第19話 遠足 往路

 昼休みのこの時間。私とレオンはいつも通り、ベンチに並んで座っていた。

「えっ、遠足の護衛?」

 レオンは静かにうなずいた。

「うん、明後日から遠足なんだけど、護衛が出来る魔法使いを探しているんだ。それで、イライザが忙しくなければお願いしたいんだけど……」

 レオンの話を聞くと、通常は街の警備隊が帯同するのだが、今ちょうど街を騒がせている盗賊団への対応で人が割けないらしい。それで、今回は特例として上級課程の魔法使いに白羽の矢が立ったらしい。

「うーん、暇だから別に構わないわよ。で、どこに行くの?」

 私は読んでいた本のページをめくり、レオンに尋ねる。

「えーっと、確かカドニ・クレスタっていう街だったと思うけど……」

 レオンが自信なさげにいうが、私は本をパンと閉じた。

「カドニ・クレスタっていったら温泉じゃない。分かったこの話受ける!!」

 にわかにやる気が出てきた私。カドニ・クレスタの温泉は美肌効果があるとかで、主に女性に人気である。そこにタダでいけるなら、この話を受けない手は無い。

「あ、ありがとう……」

 どことなく冷たい視線を送ってくるレオンを無視した。

「それで、他に護衛はいるの?」

 レオンは首を横に振った。

「いないから、迷ったけどイライザに頼んだんだ。みんな卒業論文で忙しいらしくて、中等課程全員で当たってるけど、なかなかOKしてもらえないみたい」

 ……なるほど。この時期はみんな忙しい。

「まさか、私1人ってことは……」

 恐る恐る聞いてみると、レオンはそっとうなずいた。

「マジか。中等部って確か100人以上いたはずなんだけど……」

 仮に100人として、20人乗りの特殊な大型馬車を使っても10台は必要になる。実際はもっと多いだろう。それを1人で護衛となると、これはかなりシンドイ。カドニ・クレスタは隣町でいかにこの辺りは平和な場所とはいえ、万一の時に対応出来るかどうか……。

「大丈夫。イライザは絶対に失敗しないから」

 なぜか自信ありげに、レオンがそう言って笑った。

「あのねぇ……。まあ、いいわ。護衛が増えたら教えてね」

 私の言葉にレオンがうなづく。

「じゃあ、僕は護衛をしてくれる人を探してくるね」

 昼休みの時間はまだ中頃だが、レオンはトテトテと私から離れていった。いつもは時間いっぱいまでべたべたしているので、これは本当に急務らしい。

「まあ、期待しないでおきますか……」

 誰ともなく私はそうつぶやいたのだった。


 1週間後、いよいよ中等部の遠足当日がやってきた。

「……で、やっぱりこうなったわけね」

 居並ぶ大型馬車を見渡しながら、私はつぶやいた。結局人が確保出来なかったようで、護衛は私1人となった。

 ……まあ、この辺は滅多に魔物も出ないし何とかなるか。

「では、出発しますよ。イライザさんお願いします」

 今回の遠足は、薬草学を教えているマリー先生が責任者だ。先生に促され、私は自分の馬に乗った。私だって、こうみえてちゃんと馬に乗ることが出来る。滅多にその機会はないけどね。私が先導する形で馬車の隊列が動き出す。いよいよ出発だ。滅多に通らない学校の正門を抜け、馬車は早朝の草原を駆け抜けていく。

「さて、準備しますか……」

 私は呪文を唱え「探査」の魔法を放った。瞬間、私の周りを取り巻くように4つの「窓」が現れ、辺りの様子が表示された。「窓」は半透明なので、ちゃんと肉眼で外の様子も見える。これで近づいてくる何かが分かるという塩梅だ。護衛が少ないなら、魔法で補うしかない。

「今のところ問題ないわね……」

 4つある「窓」を隈無くチェックしながら、私はとりあえずホッとした。馬を適当な速度で走らせながら。緊張感だけは残してじっくり旅を楽しむ。思えば学校の外に出たのは何年ぶりだろう。もう忘れてしまった。

「おっと、お出でなさったか!!」

 ピーというアラームと共に正面の「窓」に赤い点が表示されている。ちょうど街道を塞ぐ形になっているので、これは排除しなければならない。私は探査範囲を一気に狭め、代わりに遠くまで見えるようにした。

「グリズリーか。野生動物をむやみに倒すのは気が引けるけど……」

 それは巨大な熊だった。それもかなりの巨体でかなりどう猛だ。遠足隊が進むには安全第一でなければならない。まだ肉眼では姿が見えないが、私は攻撃魔法を唱えた。

「……ファイヤ・アロー!!」

 私の周りに8本の炎の矢が生まれ、凄まじい勢いで飛んでいった。私は「窓」を見ながらそれを制御する。完全な射程外攻撃……。すなわち、相手に発見される前に叩く戦法だ。8本の矢は狙い違わず「窓」の赤い点にぶつかった。今頃大爆発している事だろう。そして消える赤い点。私が使った攻撃魔法は上級に分類されている。標的となったグリズリーは骨も残さず燃え尽きたはずだ。

「あー、やっぱりなんか後味悪いわね。これが、今回の仕事だけど……」

 いちおう学生ということで、今回の仕事に対する対価はわずかなお金だった。しかし、お金を貰った以上は責任がある。どこかで割り切らなくてはならない。ずっと警戒を怠らずそのまま街道を進んで行くと、程なく街の壁が見えてきた。

 こうして、敵らしい敵も現れず私たち遠足の一行は、無事にカドニ・クレスタの街に到着したのだった。

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