第14話 手間が掛かる子

「これもダメか……」

 まさか基剤の調合だけでこんなに手間が掛かるとは思わなかった。レオンの体質なのか胃腸が弱いだけなのか、一般的に使われる基剤の処方はほとんど試した。しかし、その全てがダメだった。これでは先に進めない。無視して進めても意味がない。

「やれやれ、手間が掛かる子ねぇ」

 怖いことに、私はもうレオンが推定5才の体になってしまった事に慣れてしまった。今さら15才の体に戻らなくてもいいと思ってしまっている。しかし、彼が元に戻りたがっている以上、私はこの作業を続けるつもりだ。それが私という生き物である。

「ふぅ、今回も酷い目に遭っちゃったよ」

 一通り落ち着いたのか、レオンがトイレから出てきて苦笑いのようなものを浮かべた。

「キツいならやめてもいいわよ。基剤でこれだったら、主剤はさらに何が起こるか分からないし……」

 すると、レオンは首を横に振った。

「ここまでイライザが頑張ってくれているのに、今さらやめるなんて言えないよ。それにこんな体じゃまともにイライザと恋愛……ムギュ!?」

 何か言い出したレオンの口を私は唇で塞いだ。そして、ゆっくり離れる。

「あのねぇ、いくら私がお人好しだって、何とも思っていない男にここまでやると思う?」 私の口から、やたら恥ずかしい言葉が自然と飛び出た。

 ……あわわ、なに言っているんだ。私!?

「えっ、じゃあ……」

 固まっていたレオンが戻ってきた。

「はいはい、私はあなたの事が好きなの。今自分でも初めて気がついたけど」

 瞬間、レオンがぶっ倒れた。

「ちょ、大丈夫?」

 私は慌ててレオンを抱きかかえると……。

「我が人生に一片の悔い無し……」

 ……なんだ、大丈夫だ。私はレオンを床に放り出すと、テーブルの上で魔法薬の処方を考え始めた。むろん、傍らにはレオンに頼んで集めた魔法薬がらみの本が山と積まれている。私も決して専門というわけではないので、資料は大変重要である。

「……次はこの系統かな」

 資料を読み漁るうちに、一般には使われない系統の基剤を見つけ出した。精製が難しいがやるしかない。

「さて始めますか。デリケートな調合だから、邪魔者は外に……」

 私は倒れたままのレオンを魔法で部屋の外に飛ばし、ついでにドアをロックした。これで仕事に集中出来る。私は6つほどの材料を取り出し、それぞれを粉砕してすり潰す。ここまではいつもの手順通り。違うのは、私から1番近い第1投入口から入れるのは1種類、まさか基剤段階で使うと思っていなかった第2投入口から残り全部を投入する。こうする事で、第1投入口から入れた材料が煎じられた蒸気に第2投入口で煎じられた蒸気が交わり、最終的に末端にあるビーカーに液体として落ちるわけだ。

「さて、上手くいくか……」

 私は虚空の窓を見つめる。今のところは異常は無い。上手くいってくれないと困るのだが……。

 私の心配は杞憂に終わった。かなり面倒な処方だったが、どうやら上手くいったようだ。私はビーカーをテーブルの上に置き、部屋のドアに向かった。すると、まだ腑抜けになったまま廊下に倒れていたレオンに往復ビンタをかました。思い切り。

「ん、あっ、エライザ……」

 ようやく我に返ったようで、レオンがむくりと体を起こした。

「エライザじゃない。イライザ!! また基剤が出来たからちょっと試して」

 レオンは黙って首を縦に振った。その右手を掴み、勢いよく部屋に引きずり込む。

「言っておくけど、この薬はかなり特殊だからね。腹痛じゃ済まないかもよ」

 私はわざとふざけた調子でそう言った。しかし、これは本当の事だ。基剤のくせに変な「自己主張」があり、肝心の主剤を調合するときも細心の注意が必要となる。

「分かった、覚悟は出来ているよ」

 レオンはそう言って、私が差し出したビーカーの液体をそっと飲んだ。そして、しばらく待つ。……何も起きない。

「レオン、大丈夫?」

 彼はうなずいた。よし、これでやっと基剤が完成した。

「レオン、喜びなさい。これで次の段階に進めるわ!!」

 レオンからビーカーを奪い取ると、私は心の底から声を上げた。

「イライザってやっぱり凄い。ますます好きになっちゃった」

 レオンもそう言って笑顔を浮かべる。こうして、私の魔法薬作りはやっとスタートラインに立ったのだった。

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