第17話 片付けまできっちりと
「まずは水を止めて、次に火を落として……」
私のコントロールに従い、9カ所で燃えていた火が消えた。ここはおなじみの部屋だ。お風呂で汚れを落としベッドでゆっくり休み、起きたのはすでに昼も回った頃だった。それから今まで使っていた装置の解体作業である。1つ失敗したのは火を落としていなかった事。危ないしこうやってガラス管を冷ます無駄な時間が出来てしまった。
「よし、装置は順調に冷却中ね」
虚空の「窓」に表示される状況を確認しながら、装置全体が緩やかに冷めていく事を確認した。この部屋に置いてある器具は。魔法薬精製の邪魔にならないよう、あえて魔法で強化されていない。だから、急激に冷却すると簡単に割れてしまう。
「さーて、冷めたらまた大仕事ね。その前に論文でも書くか」
これだけの装置を片付けるのは、軽く見積もっても1日はかかるだろう。それまでつかの間の空き時間だ。私は片隅のテーブルに椅子を置き、昨日書いていた論文の続きを書き始めた。今はまだ午前の授業が行われているはずだ。レオンが昼食を持って現れるのはまだ早い。
「それにしても、推定5才の体が気に入っちゃうとはね。レオンも変わり者だわ。まあ、私も助かるけど」
サラサラと紙にペンを走らせながら、わたしは思わずつぶやいた。
……あれ、何が助かるんだ?
「まあいいわ。ささっと論文書いちゃいましょう」
彼を元に戻せるはずの魔法薬は文字通り私の胸にある。ある意味で保険だ。これがある限り、彼は私に対して変な事は出来ない。遠くに行くこともない。
「まっ、私と別れるなら素直に戻してあげるけどね」
私は別に執着しない。今の所そんな理由はないが、何があるか分からないのがこの世である。万一の時は、私は素直に動くつもりだ。その時、ピーという音が聞こえた。
「おっ、終わったかな」
虚空の「窓」で装置全体が、適度な温度に冷却された事を確認した。
「さて、お片付けしましょうか」
私は椅子から立ち上がると、装置の解体に入った。組むときは慎重だったが、片付けは丁寧かついい加減である。そうでないと、片付くものも片付かない。
「それにしても、我ながら良く組んだものね。やってるときは気がつかなかったけど」
それはまさにガラスの城だった。よくぞここまでやったもんだ。しばらくガラス管と格闘しているとやがて昼を示す鐘がなった。
「よし、昼ご飯行くか」
久々に部屋の外での食事である。作業中はやむを得ないとして、やっぱり外の方がいい。
「イライザ~、食事持ってきたよ。いつものサンドイッチだけど」
ちょうど良くレオンがやってきた。手には紙袋を持っている。
「レオン、外行こう外。ここはもう飽きたわ」
ガラスのオブジェはもう見飽きた。まだ3割も解体出来ていないが、こういう時は外に出たいというのが心情だろう。
「いいけど、外は雨だよ」
えっ、朝は晴れていたのに!? 慌てて部屋のドアを開けると、中庭は土砂降りの雨だった。もちろん人はいない。
「あー、そう来たか……」
世の中思い通りにいかないものである。私はそっと部屋のドアを閉め、室内のテーブルに戻った。学生食堂もあるが、今の時間は地獄のラッシュである。
「なんか残念だけど、今日もここで昼ご飯ね」
レオンは小さく笑った。
「そうだね。なんかこの部屋も愛着が湧いちゃったよ」
彼がのんびりそう言う。
「私なんて夢に出そうよ。ここの使用許可を取るときに3ヶ月にしたんだけど、結構ギリギリになっちゃったね。1ヶ月くらいで終わるかなと思っていたけど甘かったわ」
私も小さく笑ってサンドイッチを食べた。まあ、この部屋とお別れと思うと感慨深いというかなんと言うか……。しかし、ホッとした。
「それにしても、魔法薬を創っている時のイライザかっこよかったなぁ。まるで魔法使いみたいで」
レオンが小さく笑う。
