第18話 平和
魔法薬精製作業も片付き、また日常が戻ってきた。この学校は装飾品類持ち込み禁止だが、半分卒業状態だからなのか、どの先生も注意したりしてこない。面倒がなくて助かるが、ちょっと寂しくもある。そんなある日、私は自室で常にポケットにしまってある手帳を開いていた。いつぞや使った事があるが、この手帳には全校生徒や教員の事がギッシリ書いてある。これは誰にも言えないが、私は「ストーカー」と呼ばれるごく小さな魔法で作った物体を常に各個人に貼り付けてあり、その行動がこのメモ帳に記載されていくようになっているのだ。何に付け情報は肝心である。
……えっ? プライバシーの侵害?
ふふふ、気がつかない方が悪い。私が開いているのはレオンのページだった。やるまいと思っていたのだが、好奇心の方が強かった。
「うーん、平凡ね」
メモ帳に記載されている内容を見る限り、レオンはごく普通の学校生活を送っている。体が小さくなった時はさすがにちょっと波乱があったようだが、意外な事にすぐに辺りを納得させて平穏を取り戻している。今ではそれが当たり前になってしまったようだ。
「ふぅ、私には出来ない芸当ね。大したもんだわ……」
メモ帳を閉じ制服のポケットに突っ込むと、私は思わず苦笑してしまった。
もし、体がいきなり推定5才になってしまったら、あなたならどうする?
私なら何が何でも元の体を取り戻そうとするだろう。テストをしていない魔法薬でも、迷わず飲んでいただろう。ここが彼の凄いところだ。
「やっぱり、分からないなぁ」
椅子の背もたれに身を預け、何もない壁を見つめながら私はつぶやいた。考え方は人それぞれだが、大体元の体のに戻りたがるだろう。しかし、彼は猶予を置いた。目の前に戻れる(かも)しれない魔法薬があるのに……。
「まっ、いきなり15才になられても、私も困るからいいか」
何が困るのか。それは、15才の体を持ったレオンと付き合っていたときより、推定5才になってしまったレオンとの付き合いが長いからである。彼を元に戻したい一心で魔法薬を創りはしたが、正直彼が飲まなかった事に安心している自分がいる。
「あーもう、私らしくないなぁ。複雑すぎる!!」
こんなもやもやした気分は初めてだ。15才だろうが推定5才だろうがレオンはレオン。でも、私は後者の方が好きだ。しかし、私は魔法薬を創った。矛盾している。理屈に合わない。
「魔法使いたるもの常に冷静に……無理だわ」
自分で言うのもなんだが、これでもどんな状況でも魔法が使えるように、徹底的にマインドコントロール出来るように仕込まれている。しかし、レオンとの関係は無理だ。なんかもやもやしてくる。
「ずっと勉強ばかりやってたからなぁ。友達もいないし……」
そう、悲しいかな。入学してからずっと勉強していた私には友達が全くいない。そんなもん要らないと思っていた過去の自分を殴りたい。きっと鼻持ちならないヤツだっただろう。お陰であとは卒業を待つだけの身となったが、ちっとも嬉しくなくなってしまった。
「ったく、これもレオンのせいだ!!」
私は反動を付けて勢いよく立ち上がった。じっとしていると良くない。
「余った魔法薬をレオンのお父様に返さないとね。整理しないと」
私は虚空に大きな「穴」を開け、中に入っていった。最初は整然と並んでいた箱が無造作に開けられ、足下にも材料が飛び散っている。このほとんどが「基剤」で使用したものだ。
「こりゃやり甲斐あるわね……」
私は複雑な呪文を唱えた。すると、おもちゃ箱をひっくり返したような状態になっていた「穴」の内部が、まるで逆戻しするように片付いていく。それぞれの材料がそれぞれの材料が入っている箱へと戻り、最後に大きな蓋をして完了。簡単にやったように思えるだろうが、これが結構複雑で魔力を使う魔法だ。
「さて、これでよし。レオンに行って回収してもらわないとね」
魔法薬創りが終わった今、私が持っていても意味が無い。なにせこれだけの材料だ。捨て値で捌いても相当な金額になるはず。レオン家の懐事情は知らないが、返却されて損はないだろう。私が「穴」から出ると、ちょうど良く昼の鐘がなった。
