会社に入ったら結構な頻度でゲイバーに行くことになった件。

天野雫

「初めてのゲイバー」


「LGBTって言葉、知ってる?」


 海外での勤務を終えて日本に帰国し、転職活動中に出会った会社の面接で、いきなりそんな話を出された。

 LGBTとは、L(レズビアン)、G(ゲイ)、B(バイセクシュアル)、T(トランスジェンダー)の略である、セクシュアルマイノリティ(性的少数者)の総称として使われている言葉だ。


「知ってます」


 フランスに一年留学し、そのあとにまた外国で働いていた私には、数人のセクシュアルマイノリティの友達がいた。特に偏見はなかったが、いい意味でも悪い意味でも無関心だった。

 私には関係ない、と完全に他人事だと思っていた。


「こういう事業をやっているんだけど、興味ない?」


 そこで見せられたのは、パソコンの画面。どうやらポータルサイトの業務のようだった。

 最初に出てきた感想は、面白そうだった。

 目の付け所も、そこを狙うというチャレンジ精神も。


「あります」


 気が付いたらそう答えていて、私は面接をしたオフィスで、今この文章を打っている。(オフィスで更新していることがバレていないことを願っている)




***




 私たちは、とても小さな会社で、コアメンバーは4名のみ。だから、一人ひとりの距離が近くて、意思も意見も伝えやすい。大企業には敵わないが、大企業には叶わないことができたり、彼らにないものを私たちは持っている。


「懇親会、ゲイバーに行こうか」


 美人上司の提案で、入社して5日目、私たちはLGBTフレンドリーなレストランでご飯を食べた後、新宿二丁目のゲイバーに足を踏み入れた。

 私が想像していたゲイバーは、テレビに出ているような芸能人タイプのゲイであふれていて、ホストクラブのような場所だと思っていた。


 ……が、まったくもって違った。

 ドアを開くと、そこはいわゆる普通のバーだった。カウンターには数人のお客さんが座っていて、その前に立っているのはやたら美形の男の人。

 お客さんは、若い人が数名と、その若いオニーチャンたちに囲まれている、40代前後の男の人が1人。

 あまりにぎわってはいない、どこかわびしい様子だった。


「いらっしゃーい。ウチ、初めて?」

「あ、私と彼は二回目なんですけど、こっち三人は初めてです」


 上司とゲイの友人は、すでに一度来た事があった。ミックスバーなので誰でも入れるが、ゲイバーには時々ゲイのみとか、男性のみ入店可能なお店がある。が、今となっては女性やストレート入店禁止は珍しい。

 対してレズビアンバーは、男性が入店禁止なお店の方が多い印象がある。


「こちらにどうぞ~」


 カウンターに座ってママの顔をより近くで眺めると、やっぱりイケメン。とにかく、女の子にモテそうなジャニーズ系のお顔立ち。しかし、女子には興味はないというのだから、残酷な現実である。


「ねえ、あの人ってノンケだよね?結構タイプなんだけどぉ」


 端に座っていた私に話しかけてきたのは、線が細くて手の綺麗な男の子。学生だろうか?と思いつつ、彼の指す方向を見ると、そこにはうちの会社の代表がいた。

 もちろん代表はノンケ(ストレート/異性愛者)である。加えて、既婚者だし子供もいる。

 しかし、ゲイの世界には割と既婚者も子持ちもいるのだ。その話はおいおいするとして、複雑なバックグラウンドを持っている人たちが、この世界は想像以上に多い。


「ノンケですね。しかも既婚者」

「え~残念。でも、結婚してる人の方がいろんな意味で燃える。ほしくなっちゃう」


 ――代表、危機が迫っています。


 そんなことを心の中でつぶやきながら、私はそんなアグレッシブなゲイと話を始めた。



「それにしても、お姉さんたちかわいいね~」

「ありがとう~!」

「ありがとうじゃないの! オカマにかわいいって言われたらかわいいって返すの!」

「すみません」



 ――手厳しい。


 どうやら私は、まだまだ勉強が必要であるようだ。

 オカマというのは、本来差別用語であるからアライ(セクシュアルマイノリティに理解がある人たち)の私は使わないが、どうやらゲイの方々が自分たちを冗談でいう分にはいいらしい。

 奥深いゲイカルチャー。


「そのかわいい!って言ったあとの反応でね、タチかネコかがわかるのよ」

「ほう」

「かわいい!で『ありがとぉ~』って返ってきたらそれは間違えなくネコね」

「そうなんですね、じゃあ今度からかわいいって返すようにします」


 タチというのはいわゆる攻めで、ネコというのはいわゆる受け。

 この業界、やたらと一般の生活ではなじみのないワードが飛び交っているのである。





 

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