第6話 奮闘のイライザ
「うーん……」
私はレオンと並んで中庭を歩きながら、何とも複雑な気分になっていた。
レオンは恋愛モード一直線で突っ走っているだろうが、私は正直まだどうしていいか分からないというのが正直なところ。まだ好きとか嫌いとかそういう段階ではない。そこにきて推定5才のレオン事件ときたもんだ。もはや、恋愛もなにもあったもんじゃない。
「どうかしたの?」
小首をかしげながらレオンが聞いてきた。ただでさえ私よりちょっと低かった身長が、さらに小さくなっているので、ちょうど見上げる格好になるのだが……これが殺人的に可愛いのである。もはや、これは犯罪だ。私は1人っ子だが、なんだかいきなり弟が出来た気分である。
「いっそ、そのままでいる?」
意識せず、私の口からそんな言葉が飛び出た。
「えええー、嫌だよ。元に戻してよ!!」
半泣きでレオンが袖口を引っ張った。
……グヌヌ、やっぱり可愛い。
「あはは、冗談よ。ただややこしいから時間は掛かると思うわ。覚悟はしてね」
言葉を真剣なものにして、私はレオンに言った。
「うん、それは分かってる。ごめんね、僕が変な魔法使ったから……」
いきなりシュンとしてしまうレオン。これも可愛いがそうも言っていられない。
「とりあえず、今日は「召喚術練習室」を見てみるわ。もう使用許可は取ってあるから、放課後集合ね」
私がそう言うと、レオンはうなずいた。
「分かった。じゃあ、また後でね」
手を振りながら校舎に向かって行くレオンの後ろ姿を眺めながら、私は少し関心していた。自らの魔法が失敗したことを隠して、普通に授業を受けるという難易度がかなり高いことをやっている。これは加点1だろう。
「さて、私は寮に行きますかね」
私はすでに全ての単位を取得していて、この学校の教師として働く事になっているので特に授業に出る必要はない。そんなことより、放課後までにやれることはやっておきたい。
寮の自室に戻ると、私はさっそく今朝まで格闘していたノートを開いた。傍らに積み上げた辞書は5冊。魔法好きならこのくらい持っていて当然だろう。
「さて、分解に掛かりますかね……」
辞書を片手にレオンの創った魔法を丹念に分解していく。昨夜からやっていた作業だが、やればやるほどどうにも解せない。こんな呪文で発動するわけが無いのだ。しかし、現実に発動したのはこの目で確認済み。こうなると、怪しい場所は「召喚術練習室」しかない。
「あの部屋どうにも嫌いなんだけどなぁ……」
私は椅子に背を預けた。窓が無いから換気も出来ず淀んだ空気。魔法で清掃されているとはいえ、床にデカデカと描かれた魔方陣のお陰で怪しさ倍増。しかし、私はこの魔方陣が1つのキーと考えている。召喚術は危険を伴うため、少々呪文のミス・スペルがあっても自動的にそれを修正してくれるのだ。この機能のお陰でレオンの呪文もどきが勝手に修正されてしまった……少なくとも、私はそう考えている。
「しっかしまあ、手の掛かる彼氏様だこと」
そうつぶやいて、私は独り小さく笑ってしまった。
その日の放課後、私とレオンは「召喚術練習室」の中にいた。
「まさか、またあの呪文を使えなんて言わないよね」
レオンが恐る恐る言う。
「やりたいならやってもいいわよ。今度は赤ちゃんになっちゃうかもしれないけれど」
そう言ってやると、レオンは首を大きく横に振った。
「冗談はさておき、さっそく始めますかね……」
私は魔方陣に手をかざし、そっと魔力を放つ。すると、魔方陣が淡く輝き始め私の頭の中に様々な魔法の呪文が流れ込み始める。これは、今までこの魔方陣で使われた魔法の記録。通称「ログ」と呼んでいるが、この中にきっとレオンの魔法もあるはずである。
「……あった」
見覚えのある呪文を見つけ、私は思わず声を上げてしまった。このどうしようもない呪文は嫌というほど見ている。間違いない。
