第11話 魔法薬生成準備

「さてと、これで完成」

 広い室内を埋め尽くしたガラス管のオブジェを見渡しながら、私は一息ついた。これこそが、魔法薬の授業がごく基本的なものしかやらない理由なのだが、とにかく準備に時間が掛かるのだ。実際、なるべく簡素に組んだにも関わらず、お昼抜きで丸1日かかってしまった。

「あー疲れた。これで今日は終わりって言いたいけど、もう一仕事ね」

 1人つぶやいて、私は虚空に「穴」を開けた。人1人が通れるかという程度の大きさだ。私はその中に入っていく。そこには、今朝方搬入した魔法薬の材料となる荷物が種類別に整然と並んでいた。無造作に放り込んでいるようで、そうなるようにあらかじめ設定しておいたのだ。

「それにしても、これだけ用意するなんて、レオンの家って何者なんだか……」

 貴族とは聞いていたが、右から左に簡単に動かせる金額ではなかっただろう。全く恐ろしい……。

「実際に魔法薬を創るのは明日以降として、とりあえず材料が全部あるか確認しますか……」

 私は居並ぶ木箱に書かれた材料名を確認していく。私がリストアップした通りだが、数が多すぎてなかなか全部を見きれない。しかし、これは魔法薬を創るに当たって重要な作業である。多い分には問題ないが、少ないと大変困ることになる。1度精製を始めると止められないのだ。万一止めてしまうと、それまで使った材料が無駄になってしまう。

「よし、大丈夫ね。全部揃っているわ」

 一通り確認を終えると、私は「穴」から外に出た。窓の外は完全に日が落ちて真っ暗になっている。

「予想はしていたけど、やっぱり時間が掛かっちゃったわね」

 部屋の時計を見ると、すでに晩ご飯の時間も過ぎていた。

 ……あっちゃー、今日は飯抜きか。

 などと思った時だった。部屋のドアがノックされた。

「イライザ、夜食持ってきたよ」

 声の主は他ならぬレオンだった。

「あら、気が利くじゃない。ありがとう」

 私がそう言うと、レオンは装置にぶつからないように気をつけながらこちらにやってきた。メニューは冷めたビーフシチューとパン。ボリューミーで助かった。

「それにしても凄いね。魔法薬ってこんなに大変なの?」

 部屋中にオモチャをぶちまけたような状態に、レオンが驚いたようにそう言った。

「魔法薬の種類にもよるけど、今回は最高難度クラスだからね。どうしてもこうなっちゃうのよ」

 実は、私は魔法薬は専門ではないというか、ぶっちゃけ苦手だ。普通なら得意な友人を巻き込むのだが今回はそうもいかない。魔法に根性論は通用しないが、私の知識と努力、根性で乗り切るしかないだろう。

「ごめんなさい。苦労ばかり掛けちゃって」

 ガラスのオブジェを見渡しながら急にしんみりとレオンが言う。

「ちょっと、急にシリアスにならないでよ。いつものムカつくくらい脳天気にしてなさい」

 私は慌ててそう言った。コイツ殴ったろか!! と思う事は多々あったが、いきなり調子を崩されるとこっちが困る。

「だってさ、付き合って間もない彼氏がバカやったんだよ。普通は捨てるでしょ?」

 レオンにそう言われ私はやっと気がついた。その手があったと。しかし、自他共に認めるお人好しの私だから、多分その選択はしなかったと思う。巻き込まれ体質なのは慣れているしね。

「そういうこと言うなら、今すぐこの場で捨てようか?」

 私がそう言うと、レオンは小さくうなずいた。

「そうされても仕方ないよ。イライザに負担が掛かりすぎているし……」

 ……あちゃ。てっきり、そんなのやだよ!! と言うと思っていたのだが。

「あのねぇ、私の事甘く見てるでしょ? 何も感じてない相手にここまでしないって」

 そういって、装置を見つめているレオンの頭を撫でた。

「私があなたの命を預かっているのよ。魔法薬は呪文と違って失敗したら終わり。それだけでも信用して欲しいんだけどな」

 呪文を創るときは反対の効果をもつ呪文を創るのが常。もし何かあった時に、即座に取り消し出来るからだ。しかし、魔法薬ではそれが出来ない常に一発勝負である。最悪死ぬこともあるのだ。

「そうだね。そうだった、僕の命はイライザに預けたんだった」

 さっきよりは少しマシだが、まだ本調子ではない。少なくとも、彼なりに責任を感じている。それだけ分かれば十分だ。

「そういうこと。気にするなとは言わないけど、こっちも本気だから任せなさい」

 そう言って、私はその場に屈んで彼を抱きしめた。彼か自分のか分からないが、ドクドクと早いを鼓動を感じる。

「い、イライザ!?」

 レオンが慌てたような声を上げた。

「大丈夫、あなたは私が助ける。泥船……じゃなかった、大船に乗ったつもりで構えて居なさい」

「イライザ、今一瞬本音が……」

 完全に調子が戻ったようで、レオンが不審そうにそう言った。

「うるさい。男が細かい事気にするな!!」

 そう言って、勢い任せに私はレオンに口づけしたのだった。

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