第32話
「そう。僕はずっと長いこと、
だから、僕は毎年、武さんの命日の4月11日には遺体が見つかったあの場所――
「ところが去年のその日、同じ場所で僕のほかに花を手向けている人たちに出合った。その2人こそが
とても優しい人たちで、
逆に、未だ消息不明の晶子姉様の身を案じてくれた。僕が武さんの命日を参ったことの御礼まで言うんだよ。不思議な縁だよね?
以来、僕は彼らと親交を結んだ」
木漏れ陽のような笑顔が揺れる。
「今回の謎かけ言葉のひとつ『二人の天使の居る処』は、妹を守ってくれた〈守護天使〉曽根兄妹のことでもあるんだ。ほらね!
話が前後したのに気づいて、青生は改めて順を追って語りだした。
「僕が曽根家の遺族に協力を願い出たのは今月に入ってすぐだ。
僕が姉様を連れ出した真犯人を知っていること、同じように今また妹の身が危険に晒されていることを明かすと、珪子が身を隠せる避難場所を提供しようと言ってくれた。
僕はその時点では――現時点でも――まだ〈悪魔の正体〉を明かしてはいない。それなのに二人は僕を信じてくれたんだ。
僕は兄妹に誓ったよ。全てが終わったその時は、今度こそ、本当の悪魔が誰か、その名を明きらかにする。そして、貴方たちのお兄さんの無実を証明して見せると。
こう言うわけで、僕は珪子を連れ出して、曽根兄妹にその身を委ねた。
珪子にしたら、ちょっとしたかくれんぼ気分だよ。僕も、しょっちゅう電話したり、学校をさぼって会いに行ってるしね」
「その曽根家の兄妹の住んでる場所が〝雪の下4丁目5番地〟なんだね?」
「ああ! そっちの謎もキッチリ解いたんだね?」
「そうさ! だから、今頃は
「それでいい。あの時の珪子の電話は僕が指図したんだ。珪子が無事だということと、それからさりげなく居場所を教えたのさ。もし、解けるならば、だけどね」
「恥ずかしながら、今日になってやっと解いたよ」
これもまたもっと早く解くことができたはずだ。弓部とともに神社関連を巡っていた時に!
――
「雪ノ下4丁目5番地――あそこは曽根家の父方の遠縁の家なんだってさ。一昨年、家主が亡くなって遺言で兄妹が譲り受けたとか。武さんの死後、兄妹は母方の実家がある福井の方へ引っ越した。その地でお母さんは亡くなったそうだよ。雪ノ下の古家が手に入ったのを機会に兄妹はまた鎌倉へ戻って来た――」
「へぇ、そうなんだ? 曽根家の遺族の行方についてはここ数日、弓部警部補が
唇を舐めながら志儀が尋ねた。
「僕が曼陀羅洞で見つけた花束って、その曽根さんの家族が置いていったものじゃないの?」
もう一つ、更に志儀は思い当った。
「ねえ、珪子ちゃんからの電話で、珪子ちゃんが呼びかけていた『お姉ちゃん』って、その曽根さんの妹さんなの?」
「そうだよ」
大いに志儀は残念がった。
「チェ! 僕はてっきり、晶子さんに違いないと推理していたのに!」
ハッと顔を上げる。決定的な質問を志儀は片岡家の令息へ投げかけた。
「じゃ、晶子さんは、今、何処にいるの?」
再びあの場面に戻る。
僕がドアの隙間から見た
「あの日、悪魔に手を引かれた姉様を追いかけて、僕が至ったのは、まさにこの部屋だった。
カブトウエノイマ カブトノマ
細く開けたドアの隙間から悪魔の声が漏れて来た。
―― さあ、天使を作ろう!
―― 素敵! でも、今は春でしょ? 雪なんて、何処にもないわ。
―― フフフ、見てごらん!
パタン。魔法の扉が開いて、そこに真っ白な雪が現れた!
―― さあ! 飛び込んでごらん! 雪の天使を作ろう!
姉様は飛び込んだ。
即座に、父様は秘密の扉を閉めた」
バタン。
「……とうさま? え、興梠さん、青生君は今、とうさまって言ったの?」
「――」
「ザマぁ見ろ! イマ悪魔は同じ場所にいる。僕がやった! これであいつは消える。雪とともに。
あとは、そう、僕が消えればこの物語はおしまい――」
青生はポケットからナイフを出した。
「これで、全て、終わる! グランドフィナーレ……終幕……!」
刃を自分の首筋に当てる。瞳は探偵を照準している。
「興梠さん、どうか、僕が今明かした全てを、貴方が皆に話してください。
ああ! 最初に僕が言った通りでしょう? 貴方こそ天使だ。最高の
ガブリエル、ガブリエル。ラッパを吹け。審判の日は来たれり。
「では、後はよろしく!」
「馬鹿な真似はやめたまえ!」
ラッパではない。書斎に探偵のバリトンが響き渡った。
「この部屋に入った時、僕も言ったろう? 『間に合った!』と。そう、僕は間に合った!
青生君、君の呪文……僕に投げかけた今回の謎の全て……迷宮から抜け出る魔法の暗号がブトウカイノマエなら――僕の呪文はこれだ。マニアッタ」
顎を引き、食いしばった歯の間から、興梠は繰り返した。
「この10年間、君が囚われている迷宮から抜け出るための僕からの暗号だ。――マダマニアウ」
「?」
「今ならまだお父さんは生きている。君は犯罪者になることはない!
復讐だと? そんなことしても何にもならない。それこそ、君が悪魔になるだけじゃないか! 今なら戻れる。君は人間として生きるべきだ! 君自身は何の罪も犯していないのだから!」
首を振る青生。薄笑いが顔いっぱいに広がった。
「嘘だ! 僕はもう戻れない! 姉様を止められなかった。みすみす行かせてしまった! そして、口を閉ざし続けた。これは悪魔に加担したのと同じだ! 僕は悪魔の片棒を担いだんだ! その上、僕は知ってる――」
息を継ぐために一旦黙った。吸い込んだ息が魔笛のように鳴った。
「――僕は知ってる! そうさせたのは僕も悪魔だから! 僕には穢れた犯罪者の血が流れているんだ! この事実はどう足掻いても消せない。雪と一緒に消えてしまえばいいのに…」
少年のだらりと下げていたもう片方の腕が持ち上がる。思い出の中の冬の庭、あの日の雪を掬うように揺れた後、ナイフの上に落ちた。
「貴方も、今、その耳で僕の話を聞いただろう? 僕の父の犯したおぞましい行為を!」
悪魔は僕の父だった!
「父は、幼い我が子を氷詰めにして殺したんだぞ! 更に、そのことに気づいた人間、曽根武さんを口封じに殺した。今また、同じ年に成長した娘を殺そうとしている――」
臓腑を抉るような絶叫――
「あいつは完全にイカレテル! そのおぞましい犯罪者の血は僕にも流れているんだ!」
「違う。お父さんの罪は、独り、お父さんだけの罪だ。君には何の関係もない」
「嘘だ! 悪魔の子は悪魔だ! 片岡家に関わりのない赤の他人が気安く口を挟むな! 気休めなど聞きたくない! 貴方に呪われた血を継いだ僕の絶望がわかるものかっ!」
「わかるよ。そして、だからこそ、僕には止める権利がある」
探偵は人差し指を自分に突き立てた。
「僕もそうだから」
「!」
「興梠さん?」
「青生君、そして――フシギ君も聞きたまえ。
僕の父もおぞましい犯罪者だった。身の毛のよだつ罪を犯した」
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