第10話 魔法薬

 翌日……。

「えっと、これをこうして……」

 私は朝からガラス管が複雑に絡み合った1つの装置を作っていた。ここは「魔法薬実習室」というそのままのネーミングの1室だ。この学校には同じ部屋が4部屋あるのだが、授業で使うのは1部屋だけ。だから、学校に長期使用許可を求めた時も、あっさりと部屋の鍵を渡してくれたのである。

「全く、我ながら楽天的よねぇ」

 ガラス管を扱いながら、私は思わずつぶやいてしまった。この装置が役に立つ時が来るのは、レオンのお父さんが魔法薬の材料を揃えてくれた時だけ。そうでなければ、苦労して組んだこの装置は全くの無駄になる。限りなくこの装置が必要になる可能性は低いのだが、ゼロでなければ準備しておくのが私の信条だ。

「これを繋いで……よし、完成」

 まだ最終確認が必要だが、ようやく装置が完成した。全作業時間3時間。これでも早い方だ。装置が部屋のほとんどを埋め尽くし、なんだかガラスで出来た巨大オブジェのようになってしまったが、これでも効率を考えた最小限の構成である。それだけ面倒な作業ということだ。魔法薬が不人気なのはこれも原因の1つである。

「さて、あとはこれで材料を待つだけね。可能性はかなり低いけど……」

 そう言って、私は小さく笑ってしまった。私が昨日リストアップした材料だけでも、そこそこの砦が1つ建てられる。簡単に用意出来るわけがないのだが、それでも待ってしまう私がいた。勝負は最後まで分からない。

「さて、レオン待ちね……」

 そうつぶやいて、私は昨日の一件を思い出してしまった。あの口づけ……。思い出しただけでも頭に血が上ってくる。あれ私のファーストキスなんだぞ。もうちょっとムーディーにというか何というか。

『高等科3組イライザ様。お客様がお見えですので、至急正門へお越しください』

 そんな全校放送が流れ、私ははたと我に返った。

 ……客? こんな早朝に?

 怪訝に思ったが、私は部屋を出てしっかり施錠すると、私は学校の正門に向かった。すると……。

「なんじゃこりゃぁ!!」

 私は思わず声を上げてしまった。そこには荷馬車の列が延々と続いている。全ての馬車は見えないが、先頭の馬車に『魔』と書かれたプレートが掲げられているところをみると、一定量以上の魔法薬、もしくは魔法薬の材料が積まれているを事を示しているのだが、これは一体……。

「イライザっていうのはあんたかい?」

 先頭の馬車にいた、いかにも力仕事してるっぽい御者が声を掛けてきた。

「そうだけど、これは何事!?」

 私は御者のオッチャンに問いかけた。

「あんた宛の荷物だよ。送り主はセンチュリオン様だ」

 センチュリオン……ああ、レオンか。って事は。

「……マジで魔法薬の材料を送ってきた」

 にわかに信じがたいが、レオンが絡んでいる以上あのお父様の計らいだろう。

 まさか、本当に文句もなく送ってくるとは思わなかった。それもこんな大量に……比較的安い材料でも馬車1台で城が建つ。マジで。

「で、どこに荷を降ろせばいい?」

 御者の声で私は我に返った。

「え、ええ、そ、そうねぇ……」

 この学校に、こんな大量の荷物を置いておける部屋はない。かといって、中庭に積み上げておくわけにもいかない。結界を張っておけば誰かが盗む心配はないが、邪魔だとクレームが付くこと請け合いだ。ならば……。

「とりあえず、ここにお願い」

 私は呪文を唱え、虚空に巨大な『穴』を開けた。これはその名の通り「ポケット」という簡単な魔法だがとても便利で、手に持ちきれないものを収納出来る。収納力は魔力次第だが、まあ、何とかなるはずだ。