「さて、これがどう変換されたかは……」
ログの呪文を固定し、どう変換されたか探る。すると……。
「またずいぶん高度な魔法に変換されたわね。レオン、ノートとペン!!」
何も言わずレオンが差し出したノートとペンに、私は変換された呪文を記録していく。ここで解析してもいいのだが、万一暴走したら今度は私がレオンと同じ憂き目に遭うかも知れないし、なによりじっくり解析したい。変換後の呪文を手早くノートに書き込むと、私は魔方陣への魔力放出をやめた。すると、魔方陣の光が消え元の薄暗い部屋に戻った。
「さてと、さっそく私はこの魔法の解析に入るわ。あなたは大人しく寮に戻っていて」
私がそう言うと、少しだけふて腐れた表情を見せた彼だったが、それでもうなずいた。彼は私ともう少しいたいのだろうが、今はそれどころじゃないのは分かっているらしい。
「さて、頑張りますか」
一声つぶやき、私たちは部屋から出たのだった。
「ぬぅ、これは……」
簡単じゃないだろうとは思っていたが、魔方陣から拾い上げた呪文は控えめに言っても超高難易度だった。当然ながら起承転結しっかりした呪文ではあるのだが、今ではほとんど使われていない文言だらけで辞書と首っ引きである。これはなかなか骨が折れる作業だ。
「いっそ、レオンにはあのままいてもらうかな。ちっちゃくて可愛いし」
おっと、思わず本音が出てしまった。推定5才の彼は文句なしに可愛い。頭の中身は15才だが見た目は5才。このギャップがまたいい。食っちまうぞこの野郎。
「でもまあ、恋愛対象じゃなくなっちゃうのよね。可愛いと好きは違うし」
そうつぶやいて、私はおかしな方向に向かおうとしていた思考を元に戻した。
「さて、作業再開」
気持ちを切り替え、私は超難解呪文の解析に戻った。よく呪文はパズルだと言われるが、実際全くその通りで決められた言葉を紡いだものだ。つまり、誰が唱えても必要な魔力さえあれば同じ魔法が使える。しかし、今の前にある呪文は解読すら難しい。滅多に使う事がない「古典魔法」の辞書が無ければお手上げだった。
「まったく面倒な事になったわねぇ」
解析作業を続けながら、私は思わずつぶやいてしまった。これが、もしレオンではなく赤の他人だったら絶対に引き受けないだろう。これは数ヶ月か、下手すれば数年単位の作業になるかもしれない。と、そのとき部屋の時計が鳴った。ちょうどお昼の時間だ。
「おっと、休憩休憩」
レオンに会う必要があるし、昼ご飯返上で作業しても効率が下がるだけである。私はペン立てにペンを入れると部屋を出た。学生食堂は寮内にあるので便利である。
「おばちゃーん、いつものアレをテイクアウトで!!」
混雑している食堂の中で、私はカウンター越しに精一杯の声で叫んだ。
「あいよ。卵サンドとミックスサンド。落とさないようにね」
いかにも人の良さそうなオバチャンから紙袋を受け取り、私は鼻歌交じりに中庭に向かったのだった。……面倒ごとが待っていると知らずに。
「えっ、バレた!?」
私は思わず声を上げてしまった。周辺にいた人が何事かとこちらを見るが、それどころの騒ぎじゃない。
「うん、色々手を尽くしたんだけど、さすがにこの状態が長すぎて、先生に疑われちゃって……」
力なくレオンがうなだれる。
「はぁ、参ったわね……」
私は思わず頭を抱えてしまった。レオンの話を要約するとこうだ。
今までは上級生のイタズラでこうなってしまったが、なかなか元に戻してくれないという苦しい言い訳で乗り越えてきたが、さすがにここまで長くなると先生も疑うようになり、先ほど昼休み前に自分のミスでそうなったと先生に看破されたらしい。
「僕は放校処分かなぁ。そうなったら帰る家も無くなちゃう」
レオンはそう言って目に涙を溜める。
……あー男が泣くな!!
