第16話 魔法薬完成?
「さて、始めましょうか」
部屋のドアをロックして、私は装置の前に立った。今さらなから、学校にあるしょぼい機材でここまでやったもんだ。
私は下処理済みの材料を、それぞれの投入口に向かって虚空を移動させる。全部一気に投入するわけではない。そんなことしたら爆発する。
「基剤投入」
私はビーカーに入った黒い液体を第1投入口からゆっくり注ぎ込んだ。ガラス管を伝わって加熱を続ける1番フラスコの水に基剤が溶け込み、やがて基剤が混ざった黒い蒸気が装置内を流れていく。
「2番口材料投下。ゆっくりね……」
これは誰かに言っているのではない。自分に対して言っているのだ。
「2番口材料投下完了。現段階で装置に異常なし」
ちらりと虚空の「窓」を確認したのち、続いて3番口の材料を投入する。この調子で9番口の材料を投入すると、私は装置の終端にあるビーカーに向かった。すでにどす黒い液体が出始めているが、それをこまめに捨てていく。これを琥珀色がかった透明な液体になるまで続けるのだ。作業終了まであと2日半というところだろう。単純作業だが必要な作業。これで3日間は手が離せなくなるのだ。
「さてと、論文でも書いちゃいますかね」
抽出されるどす黒い液体は、決してジャージャー流れ出てくるわけではない。適度に溜まった時に様子を見て捨てればいい。目は離せないが暇。なんとも微妙な状態だ。・だから。その暇な時間を論文書きに当てようかなという魂胆だ。これだけ苦労したんだから、そのくらい罰が当たらないだろう。私は虚空に開けた「穴」から紙束とペンを取り出した。論文のタイトルは「魔法薬と禁術について」。えっ、ストレート過ぎ?
こうしてちょうど論文が半分書けた頃、ついにビーカーに透明な液が溜まり始めた。
「よし、ここまでは順調ね。あとは抽出が完了するのを待つだけか……」
今のところ特にトラブルはない。自分で組んでおいて言うのも何だが、ノントラブルでここまでたどり着けるとは思わなかった。なんでもやってみるものである。
やがて、ビーカーに溜まる液体が完全に透明になるのを見計らって、私は装置から外した。透明な液体は水蒸気由来の水だ。材料が全て使われたサインである。
「さて、後はこれを冷まして瓶詰めすれば完了ね。モルモット君が来るまであと少しか……」
レオンがいないと成否が分からないので、まだ仮段階ではあるがいちおうの完成である。私はドアのロックを解除した。しかし装置は動かしたまま。あくまでも、まだ仮完成だからだ。
「それにしても、体力自慢でもさすがに疲れたわ。もうどれくらいここにいるんだっけ?」
多分1ヶ月くらい引きこもっていただろう。ここより装備も充実していて、ノウハウもある魔法薬専門の店ならもっと早く出来ただろうが、専門ではない私の全力がこれである。
その時、夜の鐘がなった。もうじきレオンが食事を持ってくるだろう。
「あー、15才の体を取り戻したレオンか。まだ好きでいられるかな?」
私は部屋の天井に向かって問いかけた。無論答えはない。レオンが推定5才の体でいる期間が長すぎたのだ。ちょっと前まで推定5才だった子が急に15才になるのである。
「あはは、イライザも同じ事考えていたんだ」
いきなりレオンの声が聞こえ、私は文字通り飛び上がった。
「こ、こら、気配を消して近寄るな!!」
レオンは小さく笑った。
「だってさ、天井をぼーっと見つめながら何か言ってるんだもん。邪魔したら悪いでしょ?」
……グヌヌ。
「ま、まあ、いいわ。魔法薬が出来たわよ。成功するかどうかは、あなたが実際に飲んで試すしかないけどね」
私はそう言って薄い琥珀色をしたビーカーをレオンに付き出した。
「飲むかどうかはあなた次第よ。私も保証できないから、無理にとは言わないわ」
レオンはしばらく考えた素振りを見せ、そして思いも寄らぬ事を言った。
「イライザ、この魔法薬って保存が利くの?」
彼は真剣な面持ちでこちらを見る。
「保存? うーん、まあ。今回の材料なら半永久的に大丈夫だけど……」
魔法薬と言っても色々あって、作ってすぐ飲まないとダメなものや1年くらいしかもたないものもあるが、この魔法薬は半永久的に保存が利くタイプだ。
「もしテストで魔法薬を飲んで、当たりなら僕は15才の体に戻っちゃうんだよね?」
私は黙ってうなずいた。当たり前だ。そのための魔法薬なんだから。
「じゃあ、瓶か何かに入れて保管しておいてよ。僕もこの体でいるのに慣れちゃってさ。イライザにはなんと言ってお詫びしていいのか分からないけど、元に戻すのはもう少し待って欲しいんだ」
本来なら文句タラタラどつき回すところだが、彼の真剣な目つきがそうさせなかった。
「……分かった。ただ2つ約束して。これがまだ完成しているかどうか分からないから、それについて文句を言わない事。この薬に関してはもう2度と精製作業を行わない事。これが飲めるなら、あなたの言うとおりにするわ」
私は何とかそう言い返した。それが精一杯だった。
「それはもちろん。僕の我が儘だもん。もう一回作れなんて言わないし、失敗していても文句は言わない。そのくらい分かっているよ」
レオンは小さく笑った。一発ぶん殴ってやりたい気持ち半分、なぜかどこかホッとした気持ち半分。なんとも複雑だ。
「それじゃ、テスト抜きで完成とします」
私は魔法薬の入っていたビーカーを変形させ、少し大きめのペンダントにした。中には魔法薬が入っている。ついでに結界魔法で簡単には割れないようにしておいた。
「このペンダントどっちが持ってる?」
私が聞くとレオンは小さく笑った。
「もちろんイライザだよ。なんか僕の命預けたって……おぶっ!?」
気楽な口調でいうレオンを右ストレートで黙らせた。
「だーれがあんたの命なんて……分かったわよ。私が持っておくわ」
あー途中で「それもいいかも?」と思ってしまった自分のバカ!!
「ああ、愛が痛い……」
左のほっぺたの辺りを摩りながら、レオンが何か言った。
「黙れ!!」
そして、私のミドルキックがレオンを完膚なきまで叩きのめしたのだった。
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