「分かった。おう、みんな仕事に掛かるぞ!!」

 御者のオッチャンが大きな声で怒鳴ると、連なる馬車の群れから声が上がった。何とも暑苦しいが、仕事は早かった。次々に荷ほどきが始まり、巨大な木箱を私が開けた「穴」に丁寧に入れていく。

「あっ、もう来たんだ」

 いつの間に現れたのか、レオンが横に並んでそう言った。

「あのさぁ。事前に言ってよ。ビックリしたわ」

 私はレオンにクレームを付けた。

「あはは、お父様が本気になっちゃってさ。ツテを使って格安で魔法薬をかき集めて、まとめて送ったんだよ。ここまでとは思わなかったけどさ」

 そう言ってレオンは小さく笑った。格安といっても……まあ、いいわ。

「あのねぇ。ちょっと多すぎるわよ。目立ってしかたないし」

 ちょっとじゃなくかなりなのだが、私はレオンに言った。

「うん、お父様からの返信で足りないと困るから、多めに送るって書いてあったけど、まさかここまでとは思わなかったよ」

 なぜか嬉しそうにレオンが言う。

 ……喜ぶな。全く。

「それにしても、ここまでしてもらったらやるしかないわね。魔法薬って面倒だから、成功する可能性は……いや、やめましょう」

 隣にレオンがいる事を考えて、私は言葉を引っ込めた。簡単なものならともかく、ここまで複雑な魔法薬を創る事は初めてだ。今の時点で考えられる理論は完成しているのだが、呪文と違って試作品が出来たらその度にレオンに飲んでもらわないといけない。その結果、予想もしない事が起きるかもしれないのだ。これだけ複雑な魔法薬だ。配合を間違えたら、最悪命を落としがねない。私はレオンの手をそっと握った。

「えっ?」

 驚いたような声を上げるレオン。

「レオン……今ならまだ間に合うわ。私に命を預ける気がある?」

 あえてトーンを落とした声で、私はレオンに聞いた。

「魔法薬って聞いた時に、本当にイライザが僕のために煮詰まっていると分かっているし、元々は僕が魔法を失敗した事が原因だしね。もちろん、僕はイライザを信じるよ」

 そう言って、レオンは小さく笑った。すると、私は自分でも信じられない行動を取った。

彼の身長に合わせてしゃがみ、その口に自分の唇を合わせたのだ。

「えっ、イライザ!?」

 さすがに驚いたようでレオンが声を上げた。当たり前だ、私だって驚いている。

「さ、さ、さて、頑張らないとね。あんたの命もらったわよ!!」

 半分誤魔化しで私は大きな声を上げた。

「う、うん、イライザに任せるよ。もし、死んでも後悔はないよ」

 こちらも元の調子に戻ったか、レオンがそう言った。その頭を軽く撫でる。

「死んでもとか言わないの。私はあなたを殺すつもりなんてないんだから」

 私がそう言うとレオンは小さくうなづいてこちらを見上げた。

「それもそうだね。ごめんごめん」

 レオンは小さく笑みを浮かべた。

「さてと、荷下ろしが終わったら魔法薬精製装置の仕上げしなきゃね。昼までには出来ると思うから、あなたは授業に集中してね」

 私がそう言うと、レオンはうなづいた。そして……」

「ねぇ、もう一回キスして。そしたら僕頑張れる……ムギュ!?」

 私はレオンの口に両手の人差し指を突っ込み、横に思いっきり引っ張った。

「ちょーしに乗るな!!」

 ……全くもう。思い出しただけで恥ずかしくなる。

「ほら、さっさと行きなさい。遅刻するわよ」

 私がそう言ってレオンの肩をポンと押し出した。

「ううう、イライザのケチ!!」

 文句を垂れるレオンを私は無視した。そんなに私の唇は安くない……ってね。

 さてアホな事を言ってないで、私は私の仕事に集中しなきゃ。レオンを元に戻すための魔法薬。成功したら論文書けるわね。そう私はちゃっかりしているのだった。

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