「おっ、ちょうどいいわね。さっそくレオンに話そう」
私は自分の部屋を出て学生食堂に向かった。「飛行」の魔法で一気に量の廊下を飛び、出入り口のドアの前で急減速。そうそう何度も壊したら申し訳ない。ドアをそっと押し開けると、再度加速して食堂を目指す。急ぐわけがあった。少しでもタイミングをずらすと、そこはまさに戦場。一気に押し寄せてきた学生の群れに紛れ込まなければならなくなる。外廊下を歩いていた誰かを跳ね飛ばしつつ、私はあっという間に食堂に着いた。急いだ甲斐があって、まだ人がほとんどいない食堂で私は適当にパンを買い、そのまま中庭に向かって歩く。いつものベンチに来ると、びしょびしょに濡れていた。
……そういえば、さっきまで雨が降っていたわね。
私は「乾燥」の魔法をベンチにかけた。見る間に座面と背もたれが乾き、座れるようになった。私はベンチに座り、レオンが来るのを待つ。しばらくすると、トテトテと彼がやってきた。その手にはノートがある。
「イライザ~これ教えて」
レオンは挨拶も抜きにノートを開き、私に差し出してきた。
「はいはい、えー……」
それは魔法の制御術に関する内容だった。実際に魔法を使い始める中等部最大の壁だ。
「とりあえず座って。食べながら解説するわ」
レオンはうなずいて私の隣に座った。
「まずね、呪文の解説からなんだけど……」
私はパンをかじりながら真剣な面持ちのレオンに解説していく。その姿は何とも健気で可愛い。例えそれが、見た目推定5才の15才だったとしても。
……くそ、やっぱり15才に戻しておくか。可愛いすぎる!!」
レオンは取り立てて頭がいいというわけではなく、かといって悪いわけでもないごく平均的な感じだ。ただし、飲み込みが良く、私が解説する事を驚くほど素直に吸収していく。この調子なら問題ないだろう。
「……って感じなんだけど分かった?」
私は最後のパンをかじってそう言った。
「うん、多分大丈夫。明日小テストだから心配だったんだ。ありがとう」
レオンがホッとしたようにそう言った。
「料金は出世払いにしておくわ」
「出世出来ればね」
冗談めかしてそう言って、私たちは笑った。
「ああ、そうそう。あなたのお父さんに連絡して欲しいんだけど、魔法薬の材料が大量に余ったから返却したいの。一筆書いてもらえる?」
私の問いにレオンはうなずいた。
「やっぱりイライザは真面目だね。使った事にして売っちゃえばいいのに」
……あのねぇ。
「そうもいかないでしょ。私だって品行方正とは言わないけど、拾った銅貨を警備隊詰め所に持って行くのとわけが違うのよ」
私はため息をついた。
「そこがイライザのいいところなんだよね。やっぱり好きだなぁ」
レオンがぼんやりとつぶやく。
「さりげに恥ずかしい事を言うな!!」
私はレオンの頭をコツンと叩いた。
「好きな人を好きって言っても誰も文句言わないでしょ。照れているイライザも可愛い……おっと!!」
私が無言で繰り出したパンチを、レオンはノートで防いだ。
……うぬっ、やるな!!
「あ、あのさ、好きだの可愛いだの四六時中言われたら、なんか有り難みがなくなるからやめなさい!!」
レオンを睨みながら私はそう言った。
「あはは、顔面真っ赤だよ。可愛いなぁ」
……お、お前の顔も真っ赤に染めたろか!?
「ま、まあ、いいわ。手紙の件忘れないでよ!!」
ボコボコにしてやりたい気持ちをグッと抑え、わたしはレオンに念を押した。
「分かってる。明日には返信が来ると思うよ」
その時、昼休みが終わった事を示す鐘がなった。
「じゃあ、また夜に」
「分かった」
こうして私はまた1人になったのだった。授業も出なくていいので、論文書き以外にやることがない。
「あーあ、友達作っておくべきだったわね」
ベンチの背もたれに身を預け、私は空を仰いだのだった。
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