「あなたの担当ってレイモンド先生よね?」
制服のポケットから取り出したメモ帳をペラペラめくりながら、私はレオンに聞いた。
「うん、そうだけど……」
レオンがこくりとうなずく。
「分かった。放課後『交渉』してみるね」
私がそういうと、レオンはパッと顔を笑顔にした。
「ありがとう、お姉ちゃん!!」
「誰がおねーちゃんじゃぁぁぁ!!」
私は全力で『風』の魔法を放った。思いっきりどっかにぶっ飛ぶレオン。
「ったく、調子に乗るなっての」
再びメモ帳に目を落とす私。見かけは単なるポケットサイズのそこら中にあるものだが、中身は全く別物である。
「えーっと、チャールズ・エドモンドっと」
勝手にメモ帳のページがめくられ、あっという間に目的のページが開かれる。
「うわっ、これはちょっと……。まあ、効き目はあるか」
私はそうつぶやき、そっと手帳をポケットに戻したのだった。
放課後。全ての授業が終わり、寮や中庭に向かう学生たちの群れとは逆に、恐らく学生が最も近づきたくない場所であろう職員室へと向かっていた。
ドアを軽くノックして中に入ると、先生たちがそれぞれの仕事をしている。目的とするチャールズ先生はすぐに見つかった。
金髪の髪の毛を独特の形に整え、やたらと偉そうな様子で椅子に座る姿は、何とも滑稽ですらある。
「あの、少しよろしいですか?」
特に仕事もしていなさそうなので、私はそっとチャールズ先生に声を掛けた。
「ん? ああ、レオンの恋人だったか姉だったか……」
この瞬間、私はフルパワーのファイヤー・ボールを撃ち込みたくなった。
ああ、ファイヤー・ボールというのは火炎系中位攻撃魔法ではかなりメジャーなもので、その名の通り火球を撃ち出す魔法ね。
「……恋人かもしれませんが姉ではないです。ところで、今日レオンの秘密を見破ったとかで……」
思い切り声をどす黒いものにして、わたしはチャールズ先生に言った。
「ああ、最初から分かってはいたよ。この私の目はごまかせん」
そう言って、チャールズ先生は胸を張った。
……いるよな。こういうヤツ。
思い切り素手でぶん殴りたくなったが、そこはグっと堪える。
「そうですか、さすがです。それで、ご相談なのですがレオンの事を知らなかった事にしてもらえませんか?」
私はあえて下手でチャールズ先生に言った。
「それは出来ないな。無許可で魔法を創った上で使用した。放校処分が妥当だろう」
なんか偉そうにそう言って、チャールズ先生はまた胸を張った。
これは想定内。事実、レオンは自分で創った魔法でああなった。無許可だったとは思わなかったが、あんなグチャグチャ魔法の使用許可申請をしたところで弾かれただろう。
「もちろん、タダとは言いません。これをご覧下さい」
そう言って私はメモ帳を取りだし、チャールズ先生のページを開くと、ある部分に指を滑らせた。すると、机上に小さな光球が生まれ、そこに何かが映し出される。その瞬間、チャールズ先生の顔色が変わった。
「こ、これをどこで!?」
辺り顧みない大声で驚愕の声を上げるチャールズ先生。周囲の視線が一気にこちらに集まる。
「シー、バレますよ」
唇に右手の人差し指を当てて、私は小さく笑った。
光球に映し出されていたのは運動の授業などで着替える時、女子が使う更衣室だった。
全ての生徒が着替えて退室してしばし。中に入ってきたのはチャールズ先生だった。ちなみに、この場の音声も出せるのだが今は止めている。
光球の中のチャールズ先生は、しばしロッカーを品定めするかのように眺めていたが、やがて1つのロッカーを開け、中から制服を取り出すと凄まじい勢いで退室していった。
そう、このところずっと続いていた女子の制服盗難事件の一部始終だったのである。
「いかがでしたか? まだお考えはかわりませんか?」
我ながら黒いなと思いながら、チャールズ先生との距離をゆっくり少しずつ縮めていく。
「も、もう遅い。今日の職員会議で、すでにレオンの放校処分が決定している。今さら覆すことは……」
……ちっ、遅かったか。ならば。
「では、それ以上のスキャンダルで隠してしまいましょう!!」
私はメモ帳の一節に指を滑らせた。
すると、職員室のど真ん中に大きな光球が現れ、先ほどの映像が映し出される。おまけに今度は音声付きだ。胸が悪くなるので、いちいち述べないが……。
一連の映像が終わった後、職員室はしばし沈黙に包まれた。その隙に私は静かに職員室の外に出た。そして始まる廊下の端から端まで響き渡る罵詈雑言怒号の嵐。
「ふっ、悪い事はしないことね……」
髪の毛を手でサッと後ろに流しながら、私は静かにそう呟いたのだった。
後日談だが、私の狙い通りレオンの失態などどこかにすっ飛んでしまい、チャールズ先生は当然クビ。それどころか窃盗犯としてお縄となったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます