第7話 魔法使いイライザ
「マンドラコラエキスか……学校にあったかな」
つぶやきながら、私は傍らの紙に必要な物をメモっていく。レオンの魔法を解除するための作業は遅いながらも何とか進んでいる。解析していくうちに呪文だけでなく、様々な魔法薬が必要になることが分かった。
「さーて、お次はイービルエキスか……確かこれは大量にあったわね」
私は紙に魔法薬名を付け加えた。ちなみに、魔法薬とは魔法の補助に使ったり、そのまま飲んだりする特殊な薬品で、その種類は数え切れないほど豊富にある。他にも魔法の力で特殊な効果をもたせたものもあったり、この国では魔法がごく普通に生活に馴染んでいるのだ。
「あー疲れた。ちょっと休憩」
私は椅子の背もたれに身を預けた。時間はもう少しでお昼というところだ。朝ご飯を食べてからずっと掛かり切りだったので、さすがに頭が悲鳴を上げている。レオンのやつ、とんだトンデモ魔法を創ってくれたものだ。もし、私が魔法大好きっ子じゃなかったら、一体どうなっていたことやら……。
その時、部屋のドアがノックされた。
「はい」
私は短く返事した。
「あーイライザちゃん部屋にいて良かった。なんだか、大勢騎士を連れた人が面会希望しているんだけど……」
聞き慣れた寮の管理人の声が聞こえてきた。騎士? はて、何事?
「分かりました。すぐ行きます」
全く心当たりはなかったが、私は椅子から立ち上がって部屋を出た。管理人のオバチャンの後に付いて寮の出入り口まで行くと、そこには学校という場とは全く場違いの光景が広がっていた。護衛と思しき居並ぶフルプレートアーマーと、その先頭に立つそこそこの年齢のオッチャン。多分、高身分の貴族だろう。
「じ、じゃあ、私はこれで……」
管理人のオバチャンがそそくさと撤収し、オッチャンがこちらを見た。
本来は敬礼でもしておくべきだろうが、見た目では相手の素性が分からないので、私はそのまま立っていた。
「そなたがイライザ・レオパルト殿か?」
声は重く、しかしクリクリとした目がなんとも可愛いオッチャンが聞いてきた。
「はい、そうですが……」
わたしは短く答えた。すると、オッチャンが小さくうなずく。
「私はレナード・センチュリオン。レオン・センチュリオンの父親だ」
……うぉ、レオンのお父様かい!!
「あっ、これはご丁寧に。いつもお世話になっております」
私はペコリと頭を下げた。お世話しているのは私だけど……と胸中でつぶやいておく。
「堅苦しい挨拶は抜きだ。ここでは貴族も平民も無いのだから」
そう言ってオッチャンじゃなかった、レナードさんは笑った。
まあ、それならいかにも威圧的な鎧の護衛を大勢引き連れてこないで欲しいものだが……。
「さて、それはいいとして、何でもレオンの恋人と聞いておるぞ。なるほど、なかなか気骨があって頼りになりそうだな」
「ブッ!!」
私は思わず吹いてしまった。なんでそれを……。
てか、気骨があって頼りになるって、女の子に言うセリフじゃない気がするけど。
「ははは、やはり知らなかったか。アレは毎日手紙を寄越すのだ」
……マジですかい。もしかして、レオンってファザコン?
「そんなわけで、アレが変な魔法を使って、そなたに迷惑を掛けてしまっている事も知っている。申し訳ない」
そう言って、レナードさんは深く頭を下げた。
……ええ、貴族が平民に頭を下げた!!
これは尋常な事ではない。いくらこの学校内は貴族も平民もないとはいえ、これはどうすればいいのか……。
「わしからもお願いしたい。どうかあのバカ息子をなんとか元に戻して欲しい。必要なものがあれば何でも用意する」
そう言ってレナードさんは頭を上げた。
「は、はい、全力で取り組ませて頂きます!!」
今度は私が頭を下げる番だ。思い切り頭を下げすぎて、足が滑ってそのまま顔面から地面に激突してしまった。
……メチャクチャ痛いぞ。うん。
「ははは、面白い子だ。気に入ったぞ」
レナードさんはそう言って大きく笑った。好きでやったんじゃないやい!!
