「初めてのゲイバー②」



 ゲイバーと言えばテレビで見るオネエタレントのような人がいるのだと思っていた私が、初めてゲイバーで話したのは、代表をやたらと気に入っている彼だったが、彼はそのあとも凄かった。


「あの~、結構タイプです、ウフフ」

「あ、どうも……」


 明らかに困惑している代表とは裏腹に、どんどんテンションがあがってゆく彼。

 代表がロックオンされる様子を、ただただ面白そうに見ている社員たち。

 傍から見たら、かなり奇妙な光景だろう。


「やっぱさー、手に届かないノンケって燃える。今日お持ち帰りされてもいい。ワンチャン狙ってるんだけど、やっぱりダメかなあ~」

「いや、私は止めないですけど」

「そう~? まあ金曜日の夜だしぃ、お酒結構入ってるしぃ、無礼講だ!」


 そう言った彼は、代表の席へ。

 何をするんだと見ていたら、いきなりのバックハグ。


 ――代表、私はあなたを守れませんでした。


「……なんかいいにおいする」

「でしょ~」


 まんざらでもない顔をしている代表にほっと胸をなでおろしつつ、じっと観察。

 彼もうれしそうにしていたし、まあいいかとなった。


 彼とは、二丁目でまたぜひ再会したい、そう思った。




***



 そのバーには、もう一人どうしようもなく気になった人がいた。

 代表に絡んできた彼と仲がよさそうなその友達の若いメガネの彼がカラオケをしていたとき、周りの目もはばからずに大号泣している男の人がいた。

 その男性は、周りにいる男の子たちに比べると、年齢も結構上のように見えた。代表に襲来してきた彼が20前半だとしたら、泣いていた男性は40くらいだろうか。


 ――人目なんか気にしないほど泣いてしまうくらい、辛い人生を歩んでいるのかもしれない。


 むせび泣く横顔を見て、胸を打たれた。

 ゲイである彼らは、まだまだ理解されないシーンの方が、日常生活の中では多いのだと思う。

 時には「お前ホモかよー!」と笑われ、「気持ちわりー」と罵られることもあったのかもしれない。

 自分にウソをついて、周りにもウソをついて、そんな小さなウソがどんどん重なって、苦しい思いをしているのかもしれない。


 そう考えると、なんだか私の心も苦しくなってきてしまって、目頭がじんわりと熱くなった。


 二丁目は、彼らにとって、そんなウソだらけの自分を一瞬だけ本来の自分に戻せる場所なのだ。

 唯一、息ができる場所なのだ。



***




 そんな大人の彼と、代表に絡んできた彼のつながりで席が近くなって話す機会を得た。


「ワタシ、このバーに来るの初めてなのよねえ」

「え!?」


 明らかに常連だと思っていたので、びっくりする私。


「オカマのいうことなんて、7割がウソよ。信じないことね」


 すると、すかさずその大人の彼からニヤニヤと笑いながらつっこまれた。

 オカマは差別用語なので使わない方がいいのだが、本人たちが使う分にはいいらしい。


「この人ね~、アメリカの帰国子女!英語ペラペラなの!」

「え~!すごい!」

「ワタシ、今外資系に勤めてて、部下50人よ!」

「まじすか」

「でもね、みーんな女なの!こちとら女になんか興味ねえわ~って感じ」

「大変っすね」


 こんな会話をしたのだけれど、どこまでが本当かはわからない。

 きっとそうして自分を偽らないと、自分が同性愛者だと世間にバレてしまったときに、どうしようもなくなってしまうのだろう。

 ウソは、彼らにとって自衛の手段なのだ。


 だから、いいのだ。

 ウソをついていたって、楽しければ。

 

 きっと彼が帰国子女なのは今夜だけ。

 今日も小さなウソを抱えて、二丁目の夜は更けていく。



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