第22話 遠足 復路

 翌朝、カドニ・クレスタを発った私たち一行は、順調に街道を進んでいた。例によって私が先頭で馬車隊を引き連れている。これまたおなじみ虚空に浮かべた「窓」にも、今のところは異常はない。実にのどかな旅だ。しかし、気は抜けない。こういうときにこそ何かが起こるのだから……。そう思った途端、周りの窓が一斉にアラームを出した。

「ほいきた!!」

 赤い点は全部で8つ。私たちの隊列を取り囲むように接近してきている。「窓」を詳細解析モードにすると、それが馬に乗った人と分かる。その服装からして……

「盗賊団ね……」

 今回の護衛に際して、私には校長裁量で「対人攻撃許可証」が交付されている。通称、「殺しの免許」と呼ばれているものだ。いかな攻撃魔法が使える魔法使いでも、当たり前だがむやみに対人に使ってはならない。そんな事をしたら傷害罪か殺人罪に問われる。相手が盗賊とはいえ人は人。しかし、やらねばならない。

「……ファイア・アロー!!」

 生み出された8つの炎の矢が、それぞれの赤い点に向けて飛んでいく。5本は命中して赤い点も消えたが、防御魔法でも使ったか前方の残り3つの点はいまだ健在のままだ。そのまま徐々にこちらに近づいてくる。再びアラームが鳴った。

「攻撃魔法!!」

 叫びながら、私は呪文を唱えかけだった攻撃魔法をそのまま放った。キャンセルして防御魔法を展開している暇がなかったのだ。狙うは相手の放った攻撃魔法。「窓」に表示された急速に迫る黄色い点に、私の放った攻撃魔法の青い点がぶち当たる。前方のそれほど遠くない場所で派手な爆発が起きた。まだまだ終わらない。私は反撃の攻撃魔法を放った。

「バースト・フレア!!」

 3つの赤い点の間隔が詰まった事を確認してから、私は爆発系の攻撃魔法でもかなり上級のものをチョイスして放つ。私の手に生まれ出た巨大な火球が放物線を描いて飛んでいく。この魔法は威力は抜群なのだが、飛行速度が遅いという欠点がある。前方で派手な爆発が起きたが、案の定、相手の防御魔法で防がれてしまったようだ。しかし、これが本命ではない。

「アイシクル・ランス!!」

 生まれた3つの氷の矢が、凄まじい速度で飛んで言った。これは、攻撃魔法きっての俊足で知られる上級攻撃魔法だ。「窓」に表示された青い点は見る間に赤い点と重なり、全て消えた。これで戦闘終了である。相手の姿も見えなかったが、これがお手本のような魔法の戦いだ。お互いに姿を晒してやり合うのは、緊急時といってもいい。

「さてと、のんびり旅を楽しむかな」

 しばらく進んで行くと、胸に大穴を開けそのまま馬ごと氷漬けになった3体の骸があった。詳しい描写はしないが、即死だったことは間違いない。中等課程の皆様には刺激が強かったかもしれないがこれも魔法である。見せる事は大事だ。こうして、私たちは無事に学校に辿り付いたのだった。


 遠足から帰って来てからレオンの様子が少しおかしい。なんていうか、よそよそしいというか、どうも私を微妙に避けられている気がする。まあ、あれだけ攻撃魔法をぶっ放したあとだ。その骸まで見せてしまっている。怖がられても無理はない。まあ、これで終わるくらいの恋愛なら、ただそれだけだったということである。

「あー、なんか物足りないな」

 中庭のベンチに腰を下ろし、私はいつものサンドイッチをかじっていた。隣にレオンはいない。それだけで、なんか寂しい。

 レオンのヤツ、何が命を預けるだ。全く。こんなことなら、真面目に魔法薬なんて創ってやるんじゃなかった。その魔法薬は私が持っているんだけどさ……。

 昼休み終了の鐘が鳴る。教室に向かう生徒を見ながら、私は大きくノビをした。こうなってみると、私がレオンに置いていた比重がかなり多かったと実感出来る。ダッサイので私の方から避ける理由を聞くような事はしない。彼が話してくれるまで待つ。それが私の流儀だ。

「あー、つまらない。こういうときは、書きかけの論文でも書くか」

 なんか妙な喪失感を感じながら、私は寮に戻り自室にお籠もりを決め込んだ。余計な事は考えずひたすらペンを走らせる。ずいぶんと捗るがなぜかあまり嬉しくない。普段なら喜んでいるんだけどなぁ……。

