第15話 戦い前夜?

「あーもう、これじゃダメだ!!」

 私は頭を掻きむしり、今し方まで魔法薬の処方を書いていた紙を放り出した。問題は基剤だった。癖が強い事は述べたと思うが、その癖のせいで主剤に使える材料が限られてしまったのだ。これはなかなかの難敵である。

「全く特異体質だとは思わなかったわ……」

 無論事前に主剤を含めた処方をいくつか考えていたのだが、レオンがとりわけ癖のある基剤しか受け付けない事がわかり、肝心要の主剤に制限が出てしまった。私が考えていた処方は全てダメ。ここに来てイチからやり直しである、魔法薬ではままあるが結構シンドイ。

「クラウネ、リトス、ヘキサール……は基剤と相互作用を起こすからダメ。代わりにえーっと……」

 もう何度目か分からないが、私は紙に材料名と量を羅列していく。少しでもあの魔法の反対魔法に近づけるには、まだまだ全然材料が足りない。

 優秀な魔法使いを召し抱えているのか、レオンのお父様が気を利かせてくれたようで、あまりに高価なためにリストに書くのを躊躇った材料まであるので、当面は問題ないのだが、この組み合わせが非常に難しい。どれも個性的というか「自己主張」が強いというか、馴染むものは馴染むが喧嘩してしまうものは喧嘩してしまう。それをどうにかするのが、魔法使いの腕の見せ所ではあるのだが……。

「ふぅ、何とか出来たかな」

 真っ黒になるまで書き込んだ紙を見ながら、私はひとまずため息をついた。これだけやっても成功する保証はない。しかし、これが今私が考えられる最良の処方箋だった。

 そして、ちょうど昼を知らせる鐘が鳴る。もう少しで、レオンがここにやってくるはずだ。ちょうどいい、調合に入ったら手を離せないので、一休みしよう。

「あーシンドイ……」

 部屋にあった椅子に身を預け、私はぼんやりと天井を見つめた。この部屋に缶詰になってどれくらいたったのだろう。髪の毛はボサボサ、全身のお肌もなんか痒い。女の子としてはかなりアレな状態である。

「イライザ~って、どうしたの?」

 私がボケら~としていたのが心配だったのだろう。レオンがそう言って部屋に入ってきた。

 ……ノックくらいしなさいよ。

「大丈夫よ。調合前の一休みだから。ここから先はノンストップ。3日くらいご飯食べる暇もないかな……」

 レオンは心配そうに言った。

「えー、それじゃイライザが壊れちゃうよ。僕はこのままで……むぐ」

 私はレオンの口を手で塞いだ。

「軽々しく『僕はこのままでいいから!!』なんて言わないでね。ここまでやったのは私の責任だから何も言わないけど、あなたのお父様からも頼まれた。そして、なによりあなたは元の15才の体に戻りたがっている。これでやめたら私が納得しないわ」

 レオンは黙ってしまった。私はレオンから反射的に出た言葉など受け入れない。そのくらいの覚悟で作業している。

「上手くいくかわからないけど、今考えられる中では最高の処方は完成してるわ。後は抽出して調合するだけ。たった3日よ。まだ頑張れるから心配しないで」

 そう言って笑うと、私はレオンが持ってきたサンドイッチを食べた。

「……やっぱり、イライザは凄いや。僕じゃもうへこたれているよ」

 しばらく黙っていたレオンが口を開いた。なぜか分からないが、その目には涙まで浮かんでいる。

「そりゃあんたと場数が違うわよ。ただ言っておくけど、成功か失敗かは5部5部よ」

 あまり過度に期待されても困るので、私はそう釘を刺しておいた。

「成功でも失敗でもいいよ。僕はその結果を受け入れるから」

 レオンがそう言って抱きついてきた。

「覚悟決めてね。これは私もだけど、この処方でダメならもうどうにも出来ないから」

 魔法庁の機材と人を借りれればもう少し突っ込めるが、そのためにはレオンの魔法についての話をしなければならないのでこれはパス。学校にある機材と私の頭、そしてレオンのお父様が送ってくれた材料。これで解決するしかない。

「分かった、覚悟しておくよ。イライザも無理しないでね。

 そんなレオンに私は軽くデコピンした。

「もう無理してるわよ。あなたに掛けられた魔法はそう簡単には解除できない。それだは把握しておいてね」

 レオンはうなずいた。

「それは分かっているつもりだけど、実際はイライザの方がよく分かってると思う。僕には魔法自体がちんぷんかんぷんだからね。そのイライザがベストだっていうなら、僕は信じるよ」

 気がついたら、私とレオンは長いキスをしていた。

 ……あわわわわ。

 こうして、私たちはおおよそムードに欠ける場所ではあったが、休み時間が終わるまで一緒に過ごしたのだった。

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