第4話

じっと、ただ前を見つめていた。

きっと彼は私のことなんか忘れてしまうだろう。

私がそうだったように。

売られていく子供たちの、声も、名前も、顔すらも忘れてしまった。

きっと皆そんなものだ。


ああ、でも。



体温だけは、あたたかかった。

それだけは確かに。



頬を涙が伝った。






「お買い上げありがとうございます」


いつの間にか、私を買う人が決まったようだ。

私は舞台を下ろされて、現実を見せつけられる。

ゴマをすりながら支配人は私の鎖を部下に引っ張っらせた。

急な衝撃に耐えられず男の前に膝をつく。

見上げるとその男はうんと背が高くて、目つきが鋭かった。


「何をしている、早く立て!」


支配人が焦ったように声を荒らげる。

どうやらこの男が飼い主のようだ。

顔付きは厳しいのに、目は青空の様に綺麗だった。

手懐けてしまえば使えますよ。

そう言いつつ支配人は鎖を男に渡した。


「こんなものはいらない」


ガシャンと音がして、私の体が軽くなった。

鎖が音を立てて外れたのだ。

驚いて男を見ると、彼は微かに微笑んでいた。


「君にはそんなモノ、似合わない。代わりにこれをあげよう」


男は跪いて私の手を取った。

すると腕に白い光が集まって、キラキラと輝く金属になった。

丁度赤く跡がついた所を隠すように。


「ええと、その、それはちょっと……」

「私が買ったんだ。どうするかは私の買ってだろう?」

「は、はい……」


太陽に照らされて輝くそれを、ただぼーっと見つめていた。

ふと、彼の顔が浮かんだ。

この人は私なんかを買えたのだから、彼も買ってくれないだろうか。

思わず顔を上げると目が合った。


「どうしたんだい?」

「いえ、あの……ありがとうございます」

「お礼はいいさ」


ふっと微笑んだ雰囲気が記憶の中の母に似ていた。

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