「あー、そういえば困ったな。あの魔法薬って完成したのかどうか分からないのよね……」

 独り呟きながら、私はペンをペン立てに戻した。レオンが飲んでくれなかったので、結局どうなったか分からない。

「ったく、あのバカ……」

 私は中に魔法薬が入ったペンダントを叩いた。

「別れるにしてはおかしいのよね。普通、アイツを元に戻してチャンチャンになるはずなのに」

 遭う回数は減ったが、レオンは一言も戻してとは言ってこない。言ってこないから、私も切り出さない。なんとも妙な話だ。

「全く、二股でも掛けているのかねぇ。これだから男は……」

 ブチブチ言っていると、部屋のドアがノックされた。

「はい」

 私が返事するとドアが開けられた。そこに立っていたのは管理人のオバチャンだった。

「レオン君来てるわよ。なんかすっごい真剣な顔してるけど……」

 ……来たか。

「はい、今行きます」

 椅子から立ち上がり、私はオバチャンに付いて廊下を進む。寮の入り口にはレオンが立っていた。確かに真剣な顔をしている。ただ、なぜか顔が真っ赤だ。

「レオン、なんか久しぶりね」

 私はとりあえず嫌みを言ってみたのだが彼は返事をしない。そして、私の手を引っつかみ、強引に中庭のベンチに連れてきた。

「今は授業中じゃないの?」

 私はレオンに言ったが答えない。ただ、なんかモジモジしているだけだ。あー、じれったい!!

「ほら、言いたい事があったら男らしくビシッと言う!!」

 ちょっと強めに言うと、レオンは文字どおり飛び上がった。

「あの、イライザ。これ……」

 彼は制服のポケットから小箱を取り出した。

 ……ん? この箱って。

「僕の小遣いで買ったからあまりいい物じゃないけど……僕と結婚して下さい!!」

 最後はもうヤケクソという感じで、レオンはそう言って小箱を開けた。中には指輪が……。えええええええ!?

「あ、あの、レオンさん。これもしかして、婚約指輪ですよね?」

 なぜか丁寧語になってしまう私。そしてうなずくレオン。奇妙な沈黙が流れた。

「あれ、別れ話じゃないの?」

 沈黙を壊したのは私だった。なんだこの展開。想定外だぞ!!

「えっ、なんで別れるの?」

 レオンがきょとんとして言った。

「だって、最近避けまくられていたし、普通そう思うわよ」

 私の頭が状況を理解する事を拒んでいる。いや、拒んではいないがついていけてない。

「あのさ、指輪を買ったのはいいけど、途端に恥ずかしくなってずっと避けちゃった。ごめんね」

 私は無言の右ストレートを放っていた。あっさり避けるレオン。ムカつく……。

「あんたねぇ……。まぁ、いいわ。婚約って意味分かっているわよね? いずれ私がお嫁さんになるのよ。色々大変だけど本当にいいわけ?」

 ここで出てくるのが身分の問題だ。彼は貴族、私は平民。普通は許されない。

「それは、もうお父様に許可を取ってあるよ。ほら」

 レオンは一通の手紙を見せた。

『平民の娘と結婚だと? 面白いからよい』

 ……面白いって。てか、親公認ですか。

「か、変わったお父様ね……」

 私の口から出た言葉はそれだけだった。それしかなかった。

「よく言われてる。それじゃ、改めて聞くけど僕と結婚して下さい」

 そう言って指輪を差し出す見た目推定5才のレオン。シュールな光景だ。

「ったく、プロポーズの言葉くらい考えなさいよ。とりあえず、その小箱は受け取っておくわ」

 私は彼から小箱を受け取った。

「それじゃあ……」

 期待に燃えるレオンに、私は小さく笑った。

「すぐには答えを出せないわよ。もし覚悟が決まったら、その時に指輪を付ける。これでいいでしょ?」

 私がそう言うと、レオンはかなり落胆したようだが、それでもすぐ復活した。

「分かった。イライザに従う。僕が本気だって事は忘れないでね」

 レオンは顔を真っ赤にしている。今にも破裂するかもしれない。

「忘れるわけない。冗談で指輪なんて買わないでしょ。それにしても、よく指輪のサイズが分かったわね」

 私の言葉にレオンは当たり前といわんばかりに返してきた。

「何回手を繋いだと思ってるの? それで大体分かるよ」

 ……うむ、恐るべしレオン。

「大した能力ね……。それじゃ、あなたはさっさと授業に戻りなさい。落第なんかしたら……分かっているわよね?」

 ニヤリと笑ってやると、レオンは慌てて校舎にすっ飛んでいった。

「やれやれ、予想の斜め上を行く展開ね。どうしたもんだか」

 小箱から指輪を取り出して天を仰ぎつつ、私はただ1人つぶやいたのだった。

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