第9話 苦肉の策

「えっ、魔法薬!?」

 中庭のベンチに並んで座りながら、私はレオンに全てを話した。

 すると、彼は素っ頓狂な声を上げた。

「嫌なら呪文にするけど、そうすると比喩じゃなくて私の首が飛ぶわ」

 私はそう言ってため息をついた。

「嫌じゃないよ。ただ予想外だったからビックリしただけ。イライザの首が飛ぶくらいなら僕はこのままでもいい。無茶しないでね」

 私の目を見て真剣な面持ちでいうレオンに、私は不覚にもドキリとしてしまった。

 ……この見た目推定5才め!!

「コホン。だから、魔法薬で攻めるっていってるじゃない。味は保証しないけど、呪文に頼るよりはまだ可能性があるわ。ただ問題があってね……」

 私は魔法薬の材料が膨大になること、その購入費用が恐ろしく高額な事を伝えた。

「なるほど、簡単にはいかないみたいだね。お父様に相談してみるよ」

 レオンはそう言って小さく笑った。

「うーん、あなたのお父様に相談しても難しいと思うわよ。知らないと思うけど、魔法薬の材料ってかなり高いのよ」

 私がそういうと、レオンはまるでいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

「そこは大丈夫だよ。まずは相談してみなきゃ始まらないでしょ?」

「いや、そうだけど……」

 レオンのお父さんの力を借りるというのは気が引けるけど、これしか合法的にレオンを戻す方法は恐らくないだろう。

「大丈夫。安心して。そうと決まったら早速手紙書かなきゃ!!」

 そういって、レオンはスタタタっと男子寮の方に言ってしまった。

 ……なんだこの根拠無い自信。何を安心すればいいんだ?

「全く、忙しないお子様だこと」

 私はそうつぶやいて、思わず苦笑してしまった。手紙の答えは大体予測がつく。ふざけるなと。

「まあ、期待しないで待ちますか」

 自力で魔法薬の材料が手に入れられない以上、レオンに頼るしかない。

 私はそっとベンチから立ち上がり、大きくノビをしたのだった。


「えっ?」

 レオンと並んでベンチに座りながら、私は思わず声を上げてしまった。

「えっ? じゃないよ。魔法薬に必要な材料のリストを送ってくれって」

 レオンがそう言ってニヤリと笑った。いや、笑ってる場合じゃないぞ。

「まだ、ちゃんと考え始めたばかりだから完全なリストはないわよ。それでもよければ、今すぐメモを渡せるけど、それじゃ意味ないでしょ?」

「それでもいいからちょうだいだって。不足分が出たらその度に送ってって」

 ……マジですか。これってレオンのお父さんがGOサイン出したのと同じなんですけど。

「あ、あのさ、本当に大丈夫なの? 控えめに言っても高額よ」

 私がそういうと、レオンはうなずいた。

「分かった。メモ……あっ、紙持ってる?」

 ポケットのメモ帳に手を伸ばしかけて、私は慌ててレオンに聞いた。

「うん、持ってるよ」

 そう言って、彼はやたら立派な何かの紋章が透かしてある紙を取り出した。

「お父様からの返信だけど、裏に書けばいいよ」

  ……おいこら、そんなもん裏紙に使っていいのか?

 心の中でつぶやきながら、私は常時携帯している小型のペンセットを取り出した。

 そして、とりあえず今必要と考えられる魔法薬の材料名を羅列していく。

「……こんなところかな。何度も言うけど、本当に高いわよこれ。まだ試作もしていないから、さらに必要かもしれないし」

 私はそう言ってレオンに紙を返した。

「分かった。最後に一筆そう書いておくよ。早く元に戻りたいな。なんか、せっかく付き合い始めたのに、恋愛らしいこと何もしてないし」

 どの口がそういうのか、レオンが不満そうにそう言った。

「あなたが変な魔法使ったからでしょ。お陰で魔法研究出来て楽しいけど」

 私はそう言って笑った。

「あー、笑った。僕だってまさかこんな……」

 レオンがふくれ面でそういう。うむ、可愛いぞ。

「ちゃんと勉強していないからよ。あんな無茶苦茶魔法がちゃんと発動するわけないでしょ」

 そう言って私は笑う。

「うっ、それを言われると……。イライザだって、こういう時期があったでしょ?」

 ……うっ、痛いところを。

「私なんて、初等課程でうっかり攻撃魔法を暴走させて、学校の半分を吹き飛ばしたくらいよ。大した事ないわ」

 他にも武勇伝はいくらでもあるのだが、私はそれを胸にしまった。

「あ、アクティブだね。そういうところが、イライザのいいところなんだよね」

 褒めているのかけなしているのか分からないが、レオンはそう言って笑った。

「お褒めに預かり光栄です。で、問題はあなたよ。落第したら即別れるからね」

 私がそう言うと、レオンは目に一杯涙を溜めた。

「そ、そんな……」

 なんか子供をいじめているようだが、相手は見た目推定5才なだけ。欺されてはいけない。

「ビービー泣く男は嫌いよ。しゃきっとしなさい!!」

 私がそう言うと、レオンの涙は引っ込んだ。

「なんだ、泣けば欺せると思ったのになぁ。やっぱりイライザは凄いや」

 一転いきなり笑みを浮かべたレオンはそう言って笑った。

 ……泣かせたろか。心ゆくまで。

「じゃあ、休み終わりだからそろそろ戻るよ」

 そう言ってベンチから立ち上がると、まだ座ったままでいた私の前に立った。

 ……えっ?

「忘れ物」

 そう言って、あろうことかレオンは私に勢いよく口づけしたのである。

 ……えええええええ!?

「じゃあねぇ」

 一気に赤面するのを感じながら、私はしばらくその場から動けなかったのだった。

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