第3話

「よってらっしゃい見てらっしゃい!」


朝方、どこかの街へ着いた。

馬車から下ろされ引き摺られるようにして汚らしい建物に入れられた。

いや、もはや建物とは言えまい。

崩れかけ、草木が生い茂っている不衛生な塊。


そのまま中に詰め込まれて、気がついたときには始まっていた競り。

出口からの光だけが頼りな牢屋の中で、きっと私達は地獄に行くんだと誰かが泣いていた。

否定はできない。

想像もできない。


大きな濁声と手を叩く音。

そして連れていかれる子供たち。

次は自分の番だと耐えきれず泣き出してしまう。

それの見えないところを蹴ったり殴ったりして黙らせて、引きずって連れていかれる。

嘆いても嘆いても、その運命は変わらない。



やめて!はなして!

たすけて!

おかあさん!



高い悲鳴と金属音。

彼らが叫ぶ名前は、自分達を売った者だと知っているのだろうか。

外から聞こえる声、声、声。

きっと彼らにはこの気持ちは分かるまい。

狭い世界に閉じ込められ、身動きのできない私達の気持ちは。



もう、残っているのは彼と私だけだった。

背景音楽にかすかな悲鳴と歓声を添えて。



じゃらり。


金属音がした。


「アオ」

「……シュラム」


青い海が私を見ている。

この部屋のように暗い色の手が、伸びてそっと私の髪に触れる。

頬を掠めたその体温は、記憶にある陽だまりのようにあたたかかった。

何故だか無性に泣きたくなって、彼の背中に手を回した。

胸に顔を埋めると、彼も同じように背中に手を回した。


「いつか、お前を見つけにいく。必ず」


耳元で彼は囁いた。

背中に回された腕に力が込められる。


「……約束、絶対よ?忘れないでね、私の事も、みんなの事も」

「忘れない」


それが最後だった。

私は引きずられるように歩かされて、彼は手を伸ばして、扉が開いて、ずっと見たいと願っていた太陽の光が、地獄の始まりだという気がしてならなかった。

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