「あのねぇ、これでも魔法使いなの。まだ正式には卒業していないけど……」
この国で正式に魔法使いと名乗れるのは、魔法学校を卒業した者だけ。普通の人も簡単な魔法を使うが、これは魔法使いと名乗れない。そういう法律があるのだ。
「いや、もう十分でしょ。イライザが魔法使いじゃなかったら、他の人なんて単なる魔法を使える人だよ」
レオンはある意味危ない事を平気で言った。私は全部の単位を取って悠々自適な学校生活を送っているが、他の人は必死で勉強している。もし、誰かに聞かれたらレオンは生きていないだろう。合掌。
その時、昼休みが終わる鐘が鳴った。
「はい、休み終わり。勉強頑張ってね」
私がそう言うと、レオンは何かを待つように無言でじっとしている。そんな彼の唇に、私は右手の人差し指を当てた。
「いつもやってたら有り難みがないでしょ。ほら、行きなさい」
レオンが欲しいものは分かっていたが、私はそれをそっといなした。
「えー、ケチ!!」
文句タラタラの彼だったが、それでも彼は部屋から出ていった。私の唇は安くないのよってね。
「さて、続きを始めますか……」
そして、私はガラス管の城を解体し始めた。広い部屋一杯に広げた装置を一気にたたき壊したらさぞかし気持ちいいだろうが、あとの弁償が怖いのでやめておく。次々にガラス管を外し、種類別に分けてカゴに収めていく。外す順序も大事だ。うっかりすると全体が一気に倒壊しかねない。わりと神経を使う作業だ。
「全く、これだから魔法薬は面倒なのよね……」
つぶやきながら、私は手を休めない。こんなことで、ダラダラ時間を使いたくないのだ。最後のガラス管をカゴに収めた時。ちょうど夕刻を示す鐘が鳴った。これでよし、明日からは普通の生活に戻れる。私は大きくノビをした。
「イライザ~。あっ、終わったんだね」
全くもってどこかで覗いているんじゃないかというタイミングで、レオンが部屋に顔を出した。
「今終わったばかりよ。それで、今日の晩ご飯は?」
これも最後かと思いながら、私はレオンに聞いた。
「今日はパスタだよ。限定10食分だったけど、根性で2食ゲット」
学生食堂では、たまに数量限定で特別食を出す。これがそれだ。ただの学生食堂と思いなかれ。特別食は本気で美味しい。
「でかした。あとでご褒美あげる」
そう言って、私はレオンの頭を撫でた。
「やっぱり、イライザとご飯を食べる方が美味しいや」
パスタを品良く食べながらレオンが言った。
「またまた、特別食だからじゃないの?」
私はそう混ぜっ返す。照れくさかったのだ。
「違うって。照れてるイライザもいいな」
……コイツ。
手にパスタの皿を持っていなければ、今頃パンチを放っている。
「それで、明日からはどうするの? もうこの部屋は使えなくなるわよ」
私はレオンに問いかけた。
「そうだねぇ、中庭ってのはどうかな? ここなら男女別じゃないし、一緒に食事出来ると思うけど……」
私は1つうなずいた。
「分かった。中庭ね」
レオンが小さくうなずく。
「じゃあ、そういうことで……で、ご褒美は?」
レオンがこちらをじっと見つめながら問いかけて来た。
……あんたは「待て」の命令を出した犬か?
「分かった分かった。じゃあ、今日はスペシャル!!」
私はレオンの唇に自分の唇を合わせた。それだけではない。レオンの小さな口に舌をねじ込んでやる。そう、いわゆるベロチューだ。
「はい終わり。って、どうしたレオン?」
私は固まったまま動かないレオンに声を掛けた。しかし、返事が無い。屍のようだ。
「やれやれ、お子様には刺激が強かったかな。いつまでも、私が優しいキスばかりすると思わない事ね」
レオンからの返事はない。再起動にはしばらく時間が掛かるだろう。こうして長い夜は更けて行くのだった……。
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