃないんだから……」

 ため息をつくレオンの頭を小突いた。

「知ったような事を言うんじゃないわよ。私の悶々とした……まあ、いいわ」

 よく分からない事を言いそうだったので、私は適当に言葉を切った。

「ねぇ、こんな状態で聞くのもなんだけど、イライザは僕の事をどう思っているの?」

 声を真剣なものにして、不意にレオンが聞いて来た。

「『単なる弟』から『手の掛かる危なっかしい弟』に昇級」

 レオンがコケそうになった。

「イライザがここまで高嶺の花とは。頑張って登らないと……」

 そして、なにやらブツブツつぶやきはじめた。私は断じて高嶺の花なんて柄じゃないわよ。いちおう言っておく。

「わけ分からない事言っていないで、さっさとリハビリを続けるわよ」

 レオンが歩けるのは平坦な外廊下だけ。そこを端から端まで歩く事を繰り返す。地味ではあるが、レオンが歩けるようになるまでの辛抱だ。魔法による補助的な治療も併用していて、魔法医からはあと1週間もあれば完治するだろうと言われている。

「イライザ、つまらないでしょ?」

 ゆっくり歩きながらレオンが言う。

「そりゃつまらないわよ。だから早く治しなさい」

 私が答えると、レオンはうなずいた。

「分かった。頑張るよ」

 そんなレオンの頭を、私はワシャワシャ撫でたのだった。


 レオンが完治したのは、それから1週間くらいだったところだった。

「うーん、やっぱり歩けるっていいねぇ」

 中庭で大きくノビをするレオンの頭を私はコツンと叩いた。

「なに暢気な事を言ってるのよ。いくらなんでも無茶しすぎ」

 そもそもの原因は、レオンが無謀にも鍛錬の森に単独で入った事だ。私が救出しなければ、恐らく命はなかっただろう。

「どうすればイライザに僕の事を見てもらえるか考えたんだ。僕は男だしやっぱり強くないといけないと思って……結果は散々だったけどね」

 レオンは苦笑した。私もアホだけど、コイツは超弩級のアホだ。男の強さとは腕っ節じゃないのに……。

「3才しか違わないけど、やっぱりあんたはお子様ねぇ。私はマッチョ魔法使いなんて求めていないわよ」

 私はレオンにデコピンした。

「痛いなぁ。じゃあ、イライザの求める男ってなに?」

 ……ド直球で来やがった。なんて答えればいいんだか。

「あのさ、そういう事は自分で考えなさい。当の本人に聞くなんてダッサイわよ」

 私はそう切り返した。こういうところがレオンらしいといえばレオンらしい。

「うー、ケチ!!」

 レオンはふくれっ面で一言。ふーん、教えてやるものか。というか、正直私が求めていた男性像はとっくに壊れてしまっている。レオンという彼氏がいるにも関わらず……。何かもやもやが我慢出来なくなってきた。こういう時は……。

「……ファイア・ボール!!」

 私はフルパワーの火球を遙か上空まで打ち上げた。そして、大爆発して派手に花を開いて散った。ちょっとした花火みたいなものだ。あー、スッキリした。

「イライザって、いきなり何するか分からないから面白いよね」

 レオンがふくれっ面から笑顔に戻り、やたら楽しそうだ。

 ……誰のせいだと思ってるの。言っておくけど、私はやたらに攻撃魔法は撃たない。いや、本当に。

「面白がっている場合じゃないわよ。全く……」

 私はレオンの頭を小突き、空を仰いだのだった。

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