「では、よろしく頼んだぞ。必要な事は息子を通して連絡してくれ」
そう言って、レナードさん一行はゾロゾロと去っていった。
「ふぅ、何かと思えば……」
その後ろ姿を見ながら、私はそっと緊張を解いた。
……こりゃ、やっぱダメでした~じゃ済まないわね。
「やれやれ、レオンのやつあとで思いっきりお仕置きしてやる!!」
右手をブンブン振り回しながら、私は寮の自室に戻ったのだった。
「えっ、お父様が?」
中庭の片隅でご飯を食べながらレオンに話すと、彼は心底驚いたような表情を浮かべた。
「本当にビックリしたわよ。色々な意味で」
私の事をレオンのお父様が知っている事も驚いたし、毎日学校での事を手紙で報告していたのも驚いたし、何よりも態度こそ貴族のそれだったが、ちょっと可愛い顔だとは思わなかった。……あっ、これはどうでもいいか。
「ごめんなさい。ここに入学するとなかなか外に出られないから、毎日手紙を寄越せってお父様に言われていて……」
レオンが慌ててそう言ってきた。なるほど……。
この学校は1つの街というくらい設備が充実しており、特別に用事がなければ勉強も日常生活も全て事が済んでしまう。しかし、これは逆に言えば特別な用事がなければ学校の外に出る必要もないわけで、魔法を学ぶ事に集中させるという事で、外出には面倒な届け出が必要になる。だから、私たちはいつも中庭で会っているのだ。
「なるほど、手紙の理由は分かったわ。その内容は怖いから聞かないけど、あなたのお父さんに頭まで下げられちゃったわよ。こうなったら、意地でもあなたを元に戻すしかないでしょ。プレッシャー半端ないんだから」
私はそう言って指をバキバキ鳴らした。
「えっ、戻せないの?」
すっかり背が縮んでしまった彼は、何をやるにも私の顔を見上げる形になる。
ちょぴり目を潤ませて問いかけてくる彼は、文句なしに可愛い。
……あああ、酸いも甘いも噛みしめたオジサマが好みだったわたしがぁ。なんか壊れてきた気がする。
「コホン。誰もそんなこと言ってないでしょ。ただ、私だって万能選手じゃないんだから、もし戻せないってなったら、あなたどう責任取ってくれるの?」
レオンの父親が私に頭を下げてきたという事は、彼が手紙で私の存在とトンデモ魔法の解除をしていると報告しているということである。
意地でも戻すつもりではあるが、何でも疑って掛かるのが魔法使いの常。慢心は禁物である。
「責任……ここはイライザをお嫁さんに……」
「誰がそんなこと言った!!」
私の放った渾身の右フックが彼の顔面にクリーンヒットした。
「痛いよ。何するんだよ!!」
レオンが文句を言ってくる。
「そりゃ殴るわよ。責任の意味が違う!!」
……全く、どうすればそうなるのやら。
「えっ、一緒だよ。お嫁さんにして僕の家の地下室で、ずっと僕を戻す方法を考えて貰うの。そうすれば、イライザと僕は永遠に離ればなれになることは……ウブ!?」
無言で私のパンチが顔面にめり込む。
……何考えてんだこいつは!!
「あなた、そのまま一生終えなさい。なんなら今すぐでも……」
私はレオンの首に手を掛け、思い切り締めた。
「ちょ、真面目に苦しい。でも、なんかイライザにやられると気持ちいい……」
レオンの言葉に、私は彼の首から手を離した。
……しまった。まさか変態だったとは。
変態は個人の癖なので否定はしないけど、ドノーマルの私にはついていけない。
「あれ、もう終わり?」
……アホ!!
「あー、もう昼休みも終わりだし、あなたはさっさと授業にいきなさい。私は魔法の解析に戻るから」
私がそう言うと、彼はうんとお気楽に返事して校舎に向かっていった。
「あー、疲れた……」
ベンチの背もたれに身を預け、私は底抜けに青い空を見上げたのだった。
「うーん、要素が多すぎる。呪文じゃダメね」
もうすっかり見慣れたレオンのトンデモ魔法と、発動する形に変換された呪文を見ながら、私は思わずつぶやいた。モノにも寄るのだが、呪文は基本的に短い方がいい。長いとそれだけミス・スペルのリスクも高くなるし必要な魔力も高くなる。
「さすがにこればかりは儀式魔法には出来ないしなぁ。魔法薬にするしかないかな……」
儀式魔法というのは、簡単に言ってしまえば複数で発動させる魔法である。1人で使う魔法より遙かに高威力の魔法が使えるが、反面複数であるゆえに1人でも呪文のタイミングがずれたら終わりという難しいもので、滅多に使われる事はない。それに、レオンああなってしまったのは、いわば私と彼(とお父さん)の秘密である。誰かを巻き込むわけにはいかない。
「魔法薬にするとバカ高く付くのよね。下手すれば城が建つ……」
ここに来て思い出した。レオンのお父さんの言葉。『必要なものは何でも言ってくれ』
魔法薬にすれば、味はともかくかなり高度な魔法でも大丈夫だ。現時点でもいくつか必須の魔法薬があるし、呪文で解除するのではなく魔法薬を飲ませるという手もあるのだが、そうするとコストが半端なく跳ね上がる。魔法薬の原料がものによっては、ぶったまげるほど高価なのだ。
「なんとか考えて、レオンに頼むのは最終手段ね」
タダより高い物はない。それは、実家のパン屋時代に学んだ。
「とりえず、難しいけどなんとか呪文路線で詰めてみるか……」
限りなく難しいのだが、私は再び机に向かった。なぜここまで頑張るのか自分でもわからないのだが、なぜかレオンを放っておけない。いくら彼氏とはいえ私は熱愛はしていない。その場に立ち会っただけの、いわば傍観者だ。放っておくという手もあるのだが。
「まったく、我ながらお人好しよね……」
紙にペンを走らせながら、私は思わず小さく笑ってしまった。私の欠点はお人好しだと思っている。いつか身を滅ぼすぞと思いながらも、なかなか治らない。なんて言っている間にも紙が文字で埋まっていく。全く、本当に手が掛かる彼氏様だ。
「ま、あんなバカヤロウと付き合ってる私もバカだけどね」
そう言って、わたしは椅子の背もたれで大きくノビをした。いくら魔法好きとはいえ、この作業は本当に骨が折れる。もし、レオン以外の誰かさんに頼まれたら、私はここまでやっただろうか……。
そんな事を考えながらペンを走らせるうちに、私はようやく変換後の魔法を構成しているキーを発見した。
「これは……」
構文自体は簡単だ。辞書さえあれば発音も出来る。しかし……」
「よりによって禁術か……」
私は思いきり椅子の背もたれに身を預けたした。禁術をはその名の通り現在では使用を禁止されている魔法のことだ。考えてみれば、年齢を若返らせるなんていう魔法、まともな魔法であるわけなかった。こうなると話はややこしくなる。これを打ち消す反対魔法は禁術にしかならない。呪文を創る事は出来るが、使った瞬間にお縄になる。
「さーて、どうしたもんだか……」
わたしはさらに椅子に身を預け、部屋の天井を見た。もちろん、天井はなにも答えを返してはくれなかった……。
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