第32話
この国の魔法医は腕がいい。致命傷を負っていた私をギリギリで治してしまったのだから。しかし、心に突き刺さったものは消えなかった。
「よそ者か……違いないわね」
そう言って私は苦笑してしまった。理由はどうあれ、私はこの国で生まれ育った人間ではない。みんなよくしてくれるので油断していたが、私はよそ者以外の何者でもないのだ。
はぁ、さすがにヘコむわね。これは。
「なんで会えないんだ。私の妻だぞ!!」
病室の外でジーンが叫ぶ声が聞こえたが、私の心は動かなかった。
警備上の理由ということで、私は面会謝絶にして貰っている。例えそれがジーンでもだ。
私にしては珍しいのだが、今は誰の顔も見たくなかった。
「あーあ、我ながら情けないわねぇ」
元気と好奇心が取り柄の私がこれである。こんな姿、ジーンに見せるわけにはいかない。
「よし、こういうときは体を動かす。寝て落ち込んでる私なんて私じゃない!!」
半ばやけくそ気味にそう言って、個室なのを良いことに倒立腕立て伏せを始める私。
30回も過ぎた頃だろか、体中に痺れるような痛みが走った。
「あっ、傷口開いちゃった……」
我ながらアホである。傷口はまだ完全には塞がっていない。ハードな運動などしたら傷口がまた開いてしまうのは当然だった。私は慌ててナースコールした。
すぐさま看護師がすっ飛んで来て私の傷口を見ると、途端に半眼になった。
「まだ1ヶ月は激しい運動は禁止ですよ。今先生を呼びますからね」
そう言って、看護師さんは部屋の外に出て行った。すぐに先生が来ると困ったような表情になった。
「あのねぇ、君は1度死んだと言っても過言じゃ無いくらいの重症を負った。私も手遅れかと思うくらいのな。本当に奇跡的に助かったんだ。今は絶対安静。忘れずに」
先生は私に強力な回復魔法を使った。見る間に傷口が塞がっていく。
「これでよし。次やったらベッドにくくりつけるからね」
そう言って、看護師さんと先生は出て行った。
……くくりつけられるのは嫌だな。
こうして運動も封じられた私は、どうしたものかと考える。嫌なことは寝て忘れてしまえというが、十分に寝過ぎて頭が痛いくらいだ。
外ではまだジーンが粘っているらしく、激しく揉める声が聞こえる。彼は味方だ。味方であって欲しい。
もしかしたら、城で出会う人たちの中にもざまぁみろと思っていたりする人がいるかもしれない。帰るのが怖い。
などとネガティブ思考全開でいると、いきなり病室の窓が開いた。
「へっ?」
思わず声を出してしまった次の瞬間、派手なアクションで国王が飛び込んできた。
「よう、元気そうでなによりじゃ」
私のどこを見たら元気そうなのか分からないが、国王はそう言って手を上げた。
「メロンじゃ」
私の枕元に高そうな箱入りのメロンが置かれる。
「あ、ありがとうございます」
私はとりあえず礼を言う。
「この病院も相変わらずじゃのう。セキュリティの脇が甘いわ」
「はぁ……」
ここは病院の3階である。どうやって来たのだろうか……。
「一応気になっていると思ってな、騎士団や城の連中に無記名でアンケートを採ったのだ。結果はこれじゃ」
アリシアを「よそ者」だと思う者……3%
アリシアを「王族」だと認めるもの……87%
どちらか分からないもの……10%
「まっ、そういうわけで大多数は認めている訳だ。安心しろとは言わんが気休めにはなったろう?」
「は、はい、ありがとうございます」
こんなアンケートで人間の本心はわからないが、少なくとも3%は明確によそ者だと思っているわけか……。
まあ、仕方ない。私は他国からやってきたのだから。
「おうおう、表情が暗いぞ。らしくない。いつものおぬしはどうした?」
国王が元気にそういう。
今明るく振る舞うのはさすがの私も厳しい。私を斬ったのは剣では無い。明確な悪意だからだ。
「おぬしは我がサロメテの王族だ。わしが認めるのだから絶対だ。それを忘れるな。では見つかる前にわしは帰る。とう!!」
国王は窓から飛び降りると、派手に高速回転しながら地面に降りたち見事に着地した。
……もはや人間じゃねぇ。
「はぁ、なんか悩んでるのバカらしくなっちゃった」
ベッドでため息をつくと、外で見張りが交代する声が聞こえた。
「とりあえず寝るか。「睡眠」」
自分に「睡眠」の魔法をかけ、私はゆっくりと眠りに落ちていったのだった。
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