第20話 温泉にて

「ふぅ、疲れたわ」

 事前に学校が貸し切り予約していた宿の1室で、私は自分の部屋に入るなりベッドにダイブした。やはり、護衛が1人というのはなかなか疲れる。温泉に入る気力もない。まあ、あとでゆっくり入ればいいだけだ。レオンの事が気になりはしたが今は遠足である。友達との思い出作りの邪魔をするほど野暮じゃない。

「さーて、どうしようかな」

 滋養強壮効果がある魔法薬が入った瓶の液体を飲み、私はベッド上で大きくノビをした。夕食まではまだ時間があるしなにより動きたくない。全く困ったものだ。

「ちょっと寝ちゃおうかなって……多分起きないわね」

 夕食を食べ損ねたら一大事である……。うとうとしかかった時、部屋のドアがノックされた。あぶねぇあぶねぇ。

「はい」

 私が応答すると、レオンの声が聞こえた。

「良かった、ここで間違ってなかったんだね」

 部屋のドアを開け、レオンが入って来た。

「あれ、友達と遊んでいたんじゃないの?」

 すると、レオンが首を横に振った。

「もちろん遊んでいたんだけど、みんなはしゃぎ過ぎちゃって寝ちゃったんだ。だから、イライザの様子を見に来たんだけど……」

 レオンは小さく笑った。

「なるほど……。いやもうバテバテでさ、街中を歩く気力はないわよ」

 私がそう言うと、レオンは笑みを浮かべた。そして、ベッドに飛び乗る。

 ……おいおい、何する気だ!?

「ほらこっち、膝枕。何もしないからおいでよ」

 ……ええ!?

「膝枕って、私いびき凄いし寝相悪い(らしい)し、やめておいた方が……」

 慌てて言う私の口を、強引にレオンが唇で塞いだ。

「いいからいいから。ほら、頭乗せて」

 ここまで粘られると、今の私では勝てない。頭をそっとレオンの足に乗せた。

「お疲れさま」

 そう言って、ゆっくりと私の髪を指で梳きながら、レオンは優しい子守歌を歌い始めた。それが何とも心地よく、私はあっという間に眠りに落ちていったのだった。


「やべ……」

 パッとと目を開けて、私はつぶやいた。

「あっ、イライザ。おはよう」

 レオンがニコニコ笑顔でこちらを見下ろしてくる。

 ……ん、見下ろす?

 一瞬遅れて私がどういう状態だったか思い出した。そういえば、彼の膝枕で寝たんだっけ。頭を動かして部屋の時計を見ると、もう深夜とういう時間。ああ、夕食が……。

「まさかと思うけど、ずっと膝枕してくれたわけ?」

 レオンに問うと彼はうなずいた。私は慌てて身を起こした。

「よく頑張ったわね。ビックリしたわ」

 レオンは首を横に振った。

「イライザの寝顔があまりにも可愛くてさ。起こすに起こせなかったんだよ」

 ……うわ、コイツ恥ずかしい事を、ごく自然に躊躇いもなく言いやがった!!

「あ、あのねぇ、適当なところで切り上げて良かったのに……」

 レオンがすかさず返してくる。

「大丈夫だよ。魔法で足が痺れないようにしたし、イライザのそばにいられるならそれでいいもん」

 ……なんだ、その妙にピンポイントな魔法は。

 まあ、私のそばにいられればいいなんてありがたいが、その前にこっ恥ずかしいわ!!

「へ、部屋に戻らなくていいの? 点呼とかあるでしょう?」

 レオンは小さく笑った。

「それも大丈夫。僕が作った小型ゴーレム1号『代返君』がちゃんと返事してくれているから」

 ……どんなゴーレムだ!!

 ああ、ゴーレムというのは土などを原料として魔法で作る人形の事。単純な命令しか聞いてくれないが、何かと便利なので魔法使いなら大体作り方を知っている。

「もう時間も遅いし部屋に戻ったら? ここにいたら、さすがにまずいでしょ」

 昼ならともかく、こんな深夜に私とレオンが一緒にいたら、さすがに言い訳できない。もっとも、推定5才の体のレオンと何かその……アレな事をしているとは思わないだろうが、私の立場いうものがある。

「うん、そうするよ。明日は自由行動だから、色々歩いてみようね」

 レオンはニッコリ笑うと部屋からそっと出て行った。

「はぁ……温泉でも入って来るか」

 この宿の風呂はいつでも開いているので、こういうときに重宝する。私は持参したお風呂セットを持って女湯に向かった。

「ふぅ、やっぱりお風呂は大きい方がいいわねぇ」

 時間が時間だけに私以外誰もいない。完全に貸し切り状態だ。これがまた気持ちいい。

「それにしても、レオンも大したものね。まさか、こんな時間まで膝枕してくれるとは……」

 私はがっつり寝ていた。つまり無反応のはずだ。それなのにこんな時間まで……。見直すというか呆れてしまう。変な寝言を言ってなければいいけど。

「てか、いちおう女の子の部屋に長居しますか。普通……まあ、レオンならいいけど」

 あーもう複雑である。レオンの事は信用しているのでいいが……いや、良くないのか。私にはもう完全に分からなくなってしまった。

「やっぱり、好きなのかな。レオンの事……」

 風呂場の天井を眺めながら、私は誰ともなく問いかける。もちろん返事はない。少なくとも、私はレオンの事を嫌いではない。それは確かだ。じゃなければ、あんな苦労して魔法薬を創ったりしない。ただ、好きかと言われると悩むところだ。それがライクなのかラブなのか、もう自分では分からなくなってしまった。しかし、これは自分でなければわからない。全く難儀なものだ。

「まあ、考えても詮ないことなんだけどね」

 誰もいないことをいいことに、私は泳ぎながら何も考えないようにして温泉を楽しむ。よい子はまねしちゃダメよ。こうして、わたしの入浴タイムは過ぎていったのだった。

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