「社長のこだわり」

うちの社長は、見かけによらず41歳。もっと歳を取っているように見える。神奈東交通は今年で18年目。かなり若くしてこの会社を設立したことになる。営業所はここ、下倉田営業所と山の向こう側に三津営業所がある。本社は下倉田営業所の事務所と兼用しているような状態だ。水橋は、工場でU-HT2MLAH 3504号車を点検・整備していた。HIMRであるので整備はめんどくさい。

「このバッテリーが厄介なんだよなぁ」

水橋が独り言を言うと、

「HIMRは整備する人間にとってはめんどくさいよね」

と、同期の整備士、石川が言う。

「確かにめんどくさいよね、車体も重いからジャッキアップ時間かかるし」

「HIMR機能切ればいいのにね、でも社長のこだわりだし仕方ないか」

「まぁこれも仕事だしやらなくちゃな」

整備士も運転手も少し負担を被っている社長のこだわり。それは、「最大限登場当時のままに走らせること」である。神奈東交通は、過去5台しか新車を購入したことがなく、あとはすべて中古車である。今年度、やっと設立後初めて新車を購入できた。それでも、中古車はほとんど残っている状態である。神奈東交通で最古参となるP-LV214K 1500号車は元々は都営バスで活躍していた車であるが、引退後神奈東交通に買い取られ、今でも元気に運用をこなしている。そして、社長のこだわりで「車内は極力そのまま、塗装は元事業者のまま」という決まりがあり、車体の会社名表記と車番を書き変える程度である。そのせいか、営業所内は全く色の統一性がない。塗装はそのままであるが故に「会社を間違える」とお客さんから苦情が入ったり、「うちの車と見間違える」と、元事業者からも電話が入ったりした。それでも社長はやめず、その度に元事業者を納得させて来た。説得力・交渉力は確かなようだ。今、水橋が整備するU-HT2MLAH 3504号車は元都営バスである。もちろん、塗装は都営バスのままである。

水橋がちょっと休憩していると、またバスが出て行った。東急バスの塗装である。水橋はこの「社長のこだわり」をちょっとめんどくさく感じながらも、誰よりも楽しんでいた。

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